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酒場の一階に降りると、起きる気配のない冒険者連中が床に転がったり円卓に突っ伏したりで死屍累々の惨状だった。
酔っ払いどものヒドい酒臭さを和らげるように、刻んだ香草の匂いが包丁の音の伴奏つきで厨房から漂ってくる。キーヴァンさんたちが朝食の仕度をしているのだ。
「おはようございます。お部屋をお借りしてすいませんでした」
ボクが厨房を覗いて声をかけると、部屋の主である姪っ子さんが笑顔を返してくれた。《獣人》のボクに寝台を貸してくれたのだから親切だ。
「私の狭い寝台に、ふたりも寝させてごめんなさいね」
「ふたり?」
ボクはエシュネの顔を見た。
エシュネは微笑み、
「一つのお布団で一緒に寝たのです、わたくしたち。フェルにゃん、さっぱり眼を覚ます様子がなかったので、この機会に美味しく頂かせていただきました。ごちそうさま」
「にゃ!?」
ボクは火がつきそうなほど顔が熱くなった。エシュネは、ぺろりと舌を出し、
「冗談ですよ。わたくしも眠くてたまりませんでしたし、お互い寝台から落ちないように抱きつかせて頂いただけで、それ以上のことはしていません」
「抱きついたの?」
「はい。フェルにゃんってば柔らかいしお肌すべすべですし《韻紋》が火照って暖かいし、ちょうどいい抱き心地でした」
「それさえ気づかないって《獣人》として不覚すぎるだろ、ボク……」
ボクはおでこに手を当てる。
エシュネがキーヴァンさんに、
「ユーヴェルドたちは、もう出かけてしまいましたか?」
「ええ、起きる気力のある皆さんを連れて、さっき出て行かれましたぜ」
キーヴァンさんは大鍋で煮込んでいた何かの汁をお椀に注いで、ボクに差し出した。
「気付けにどうぞ」
「これは芥子菜?」
「種子までぶち込んであります。眼が覚めますよ」
「どうも」
ふーふーと冷ましてから、ボクは汁をすすってみる。
「ん、美味しい。……と、思ったら、辛ッ!」
思わず舌を出したボクの顔をエシュネが覗き込み、
「フェルにゃんって舌は普通のニンゲンと同じで、毛羽立ってないんですね」
「《獣人》は舌で舐めて毛づくろいなんてしないし、舌がザラザラである必要はないんだよ。というか、この状況でそんなこと感心されても」
「だってフェルにゃんの舌なんて、じっくり見られる機会、そうそうないですから」
そう言って笑うエシュネにも、キーヴァンさんが芥子菜汁を差し出す。
「巫女のお嬢さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
エシュネは微笑んでお椀を受けとり、ひと口、飲んでみて、
「あ……ホント辛っ、でも美味しい……。お酒を飲んだ翌日の定番にしたいです」
「これでこの店がしばらく休業だってのが残念だよねえ」
ボクが言うと、キーヴァンさんは、にんまりと笑った。
「すぐにどこかの街で酒場を再開しますよ。こっちはそれしか能がないんでね。そのときは、またよろしくお願いしますぜ」