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龍とニャンコと韻紋遣い  作者: 白紙撤回
第五章   ニャンコは夜行性で当たり前なのだ(朝寝坊は怠惰ではなく習性なのだ)
19/33

5 - 6

 

 

 

 列を作っていた馬車が全て街に入ると、衛兵たちが門を閉め始めた。

 そこに街の住民だという男たちが詰め寄って声を荒らげる。

 

「おい! 次は俺たちを通してくれるはずだろ!」

「ヒトが通れる幅は開けておく! 大人しく待ってろ!」

 

 衛兵が男たちを押し返し、最初のようにヒトひとりが通れる幅まで扉を戻す。

 それから男たちを並ばせて、ひとりずつ氏名、職業、親方や店主など雇い主の名、自営の者なら所属する組合名と登録番号、自宅や下宿先の住所などを質問した。

 衛兵たちも住民の台帳を用意して来たわけではなく、もっともらしい答えが返るかどうかで身元の真偽を判断しているようだ。それで《帝国》の間者の街への侵入を防げるかは怪しいけど、そもそも間者か忍び込むならもっと早くに手配が済んでいるはずで、結局、かたちだけのものだろう。

 やがて身分確認が終わって男たち全員が街への立ち入りを許され、東門の外には衛兵たちとボクたち冒険者が残るだけになった。

 ボクたちは職工組合の理事長を待った。

 待った。

 結構待った。

 

「……ずいぶん待たせますね」

 

 エシュネが言って、ユーヴェルドがうなずく。

 

「ニキエルが本当に《市会》で討議中なら、すぐに抜け出せなくても仕方がない。とはいえ、こっちもいつまでも足止めされるわけにいかないんだが」

「貴公らは街の事情を存じておるのであるか」

 

 老騎士が穏やかにたずねて、ユーヴェルドは微笑んだ。

 

「すいません。ほかの連中に聞かれて騒ぎにしたくなかったんで先ほどは話しませんでしたが、《帝国》が兵を集めてこちらへ向かって来ています。我々の仲間がそれを目撃したのですが、街にもおそらく《共和国》の諜報網から話が伝わっているのでしょう」

「なんと」

 

 老騎士は眼を大きく見開いた。しかしすぐに穏やかな表情に戻り、

 

「つまり貴公は街に配慮したのであるな。これから食糧そのほかの物資は入り用になるし、戦力になる男たち、あるいは女たちの逃亡を許すわけにいかんであろう」

「結果としてそうなっただけでオレはもっと利己的です。冒険者仲間が街で修理に預けた武器や防具を早く取り戻したいってだけです」

「仲間への配慮であるか。それは利己的とは言わんであろう」

「得物を取り戻せば、オレたち冒険者はさっさと街を離れるつもりです。いままでこの街には世話になったけど、オレたちは戦争に関わるつもりはない」

「それが貴公らの信念なら貫くべきであろう。国から国を渡り歩き、どこの国の民でもないのが貴公ら冒険者である。我が輩も早くにそのような生き方と出会っておればと思うものではあるが」

「あなたもいまは冒険者として生きておられるんですか?」

 

 ユーヴェルドがたずねると、老騎士は微笑んだ。いや、悪戯っぽく笑ったと表現するべきか。

 

「そのつもりで余生を愉しもうと思うていたが、この街の敵が《帝国》と聞いてしまったのであるからして。染みついた生き方は変えられるものではないのであろう。街の者が受け入れてくれればの話であるが」

 

 そのときようやく口髭のオッサン指揮官が、ひとりの男を連れて戻って来た。あとちょっと遅かったら《帝国》軍よりも先にボクたち冒険者が街に攻めかかるところだったぞ。

 でもオッサン指揮官が連れて来たのは、どう見ても職人らしくはなく、仕立てのいい服を着て派手な指輪や首飾りをこれでもかと身に着けた男だった。

 職工組合の理事長ではないにしろ、街の偉いさんではあるらしい。そして、つい最近不愉快な出会い方をした誰かさんによく似た面影があり、鮮やかに紅い髪の色まで一緒だ。

  

「《金獅子》のユーヴェルドというのは誰かね」

「オレです」

 

 ユーヴェルドが答えると、偉いさんはうなずいた。

 

「アルスタス・ボンフォルシオだ。《双塔の街》の商業組合の副理事長で《市会》の司法委員長を務めておる」

「ニキエルは、オレに合わせる顔がないってことですか」

「街の方針は《市会》で話し合い、決定には全員が従う。ニキエルひとりが責めを負う話ではない」

「負い目には感じてもらえているってことですね」

「率直に言おう。あしたの商売の評判よりも、きょうを生き抜くことが我々には大事なのだ」

 

 アルスタスと名乗った偉いさんは、きっぱりと言い切った。

 

「夜が明ける前から、この場に集まっていた君たちも知っておるのだろう、《帝国》の動きは」

「冒険者仲間が馬を飛ばして知らせてくれました。そちらの情報源は《共和国》だとして、オレたち冒険者から預かった武器や防具を差し押さえるのも《共和国》の指示ですか?」

「我が街は《共和国》の属領ではない。助言に耳は傾けても命令など受けるいわれはない。ただ《共和国》の陸軍司令官でもある傭兵団長との以前からの契約で、有事の際は街にある武器と防具は全て彼の管理に委ねると決まっていたのだ」

「《共和国》に陸軍司令官を名乗る傭兵団長は何人かいますね。その中の誰です?」

「ドート・リットきょう、ここから南へ少し行った《落果樹らっかじゅの街》の領主だ」

「…………」

 

 ユーヴェルドがルスタルシュトの顔を見て、ルスタルシュトは首を振る。

 ボクの知る限りでも、リット傭兵団については良い評判も悪い評判も聞かない。そもそも長らく実戦を経験していないのである。

《双塔の街》や《落果樹の街》を含む《龍首の半島》の北部地方は、ここ三十年ばかり平和を享受してきた。

 しかし周辺地域では戦争が続いており、北では《帝国》が《王国》と衝突と停戦を繰り返し、東では《共和国》が《中の海》に浮かぶ島々の領有を巡り《大帝領》と断続的に争っていた。

《落果樹の街》の領主であるリット卿は傭兵契約という名目で《共和国》と軍事同盟を結んでいる。リット卿は《共和国》から提供される資金で領地の本来の経済力以上の兵力を維持し、《中の海》での海上貿易で莫大な富を得ている《共和国》はその財力でリット卿と同様の傭兵契約を複数の諸侯と結び、《龍首の半島》において一定の勢力圏を築いている。

 しかしリット卿が率いるのは陸軍であり、《共和国》と《大帝領》との争いは海軍同士のものである。《共和国》が軍船に乗せるのは傭兵団の兵士ではなく《中の海》に浮かぶ島々や沿岸の漁村から《共和国》自らが集めた水夫だ。水夫も金で雇われているのだけど、傭兵団長を介さずに《共和国》市民である艦長や上級士官の直接の指揮命令に服している。

 ここ三十年、《共和国》が海の向こうの敵とばかり戦っていたので、結果的にリット傭兵団は温存されてきたのだ。

 ルスタルシュトが言った。

 

「リット卿が傭兵団長としてどれほどの器量か知らんが、《落果樹の街》の規模からして抱えとる傭兵はせいぜい四、五百だろう。それで街にある武器と防具を全て委ねるとは、あんたがた、えらく高い買い物をしとるんじゃないか? 《双塔の街》の職人が手掛けた武器や防具がどれほど評判になっとるか、あんたがた自身が知らないわけはなかろう」

「いくら武器や防具があろうと、使う兵士がいなければ話にならんのだ」

 

 アルスタスは答えて言う。

 

「それとも君たちが我々とともに戦ってくれるかね? 違うだろう? 冒険者は戦争になれば逃げていく。守るべきものを持たないゆえの身の軽さだな」

「オレたちは、オレたちの信念を守ってるんです」

 

 ユーヴェルドが言った。

 

「決して戦争には手を貸さない。《共和国》にも《帝国》にもそれぞれの大義があるんでしょうが、それはオレたちのものではない。逃げたいというヒトがいるなら一緒に逃げるのに手を貸してもいい、冒険者への依頼ということであればね。だけど踏みとどまって戦うのはオレたちの役目じゃない」

「……エルテン百卒長ひゃくそつちょう

 

 アルスタスが呼びかけ、口髭のオッサン指揮官は「はっ!」と姿勢を正した。

 

「刃こぼれした剣やいたんだ防具をリット卿にお渡しするわけにはいかんな」

「仰せの通りであります!」

「では、リット卿へ供出する武器と防具は新品に限るよう職工組合と商業組合から組合員に伝達してもらおう。それから、修理や手入れのため客から預かっていた武具は東門の外で持ち主に引き渡すので、ただちに用意するようにと」

「すぐに手配します!」

 

 百卒長どのは門をくぐって街の中へ駆け去った。

 アルスタスがユーヴェルドに告げた。

 

「君たち冒険者にそのつもりがあるなら、あらためて《双塔の街》として依頼したい。我が街からの避難民、老人、幼い子供、その母親の合わせて千人ほどになるが《浮島の港》まで護衛を願えないだろうか。依頼料は冒険者ひとりにつき金貨百枚、ただし避難民がひとり欠けるごとに二枚減額。前金で三十枚を渡し、残りは《浮島の港》に着いたときに《共和国》政府から受けとってもらいたい」

「失礼な言い方でしょうが押しかけて来た避難民のために《共和国》が支払いをしますか?」

「そうでなければ我々は《帝国》の前に門を開くだろう。《共和国》の駐在特使から支払いの保証を得ておく」

「街から避難するのは、その千人だけですか? 《帝国》は諸侯を総動員しています。こちらは《共和国》軍と《共和国》側の傭兵団が全て味方についたとしても陸上兵力では圧倒的に不利だ。どうやって戦うつもりです?」

「我々にも策がないわけではない。どんなものかは明かすわけにいかんがね。その策に従い、避難する千人以外は街に留まり《帝国》軍の襲来に備える。それが住民の総意だ」

「オレたち冒険者が、いまこの街に何人いるか知らなくて、ひとり金貨百枚、前金だけでも三十枚なんて約束していいんですか?」

「昨夜、キーヴァンの酒場にいた者が九十二人、そのうち六人が日の出の前に街を離れ、残り八十六人というところだろう。《共和国》側からの情報だが」

 

 アルスタスのよどみない答えに、ユーヴェルドは苦笑いした。

 

「驚いた。こっちはいまから酒場に戻って人数を数え直そうと思ったのに。夜中のうちに何人か出て行ったのは気づいたけど、六人ですか。まあ、そんなところですね」

「残りの八十六人も皆が護衛を引き受けるとは限らんぞ」

 

 ルスタルシュトが口を挟む。

 

「護衛の依頼は受けない信条の者もおるし、敵軍が迫ろうという中、年寄り子供を含めた千人を八十人ばかりで守り切るのは難儀だ。避難民狙いの追いぎが現れるのは戦争の常なのでな」

「だから、ひとり欠けるごとに二枚減額の条件もつけさせてもらった。全員を無事に送り届けてもらいたいところだが、そうならない可能性も考慮に入れていると理解してほしい」

「《帝国》軍に本当に襲われたら犠牲は五十じゃ効かないでしょうが、そこは《共和国》政府と交渉しましょう」

 

 ユーヴェルドは言った。

 

「いいでしょう。仲間の人数は約束できませんが、《金獅子》のユーヴェルドは引き受けました。出発は早いほど皆が安全だと思って頂きたいが、《帝国》軍よけのおまじないとして避難民には全員、巡礼の白い外套がいとうまとわせてください。戦争に関して中立の冒険者が巡礼を護衛しているかたちをとれば、話が通じる諸侯が相手なら切り抜けられるでしょう。その準備も含めて、いつ護衛の対象の人たちを集められますか?」

「昼になったらもう一度、この東門まで来てほしい。そこで返却する武器や防具を渡し、避難民を預けよう。避難を許す者の名簿は作成済だ。巡礼装束も君たちの分も含めて揃えておこう」

 

 アルスタスの言葉に、ユーヴェルドは微笑む。

 

「巡礼装束は助かります。では昼が期限ということでお願いします」

「ところで、この街で新しく傭兵を雇うつもりはあるかね? 名も富も捨てた騎士の我が輩ひとりではあるのだが」

 

 老騎士が言って、アルスタスはわずかに眉を上げた。

 

「その捨てた名をお聞かせ願えるならば」

「それはできかねる。捨ててきた子や孫にとがを及ぼすわけにいかぬのである。されど我が輩は《連枝れんしの森》、《翼落よくらくやま》、《翠玉すいぎょくの街》そのほか幾つもの戦場で《帝国》と干戈かんかを交え、彼奴きやつらとは浅からぬ因縁を持つ身である」

「ほう」

 

 アルスタスは大きく眼を見開く。

 

「街としてではありませんが私の個人的顧問というお立場でよろしければ、ぜひあなたをお迎えしたい」

「引き受けましたぞ、ボンフォルシオ殿」

 

 老騎士は悪戯っぽい笑顔で言った。

 

 

 


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