74 がれきのやま
カリンは目を開いた。あの薄暗い円形の祠にいたはずなのに、なぜだろう。開いた目に飛び込んできた赤い光に、カリンは思わず目を細めた。眼前に広がる鈍色の空。そこに朱を差す静かな陽光。遠鳴りと共に顔に吹く弱い風。知らない場所。
ミライの前で目を瞑り、“かぜよみ”をした――それが思い出す事のできる最後の記憶。そこから何がどうしてここに至るのかは全く分からない。西の空に輝く夕日。炎に包まれた円形のそれがカリンの認識する「今日」の太陽だとすれば、さして時間は経っていないことになる。
空の下にいるはずなのに、何故かカリンの体には布団がかけられていた。重く、冷たく、硬い布団――それが祠の内壁だと気づくのに、結構な時間を要した。薄い壁とはいっても、カリンの身をすっぽりと隠すだけの大きさがあれば相応の重さがあるだろう。カリンの体がそれに潰されずに済んだのは、その壁が湾曲していたからだ。緩やかな弧を描く壁。その形状が祠のものであると気づく上での決め手となった。しかしそうであればおかしい。どうして本来地面より垂直に立っているはずのそれが今、カリンの体の上に圧し掛かっているのだろうか。それ以前にここは何処だろう。それを確かめる為、壁を持ち上げようとするがカリンの力では持ち上がらない。奇しくも、カリンはこれを山に例えるところの頂に横たわっているという具合で、四苦八苦した末に何とか這い出すことが出来た。
そこで改めて辺りを見回すと、カリンは本当に瓦礫の「山」にいた。その瓦礫がもとは祠であったということは言うまでも無い。しかし、これはどういうことだろうか。
――『お前の持つ力はかなりのものだろうな』
ムゲンがそんな事を言っていた。カリンは力を持っている。戦闘に打ってつけの、大きな「破壊」の力を。
「まさか、おれが?」
尋ねてみたところで応えてくれる者がいるはずも無い。意識を失っている間に、自分が持っているという力が暴走したのではなかろうか。気を失う直前まで“かぜよみ”をしていたカリンには、そう推測するだけの根拠が用意されていた。
ここに祠があった。ということは、ここから見える緑の森を背にした方向に、宿舎街を囲う壁が小さく見えるはずだ。しかし実際にはそれが無く、代わりに足元のそれと同様の山が峰を連ねている。しかもそのうちのいくつかは火山のように煙を吐き出しては向こうの空を黒く染めていた。
(あんなところにまで……)
無意識ながらも自分がその力で学園都市を潰してしまったのだろうか。しかもあれだけの被害。もしかしたら人を殺してしまったかもしれない。外の世界でベルを殺した女のように。そしてそれを殺したムゲンのように。思えば、祠の中にいたカリンなら本来、瓦礫の下層に埋もれていたはず。こうして山の頂上に居るというのはおかしな話だ。今まで感じた事の無い、自己に対する疑念が悪寒となって背筋を駆け抜ける。
(力が欲しいなんて言ったから?)
思わず口元を押さえていた。そして次に頭に浮かんだのは気を失う前まで一緒にいたはずの連れの行方。
「ミラ……」
口に出してその名の持ち主を探す。そういえば思い出した。カリンは、たしかに聞いていた。気を失う直前にミライが上げたであろう、あのおぞましい程の悲鳴を。
カリンはミライの姿を求めて跳んだ。目指す方向は瓦礫の山脈――見るも無残に倒壊した宿舎街。足元の瓦礫を探す事はしなかった。それは動揺の為か、それともミライが下敷きになっているなど考えたくなかった為か。どちらが真実だったにせよ、カリンは跳び立った。ミライの無事を祈って。