表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かおす 第一楽章  作者: ひのとげ
4/78

4 よぞらのほしくず

 リンは走った。何処までも続く草原を、その遅い足で走り続けた。


 どのくらい走っただろう、夢中になって走っていたので、時の流れに気がつかなかった。


 ふと足を止めて息をつくと、あたり一面、黄昏(たそがれ)の日を受けて(あけ)に染まっている。一度西に置いた視線を東方へと徐々に移してゆくと、赤から紫、そして深い藍へと空は色を変えて、その向こうには既にいくつかの星が瞬き始めていた。


 今まで一直線に走ってきた。けれど前方の景色は変わらない。後ろを見てみると、追いかけてきたと思っていたシンバルドの姿はおろか、学舎(がくしゃ)を取り囲む石の壁すら視界から消えてしまっている。このまま日が沈んでしまえば、前も後ろも判らなくなってしまうだろう。


 見渡す限りの草の海。その中でいかに自分がちっぽけな存在か。リンはそれを思い知った。


 そしてそれ以上に、リンが痛切に感じたものは――。


(おれはひとりだ)


 もしかしたら、この世には自分以外誰もいないのではないか。優しく厳しかった長老も、いつも目が合う度にリンを小馬鹿にしていたシンバルドも、学園都市(クレイドル)で学んでいる子供たちも皆、自分の見ていた夢だったのではないか。そんな思念が頭を過ぎり、リンの頬に一筋、涙が軌跡を残して落ちた。


 いつもは草の匂いを帯びて暖かく包み込んでくれる風が、今は酷く冷たい。その風に乗せてサワサワと草たちがささめく。大地の歌声は非情なまでに雄大だ。いつしかすっかり日も落ちてしまっていた。


 途方にくれたリンだったが、いつまで泣いていたところで、それを見つけて慰めてくれる人間が現れるわけではない。そうと悟ってか否か、リンは涙を拭い、その場に仰向けに寝転んだ。




 しばらくそうして目の前に広がる星空を眺めていると、ふと、声を聞いたような気がした。聞こえてきたのは、昔聞かされた長老の言葉。


「何だリン。すっかり気落ちしてしまって。らしくもない」


「だって」


「さては、シンバルドにこっぴどく言われたな?気にするな。成長というものは平等ではない。皆がみな、度合いも速さも違う」


「じゃあおれは成長しないんだよ。ずっとこのままなんだ」


「馬鹿者。希望を捨てるのじゃない」


「……」


「いいか、この世にあるものはすべて、絶えず変わってゆくものなのだ。そのままそこにあり続けるものなどない」


「ほんとに?」


「ああ、本当だ。お前の髪や爪を見てみろ。切っても切っても生えてくるだろう?それと同じだ。絶えず必ず成長する。だがな、一つだけ成長を止めてしまうものがある」


「何?」


「諦めだ。希望を捨ててはいけない。諦めてはいけない。いいな?」


「長老?」


「何だ?」


「長老の髪はあきらめたの?」


「言っただろう。そのままそこにあり続ける物など無い――って、私の髪の話をしているのではないだろう!」


「テッ!」


「……いいか?聞きなさい。リンよ。決して諦めてはいかん。もし希望を失いそうになったら、思い出しなさい。絶望の中にも小さな光がある、と」


「絶望の中の、小さな光……」




「絶望の中の、小さな光……」


 リンは漆黒の夜空を照らす幾万の星を見ながら、そう呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ