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第六章 耳も尻尾もニャンコなのだ(それが獣人というものなのだ)
《緑淵の河》は《中の海》に注ぐ手前で東から流れて来た《沃林の河》と合流する。
《龍首の半島》より東側の《中の海》沿岸地域は間近まで山が迫る急峻な地形だけど、半島のつけ根に当たる《緑淵の河》の河口付近は土地が平坦で、海も浅い。
そのため二つの河から運ばれる砂や泥の長年の堆積で一帯には広大な干潟が生まれ、これが陸地に近い島のいくつかを呑み込むに至った。
しかし流れ続ける河の水は海への出口を求め、干潟には網目のような流路が形成された。浅い場所は水たまりほどだけど深い部分をたどれば船で外海へ出られる。ただし流路はたびたび変わり、漁師のように毎日行き来をする者でなければ見極めは難しい。
かくして干潟の中の島々は泥の海に浮かぶ天然の要害となった。よそ者が近づくことは困難だけど、島の住民は巧みに船を操り本土や外海へと出入りする。
本土の戦乱を避けて移住を望む者も現れた。誰もが受け入れられたわけではないけど職人や芸術家は歓迎された。島々は工芸品や手工業製品の生産で栄え、全体として一つの自治都市を形成した。
最も外海に近い島には港が整備され、異国の船も受け入れる国際的な貿易港として《外港》と呼ばれることになった。
しかし、ほかの島へは外からの船の来航を許さず、島々を行き来するには自治都市自身が運航する連絡船を利用する必要があった。本土から島々を経て《外港》まで至る水路は国家機密とされて図面の製作も許されなかった。ただ地元の船乗りと漁師だけが自分の眼でそれを見極めることができた。
自治都市は《浮島の港》を名乗ることとなった。干潟によって《龍首の半島》と地続きのため、建前としては《聖主》様の領地である。
しかし外敵を寄せつけない安全な土地で暮らす人々が、たとえ《聖主》様であろうと、よそ者の宗主権を受け入れる理由は乏しかった。ましてや《聖庁》は《浮島の港》の富に眼をつけ、それを収奪するべく様々な干渉を試みていた。
《浮島の港》は外部からの干渉を恒久的に拒絶することを世に知らしめるため《共和国》を称して独立を宣言した。
《中の海》を取り巻く四大国に次ぐ第五の国家が誕生したのである。