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かおす 第一楽章  作者: ひのとげ
71/78

71 よくみてて

 学園都市(クレイドル)では力の発動が出来ない。力とは、言うまでも無く“イニス”だ。“イニス”を使う者は“インスト”と呼ばれる。神話にあるとおりだ。よって“イニス”を使う事のできない学園都市(クレイドル)内の人間は“インスト”ではない。外にいた“インスト”が学園都市(クレイドル)内に戻れば、それは“インスト”ではなくなる。反対に、内にいた人間が外に出て“イニス”を使えば、それは“インスト”になると言える。


 しかし約150年前までは、学園都市(クレイドル)内であっても“インスト”がいた。“イニス”を使う事ができたのだ。しかしそれは変革を余儀なくされる。まだあどけない一人の少女が学園都市(クレイドル)内で引き起こした、ある事件によって。


 『先にやったのはあいつらだ!』


 彼女の言葉だ。彼女は技術と知識で彩られ、平和と名着せた束縛の空間に敵意を抱いたのだ。そうであれば、“正名(せいめい)”を得た瞬間に外の世界へ飛び出せばいいようなものだが、そういうわけにも行かなかったようだ。彼女の言う「束縛」は“正名”を得たその日から始まったのだから。


 彼女の得た属称は「カ」。その力は今も昔も変わらず希少なもので、その確率は百年に一度といわれるほど。「技術と知識で彩られた」学園都市(クレイドル)がそれを放って置くわけは無かった。


 当時の、多くの学者が学舎(がくしゃ)に詰め寄り、“イニス”の研究や技術開発にいそしむ光景はまさに「学園都市」の名にふさわしいものであった。「キカイ」という技術は人工物に“イニス”の力を宿し、様々な属性の“キ”を一人の人間が使うことが出来るという革新的な学園都市(クレイドル)の産物だが、関連する文書も全て燃えてしまい、長生きの人間の記憶の片隅にその名が残っているだけだ。


 様々な快挙を成し遂げ、学園都市(クレイドル)の生活を豊かにしてきた学者たちの前に研究標本として投入された少女。来る日も来る日も巨大な試験管の中でモルモットのような生活を()いられ、最終的に起きたのが彼女の力の暴走というわけだった。


 硝子(がらす)の牢獄の中で蹲っていた力が一気に膨れ上がり、暴走した彼女は自らの自由を奪った学園都市(クレイドル)を破壊すべく、学園都市(クレイドル)の核が存在するといわれる巨大な塔の群れへと跳んだ。その際学舎は完全に原型を失い、多くの人間が瓦礫の下敷きになった。“イニス”を以って対抗した者もあったが、少女の持つ「カ」の力はそれらをものともしなかった。


 それを食い止める力を持っていたのが、それに対抗しうる「スイ」の力を持つ男。その名をヘルメスといった。ヘルメスは危うく破壊されかけた核を、彼女の火の手から守った。


 彼女のその後についてはヘルメスしか知らない。彼もその事については誰にも語らなかったし、時が経つにつれて()く者もいなくなり、今ではその事件自体を知っている者も数えるほどしかいない。以来ヘルメスは学園都市(クレイドル)の救世主と(あが)められるようになったのは周知の沙汰(さた)だ。

 学園都市(クレイドル)の復興に目をかける一方、ヘルメスは以降同様の事件が起こることのないよう核を守る壁を創り、かつ学園都市(クレイドル)の内で“イニス”の発動が出来ないようにした。修繕前に“イニス”を封じてしまった事による復興の遅れもまた、『救世主の誤算』と題し、伝説の一部となった。


 しかし“イニス”を封じたとはいえ、それは完全ではなかった。唯一微弱ながらも“イニス”の発動を可能にする場所があった。それは宿舎街(しゅくしゃがい)の外れにある小さな(ほこら)――「属称(ぞくしょう)の儀」を行うあの祠だ。人の“キ”の属性を知るためには、やはり“イニス”を発動する以外に方法は無い。無論そこでは属性を見るだけなので、力は極限まで抑えられて幻にもならないほどのものだが。


 しかしそれも問題はない。なぜなら学園都市(クレイドル)内での“イニス”を封じたのはヘルメスの“イニス”だからだ。ヘルメスは神話の中の救世主カオスとは違い、自分を封じる事はしなかった。つまり、祠の中で万が一の事が起ころうとも、ヘルメスの力でねじ伏せればいいのだ。先ほど言ったように、祠で発動される“イニス”はその九割九分以上押さえ込まれて縮んでいる。質量にして豆粒以下にもなった“イニス”を相手に、自由に動ける力の持ち主が本気も無いだろう。ましてやその力の持ち主がヘルメスと来れば、これ以上の念の入れようは無い。


 現に以来一世紀半を待ってもヘルメスのその作戦を打ち破った者は出てこない。記録は今も更新中である。




 「ここだよ」


 噂をすれば影――いや、この記録に影を落としてもらっても困るのだが――祠に来客だ。


 それは二人の少年だった。歩いてきたのだろうか。出発点がどこであれ、相当の時間を費やしたに違いない。そうまでして訪れた客を門前払いするのは失礼というものだろう。ここは歓迎の念を込めて迎えるべきだ。


 珍客、と言って差し支えない。少年の一人は以前ここへ訪ねてきた顔見知り――先導を切るのも頷ける。問題は彼に手を引かれて入ってきたもう一人の少年。彼は明らかに怪我人だった。言っておくがここは病院ではない。たとえここが優れたそれであっても、彼の全身を取り巻くひどい火傷(やけど)は治せそうもない。けれど、彼らは勘違いでここへ入ってきたわけではなさそうだ。


 少年の一人が円形の床の中央に立って、もう一人に向かってこう言った。


 「よく見ててよ。ミラ」


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