4 よぞらのほしくず
リンは走った。何処までも続く草原を、その遅い足で走り続けた。
どのくらい走っただろう、夢中になって走っていたので、時の流れに気がつかなかった。
ふと足を止めて息をつくと、あたり一面、黄昏の日を受けて朱に染まっている。一度西に置いた視線を東方へと徐々に移してゆくと、赤から紫、そして深い藍へと空は色を変えて、その向こうには既にいくつかの星が瞬き始めていた。
今まで一直線に走ってきた。けれど前方の景色は変わらない。後ろを見てみると、追いかけてきたと思っていたシンバルドの姿はおろか、学舎を取り囲む石の壁すら視界から消えてしまっている。このまま日が沈んでしまえば、前も後ろも判らなくなってしまうだろう。
見渡す限りの草の海。その中でいかに自分がちっぽけな存在か。リンはそれを思い知った。
そしてそれ以上に、リンが痛切に感じたものは――。
(おれはひとりだ)
もしかしたら、この世には自分以外誰もいないのではないか。優しく厳しかった長老も、いつも目が合う度にリンを小馬鹿にしていたシンバルドも、学園都市で学んでいる子供たちも皆、自分の見ていた夢だったのではないか。そんな思念が頭を過ぎり、リンの頬に一筋、涙が軌跡を残して落ちた。
いつもは草の匂いを帯びて暖かく包み込んでくれる風が、今は酷く冷たい。その風に乗せてサワサワと草たちがささめく。大地の歌声は非情なまでに雄大だ。いつしかすっかり日も落ちてしまっていた。
途方にくれたリンだったが、いつまで泣いていたところで、それを見つけて慰めてくれる人間が現れるわけではない。そうと悟ってか否か、リンは涙を拭い、その場に仰向けに寝転んだ。
しばらくそうして目の前に広がる星空を眺めていると、ふと、声を聞いたような気がした。聞こえてきたのは、昔聞かされた長老の言葉。
「何だリン。すっかり気落ちしてしまって。らしくもない」
「だって」
「さては、シンバルドにこっぴどく言われたな?気にするな。成長というものは平等ではない。皆がみな、度合いも速さも違う」
「じゃあおれは成長しないんだよ。ずっとこのままなんだ」
「馬鹿者。希望を捨てるのじゃない」
「……」
「いいか、この世にあるものはすべて、絶えず変わってゆくものなのだ。そのままそこにあり続けるものなどない」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ。お前の髪や爪を見てみろ。切っても切っても生えてくるだろう?それと同じだ。絶えず必ず成長する。だがな、一つだけ成長を止めてしまうものがある」
「何?」
「諦めだ。希望を捨ててはいけない。諦めてはいけない。いいな?」
「長老?」
「何だ?」
「長老の髪はあきらめたの?」
「言っただろう。そのままそこにあり続ける物など無い――って、私の髪の話をしているのではないだろう!」
「テッ!」
「……いいか?聞きなさい。リンよ。決して諦めてはいかん。もし希望を失いそうになったら、思い出しなさい。絶望の中にも小さな光がある、と」
「絶望の中の、小さな光……」
「絶望の中の、小さな光……」
リンは漆黒の夜空を照らす幾万の星を見ながら、そう呟いた。