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龍とニャンコと韻紋遣い  作者: 白紙撤回
第七章   ニャンコの手はタダでは貸さないのだ(適正価格でご提供するのだ)
27/33

7 - 2

 

 

 

 昼になる前にトポルザンの冒険者汁(ほかに呼びようのない、あり合わせ料理)とキーヴァンさんの置き土産の麦餅を皆で分け合った。

 東門の前で待機しているロレイシアとレッセルたちには、麦餅と小鍋に取り分けた冒険者汁をノアルドが届けようと申し出た。ノアルドは昨夜はレッセルと同じ円卓で飲んですっかり打ち解けていたらしい。

 

「レッセルは奴隷に売られた経験で食い物のありがたみを知っている。トポルザンへの感情は複雑だろうが、せっかくの料理を粗末に扱うことはないはずだ。ロレイシアにも軽蔑されたくないだろうからな」

 

 ノアルドは唇の端を吊り上げ、そう請け負った。

 それからボクたち冒険者が思い思いに円卓に着いて雑談や居眠りで時間を潰していると(ボクも、うとうとしてしまった)、「元」酒場の扉が開いて、がやがやぞろぞろと巡礼用の白い外套を纏った一団が入って来た。

 避難民が予定より早く押しかけて来たかと思ってよく見れば、みんな働き盛りの男たちだ。全部で十人ほどで、よその街から来た本物の巡礼だろう。

 巡礼たちの後ろからノアルドがレッセルとともに入って来てユーヴェルドに歩み寄り、告げた。

 

「こちらは《帝国》領の北東部、《常氷樹じょうひょうじゅの街》で商業組合の理事長を務めているホノセルナンさんと、彼の商館の従業員の方たちだ。街に帰るまでの護衛を依頼したいとのことだが、いま重要な情報を頂いた」

「《落果樹の街》の領主のリット卿が《聖庁》軍の総司令官に任命されて、街の至るところに《聖主》様の日輪の旗が掲げられている。おまけに高額の俸給ほうきゅうを保証して傭兵を集めているそうだ。きのうの夕方にホノセルナンさんが見て来た話だ」

 

 レッセルが言う。

 ユーヴェルドはルスタルシュトと顔を見合わせ、それから巡礼たちにたずねた。

 

「オレは《金獅子》のユーヴェルドです。ホノセルナンさんはどなたですか? 詳しい話をお聞かせ願いたいのですが」

「私だ。いまの話が全てだ」

 

 苛立いらだちがにじみ出た口調で答えたのは、年は五十を過ぎていようが逞しい身体つきの男だった。まだ新しくて頑丈そうな革の軽装鎧を白い外套の下に着けている。巡礼の旅に合わせて、あつらえたのだろう。

 ほかの巡礼たちも外套の下に軽装鎧を着けているけど、ホノセルナンほどは似合っていない。痩せすぎていたり太っていたりで戦い慣れた体型ではない。普段は交易の旅に出ることはなく街の商館で働くだけなのだろう。

 先に事情を聞いていたらしいノアルドが代わりに説明した。

 

「ホノセルナンさんは《王国》方面への販路拡大のため商隊の護衛につける傭兵を新たに八人雇い入れた。そしてまず《聖都》への巡礼に同行させて自分で力量を見極めようとしたそうだ。ところが帰り道に《落果樹の街》で傭兵たちは一方的に契約解除を申し出た。連中は高給に眼がくらんでリット傭兵団に鞍替えすることにしたらしい」

 

 ホノセルナンは黙ってうなずく。それで間違いないらしい。

 レッセルが補足して、

 

「そこで《常氷樹の街》までの代わりの護衛を探したが見つからず、今朝早く《落果樹の街》を出発した交易商人に同行させてもらって《双塔の街》まで来た。こちらのほうが冒険者が多く集まると聞いたからだが南門で追い返されてしまい、交易商人は別の道から《王国》方面へ向かうために引き返したが、ホノセルナンさんは街の外を東門まで回って来たそうだ。東門の外に冒険者の集まる酒場があることは交易商人から聞いたとか」

「そこまで細かい話が君たちには大事なのかね」

 

 ホノセルナンが苦いものでも噛みしめているような表情で言った。

 

「私が依頼したいのは《常氷樹の街》までの護衛だ。《帝国》軍が南下していることは、そこのふたりから聞いたが心配していない。我がホノセルナン商館は《帝国》の北の重鎮、イアルタスク《不撓公ふとうこう》の御用を務め、《帝国》中の諸侯に出入りをさせて頂いている。軍のほうは私の顔でどうとでもなる。気がかりなのは魔物と盗賊だ。兵が南下して《帝国》領内が手薄になれば派手に動き出すおそれがある」

「あいにくですが我々には先約があります。この街からの避難民を《浮島の港》まで連れて行く」

 

 ユーヴェルドが答えて言う。

 

「だが、あなたが街にとって大事な情報をもたらしてくれたという建前なら仲間を二人か三人、そちらの護衛に回しても仁義は外れない。あなたが《帝国》の人間で、この街にとっては敵であってもね」

「おまえさんが雇った不義理な傭兵どもとは、ワシら冒険者は違うのだよ、ホノセルナンさん。よほどの事情がない限り契約は全うするのが信条だ」

 

 ルスタルシュトが言った。

 

「そして万が一の事態を避けるためにも最善を尽くす。それは、おまえさんの依頼を受けるに当たっても変わらない。その前提でおたずねするが、《不撓公》の御用商人であるはずのおまえさんが、どうして《帝国》諸侯に動員令が下ることを事前に察知できず、巡礼などに出ていたのかね」

「何が言いたいのかね」

 

 不機嫌極まりないという顔で問い返すホノセルナンに、ルスタルシュトが見せつけるように太い腕を組む。ホノセルナンの横柄な態度にルスタルシュトも苛立っているのだ。

 

「率直に言おう。おまえさんが《帝国》軍に顔が利くという話を真に受けていいとはワシには思えん。《帝国》軍全体の動きに逆らって北へ向かおうとするなら、諸侯や傭兵団の部隊に遭遇するたびに見咎みとがめられて厳しく素性を問いただされるだろう。これから戦地へ向かう気が立った兵隊どもだ。おまえさんの答えに納得しなければ、とりあえず手近な城や街の牢獄に放り込むか、それさえ面倒ならその場で始末をつけることも考えられなくはない」

「《不撓公》の御城下は《二連峰にれんほうの街》で、そちらに本店を構えるグラバルナハ商会が御用商人としては知られています」

 

 ユーヴェルドも言う。

 

「《常氷樹の街》は公の領内で三、四番手くらいの地方都市だ。あなたの店の位置づけをどう評価するべきか」

「噂だけは聞いていたのだ。《皇帝》陛下は《中の海》を欲しておられると」

 

 ホノセルナンは眉をしかめて言った。ここに入って来たときからずっと渋い顔をしてるよ、このオッサン。

 

「だが、いつという情報はなかった。《不撓公》もそのような大事を軽々しく漏らすお方ではない」

「ですが、兵を動かすには大量の食糧そのほかの物資が必要で、御用商人なら事前に調達の打診があってもおかしくない」

 

 ユーヴェルドが言うと、ホノセルナンは渋面のまま、

 

「我が商館は食糧や武具のような一般的な物資の取り扱い量は多くない。それらはグラバルナハ商会の領分で、我々が主に扱うのは《常氷樹の街》でなければ手に入らない特産品だ。氷蔵酒ひょうぞうしゅますの卵の塩漬けは贈答品として珍重されている」

 

 そりゃ美味しそう。思わずボクは、ごくりとつばを飲み込む。

 するとボクが見ていることに気づいたホノセルナンが鼻の頭にしわを寄せ露骨に不快げな顔をして、すぐに視線を外した。《獣人》は嫌いだし褐色の肌が嫌いだし《韻紋》だらけのオンナもお嫌いってことらしい。

 いいもんいいもん。《常氷樹の街》へ行くことがあっても、あんたの店では何も買わないからね!

 ホノセルナンのオタンコナスが言った。

 

「護衛を引き受けるつもりがないなら、はっきり言ってもらいたい。お互い時間のムダだろう」

「自分は引き受けてもいいと思っている。北へ帰るついでなんでね」

 

 ノアルドが口を挟む。

 

「だが、あなたがたの人数を護衛するなら、せめてもうひとりは手が必要だ。自分は北では知られた顔だが、こちらで仲間を募るには《巨巌》のルスタルシュトや《金獅子》のユーヴェルドを納得させてもらうしかない」

「君は何という名だね?」

「《白刃》のノアルドだ」

 

 唇の端を吊り上げて得意げな顔をするノアルドに、ホノセルナンは「ふむ」と表情を動かさずにうなずいた。

 

「聞かないことはないな」

 

 薄すぎる反応に、ノアルドは薄く見える眉をひそめる。自分ではもっと有名人のつもりでいたのだろう。

 頑張れノアルド。《眉無し》のノアルドに通り名を改めたほうが覚えてもらえるかもしれないぞ?

 レッセルが言った。

 

「いまは周辺地域の状況を知るために、どんな細かい情報でも必要なんです。たとえば、この街と傭兵契約を結んでいたはずのリット卿が《聖庁》側に寝返ったことで、避難民を連れて《落果樹の街》に近づくのは危険だという話になる」

「リット卿が高給を保証して急いで兵を集めておるが、いますぐ手持ちの兵だけでも動かそうと思うほどは慌てておらぬこともな。いまの時点で動いておらぬのなら、このまま《帝国》軍が《双塔の街》を通り過ぎるまで静観すると見てよかろう」

 

 ルスタルシュトが言って、ノアルドがうなずき、

 

「《帝国》軍が《共和国》を攻めるなら《双塔の街》を通るのが一番近くてラクな道だ。街の繁栄ぶりも知れ渡っているから略奪目当ての傭兵どもには格好の獲物だろう。その邪魔をするほどリット卿は愚かでも律儀りちぎでもないはずだ。《大聖堂》に御執心ごしゅうしんの《聖庁》は、できれば無傷で《双塔の街》を手に入れたいだろうが、思惑通りにことは運ばないな」

「《聖庁》がリット卿を寝返らせたのが《帝国》と示し合わせたことなのか偶然時期が重なったのかわからないけど、どちらでも同じということだね。リット卿は敵に回ったけど、すぐには攻めて来ないと考えてよさそうだ」

 

 ボクは言う。

 ホノセルナンがユーヴェルドに向き直り、傲然ごうぜんと胸を反らした。いちいち反感を買う態度しかとれないらしい。

 

「よろしい。情報が必要だという君たちの事情はわかった。そして私の話は、いくらかでも君たちの役に立ったようだ。道中で遭遇する《帝国》軍の部隊に私を知る者がいない可能性も理解した。指揮官である諸侯に確認すればよいことだが、末端の兵たちはそれすら怠るかもしれないわけだな。その上で問いたい。どうすれば君たちは我々の護衛を引き受けてくれるのだね? これから戦争が始まろうという状況で店を放ってはおけないのだ」

「いったん西へ向かい、《王国》領内を迂回するべきでしょう」

 

 ユーヴェルドは答えた。

 

「北まで抜けてから《帝国》領内の海沿いを進めば、動員された兵は南下したあとでしょうし、《常氷樹の街》の商業組合理事長であるあなたの名前も通用するはずだ。日数は余分にかかっても《帝国》軍を突っ切って進むよりは確実な道です」

「それなら依頼を受けてもらえるのかね?」

「俺が行きましょう。ノアルドとふたりで」

 

 レッセルが申し出た。

 

「さっきユーヴェルドも説明した通り、こちらは先約があってホノセルナンさんの依頼に何人も回せない。見たところ、あなたは自分の身を守るくらいはできそうだ。なるべく戦闘は避けるよう心がけますが、いざというときは覚悟して下さい」

「心細ければ《王国》領内に入ってから新しい護衛を雇う手もある。その連中が四、五人組の団体契約なら、我々は解約してくれても構わないので、日払いの契約にしましょうか」

 

 ノアルドが言い添えて、ホノセルナンはうなずいた。

 

「その条件で頼もう。《王国》へ迂回するなら先を急ぎたい。すぐにでも出発したいところだが、部下たちは私ほど旅慣れておらん。ひとまず腹ごしらえしたいのだが、この酒場の店員はどこだね? すぐに出せる料理は何かあるだろうか?」

「…………」

 

 ユーヴェルドとルスタルシュトは顔を見合わせ、それから厨房にいるトポルザンを見た。

 トポルザンは調味料や香辛料を持ち帰るつもりなのか小瓶が並んだ棚を物色しているところだったけど、ユーヴェルドたちの視線に気づいて朗らかに笑い、

 

「……料理か? いやもう食材がないぞ?」

「そういうことです。《帝国》軍が来るんで酒場の店員も逃げ出したんですよ」

 

 ユーヴェルドが言って、ホノセルナンは「む……」と低くうめいた。

 

「なるほど。よほど間の悪いときに私は来たようだ」

 

 いまごろ気づいたのか、このオッサン。

 

 

 


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