3 とうそう
「シンバルド先生……」
リンがそう呼んだ男の顔は、真っ赤に染まっている。彼は何かを掴んだその右手をリンの鼻先に突き付けた。
「これをやったのはお前か、リン?」
「へ?」
咄嗟の事に何のことを言っているのか判らず、リンは奇妙な声を上げる。深く溜息を吐き、シンバルドはもう一度同じ質問を繰り返した。
「お前がやったのかと聞いているんだ」
「何、そのカケラ?……あっ!」
シンバルドにそう問いかけ、答えが返ってくる前に理解した。目の前の教師が右手に握っている木片――それは、ほんの少し前から目的を忘れて廊下に突っ伏している木製の扉、その一片だった。
「違う、これはおれがやったんじゃない。おれがやったんじゃないよ」
「じゃあ、誰がやったというんだ?ここにはお前しかいないじゃないか。え?言ってみろ!」
リンは後ろを振り返る。確かに、つい今しがたはしゃぎまわっていた子供たちが、何処にも見当たらない。
シンバルド――学園都市いち厳しいと言われる実技教師。特に彼は悪事を働いた者に対して非常に厳しい男で、疑り深く、ネチネチとしつこい。「成績が良くなければ意味がない」というのが彼の口癖で、兼ねてよりリンを目の敵にしている。勿論、リンにとっても嫌いな教師――その番付の頂点に君臨し続けている。
(また、よりにもよってシンバルド先生かよ)
「誰がやったんだ?」
(誰が?そうだ。あの子だ。栗色の……短髪の……ん?)
リンは、あの少女が去り際に言った言葉を思い出す。そして、それの意味した事に、今更ながら気づき、目と口を同時に開けた。
「『ごめん』ってこのことだったのか!」
「何をわけの解からんことを言っている!」
――!
どうせ本当の事を言っても、この男は耳を貸さない。今までの経験から、リンは彼をそう理解している。
いつもの方法でやれば逃れられるのだが、そうすれば代わりにリンが一番嫌いな言葉を浴びる事になる。
――前は壁の穴だったろうか。
不思議な事にいつも、リンが一人きりの時に奴は現れる。
「おれじゃない!おれが来た時にはもう穴が開いてたんだってば!」
当然シンバルドは受け付けず、尋問を続ける。
そして暫くの間同じ問答を続けたあと、リンは諦めた。この状況から逃れるには、もはや二つの方法しか残っていない。偽りの罪を認め、戒めに甘んじるか、もう一つの方法か。
「嘘を吐くのはよくない」。長老がいつも口癖のように言っている言葉だ。それはリンも十分に理解しているし、何よりシンバルドの「戒め」が恐ろしい。もっとも、シンバルドなどよりも長老の考えを尊重し、今までそれに背かなかったリンは、その「戒め」とやらが如何なるものかを知らない。しかしそれは容易に想像がつくし、それ以上か以下かを確かめようなどとは断じて思わない。
そしてリンはもう一つの方の選択肢を選んだ。
「おれにそんな事出来るわけないじゃないか!」
それでシンバルドはあっさり納得し、リンに掛けられた緊張の縄を解いた。ありったけの侮蔑を塗りたくった 切れ味の鈍いナイフによって。彼は背中を向けてこう言い放つ。
「それもそうだ、お前じゃこんな壁ひとつ破ることもできないか。あの成績じゃ、そりゃあ無理だ」
(もういやだ。もう二度とあんな思いはしたくない!)
今回はその想い、そしてこの開放的なロケーションがリンに第三の行動をとらせた。リンは突然、詰問を続けるシンバルドに背を向ける。そして思い切り地面を蹴った。
「おい、コラ!待てリン!」