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「その話は確かなのか……という質問は愚かかな?」
ユーヴェルドが言って、ルスタルシュトはうなずいた。
「ノアルドは実際に諸侯が兵を集めているのを見ながら、ワシに知らせに来てくれたんだ」
「ちょうど手に入れたばかりの馬を飛ばして来た。一歩遅れたら諸侯に買い占められていたところだ」
ノアルドが、にやりと唇の端を吊り上げる。皮肉めいた笑みだけど、彼なりの得意げな顔というところか。
「動員を終えた諸侯は順次、北から南へ、西から東へと兵を進めている。つまり敵は《王国》ではない。息子の嫁を《王国》から迎えたばかりで和平を破るほど《皇帝》も恥知らずではないわけだ。だからといってお題目通りに《大帝領》を攻めるには、陸伝いでは《大森林》が行く手を阻み、海から攻めるには《共和国》が道を塞いでいる。ならば、集めた兵をどこに進ませるか」
「まあ、《共和国》しかなかろうて」
ルスタルシュトが話をまとめ、ノアルドは薄く見える眉を上げて、首を振った。ノアルドはもう少し彼なりの状況分析を語りたかったのだろうけど、おあいにく様。
ユーヴェルドが腕組みをして、
「買い占めは、この《双塔の街》でも起こるな。食糧はもちろんだが武器や防具の販売が止まる。買えたとしても値段が吊り上がるだろう」
「それどころか、研ぎに出したり修理に預けている冒険者の剣や鎧まで押さえられてしまうかもしれませんね」
エシュネが小首をかしげて言い、デイスが同意した。
「そうだなあ。《帝国》にしろ《共和国》にしろ、オレたち自由に生きてる冒険者を本音の部分で嫌ってるんだ。決して戦争には手を貸さないから、せめて武器だけでも供出させてやろうと考えたって、おかしくねえや」
「デイスさんも一端の冒険者を語るようになったってかー?」
アルクトが冷やかし、デイスは照れ笑いで頭を掻く。
「こんなわかったようなことを、いつか言ってみたかったんだよなあ」
「どうする? 東門は、そろそろ閉まる頃合いよ」
ロレイシアが言った。
日没からもうすぐ三時間ということだ。うーん、もうそんなに飲んでるのか。
ユーヴェルドは首を振り、
「門が開いていたところで、店はどこも閉まってる。いまから押しかけて騒ぎ立てるわけにもいかないさ」
「燃やしちまえばいい」
トポルザンが眼を据わらせて言った。
「門なんて焼き払え。店なんて火をかけろ。《帝国》も《共和国》も燃やせば同じ消し炭だ」
「おお、おっかねえ旦那だぜ」
デイスがおどけて、アルクトが、
「冒険者のお客さんの中で、酔っぱらいの口をつぐませる魔法の達人はいませんかー? 白魔法と黒魔法どちらも歓迎でーっす」
「黒魔法は得意だが、酔っぱらいにはもっと飲ませて酔い潰すのがよいと思うぞ」
「白魔法は得意だが、酔っぱらいにはもっと飲ませて酔い潰すのがよいと思うぞ」
エンノとトンノが言う。その台詞のおかげで、どちらがエンノでどちらがトンノかようやく区別がついた。
「朝一番で店を訪ねてみるしかないね」
ボクは言った。
「それで街の人たちが、まだ《帝国》側の動きを知らないようなら、こちらから騒ぎにすることはない。そのうち《共和国》から話は伝わるだろうからね。ノアルドさんが誰よりも速く馬を飛ばしてくれていたとしても、同じ速さで《共和国》の密偵も本国に急を伝えてるよ」
「《共和国》の諜報網の優秀さは知られていますからね」
エシュネが言う。
ユーヴェルドが、ぱんっと大きく手を打って、周囲に呼びかけた。
「すまない、みんな聞いてくれないか。オレは《金獅子》のユーヴェルドだ。いま《巨巌》のルスタルシュトから良くない知らせを受けとった」
ざわついていた店内が、すぐに静かになる。《金獅子》ユーヴェルドと《巨巌》ルスタルシュトの名前には、冒険者の間でそれだけ重みがあった。
トポルザンが、眼をぱちくりさせて周囲を見回し、
「……なんだ?」
「トポさんは、まだ飲んでいていいですよ?」
エシュネが自分の葡萄酒の杯を渡し、トポルザンは迷わずそれを飲み干す。
「葡萄酒程度じゃ酔えんな」
「すぐに効いてきますよ」
「……そうか」
ぐでっと、トポルザンは円卓に突っ伏した。
高鼾をかき始めたトポルザンの背をぽんぽんと軽く叩き、エシュネはこちらに向かって微笑んでみせる。
エンノが肩をすくめて首を振り、
「これはクスリでも盛ったかの。黒魔法でも白魔法でもなかったわい」
「これはクスリを盛ったかの。白魔法でも黒魔法でもなかったわい」
トンノも同じように首を振って同意する。
酒の入ったトポルザンに煽り立てるようなことを言われるよりは眠っていてもらうほうがいいだろう。
ルスタルシュトが話を引き継いだ。
「ワシの甥っ子、《白刃》のノアルドは、ずっと《帝国》の北のほうで冒険稼業をしとったが、諸侯が兵を動員しとるのを見て急を知らせてくれたんだ。表向きは《大帝領》を攻めるってことだが、ホントの敵は《共和国》、最初に狙われるのは、この《双塔の街》だろうさ」
店内がざわめく。
《双塔の街》は、ここ三十年あまり平和が続いており、武器や防具の腕のいい職人も揃っているので、この街を拠点にする冒険者は少なくないのだ。
ユーヴェルドが言った。
「街の者にも、同じ話がそのうち伝わるだろう。たちまち大騒ぎになるだろうが、オレが心配してるのは研ぎや修理に預けてる自分たちの得物だ。だからこれは提案だが、夜が明けたらまず得物を預けている者は真っ先に取り戻しに行く。それを最優先で済ませたら、あとは数日間の旅に必要なものを買い揃えて、オレたち冒険者は早急にこの街から離れるべきだ」
「ここに残って様子を見れば、街から逃げる連中の護衛の仕事が回ってくるんじゃないか? 金持ちの商人相手なら言い値で吹っかけられるだろ」
店の奥から誰かが声を上げた。聞き覚えのある声だけど、人が多くて誰だか見分けられない。
ユーヴェルドは肩をすくめ、
「戦争になれば城門の外の宿屋や酒場は取り壊される決まりだ。仕事の斡旋は誰もしてくれなくなるんで、自分で自分を売り込みに歩くことになる。その手間を惜しまないなら、やってみることさ」
「街に残っても泊まる場所もなくなるのか」
別の誰かが、あきれた声を上げた。
この地方だけを地盤にしていれば、戦争を経験していない世代もいるということだ。三十年の平和はそれだけ尊く、儚いものだった。
ルスタルシュトが皆に告げた。
「これを機会に戦争屋の傭兵に転じて稼ごうと考えてるヤツがいるなら忠告しておく。勝ちそうな側には、とっくに戦争専門の傭兵団が味方について、おまえたちの席はない。そこらへんの嗅覚は鋭いヤツらなんだ、専門家だけあってな。だからといって負けそうな側につけば、それだけ命の危険が増える上に、ホントに負けちまったら銅貨一枚手に入らない。それでも一発逆転を狙って売り込んでみようって考えなら好きにするといい」
「負けそうな側ってどっちだ」
誰かが茶々を入れ、周囲がざわつく。
「そんなの考えないでも、わかるだろ」
「いやいや店の連中も聴いてる前で口には出せねえさ」
「あたくしたちも逃げますから遠慮しないでくださいよ、冒険者の旦那さん方」
厨房から様子を窺っていたキーヴァンさんが声を上げて、奥さんや息子さんたち従業員も皆、うなずいた。全員が身内だから逃げると決まれば結束は固いのだろう。
「城門の外で商売してる限り、あたくしたちも、よそ者扱いなんでね。この街に義理立てすることもないってもんでさ」
「決まりだな」
ユーヴェルドとルスタルシュトは、うなずき合った。
「よし、今夜はこのワシのおごりだ。皆しばらく、この地方には戻って来られず、西に東に散り散りになるだろうからな、別れの酒を酌み交わそう。ワシの懐で足りない分は、ユーヴェルドに面倒を見てもらおう」
「仕方がないな」
ユーヴェルドが苦笑いして、冒険者たちは皆、わっと歓声を上げた。