第8話 死の危機
「ふぅ……」
1-Cと書かれた教室の前で大きく息を吐くと胸をなで下ろす、心拍数が上がり鼓動が外まで聞こえそうな程に高鳴っていた。
扉の向こう側からは声が聞こえる……人数はそれ程多くない様だがその全てが女性の声だった。
クルシュに案内され教室に着いたは良いが彼女はAの別クラス……此処から先は自分で教室に入り自己紹介をしなければ行けない……転校生の緊張する気持ちがよく分かった。
だが今の自分は美少女……何の問題もない筈だった。
大きく息を吐いて扉に手を掛ける、そして開けようとしたその時、背後から声がした。
「何してんだ、邪魔だぞ」
高圧的な言葉使い……忍は後ろを振り向くと明らかにヤンキーの様な金髪の目つきが悪い自身より10センチほど大きい少女が立って居た。
振り向いた瞬間、蛇に睨まれた兎のように縮み上がってしまった。
怖い、恐ろしい……男の時ならば何ら問題無かったのだろうが自身より大きいと言うだけこれ程に恐怖感が増すとは思いもしなかった。
「あ、あわわ……」
まるで漫画の様な声を上げて後退りをする、だが教室の扉が背に当たるのを感じ、逃げ場がない事を思い出した。
「何やってんだ、早く教室入れよ」
そう言い不良風の少女は扉を開けると忍の背を押し教室へと押し込む、ヨロけながらも教室へと入り顔を上げると生徒達は忍に注目して居た。
「あれが転入生……」
「案外可愛いのね」
生徒達の騒めく声が聞こえて来る、生まれてこの方注目された事がない人生……緊張で心臓が飛び出しそうだった。
ふと黒板に目線を移すと大きな文字で自己紹介宜しくと書かれて居た。
忍の後ろに居た不良風の少女は黒板を横目で見ながら自分の席に行くのを見ると恐らく黒板の文字は自分に宛てたものの様だった。
教卓の前に立つと一呼吸置いて顔を上げる、よく見れば生徒数は7人とあまり多くは無かった。
「えーっと……俺、じゃなくて私の名前は新咲 忍です、好きな食べ物は筑前煮、趣味は散歩で……」
「貴女の趣味なんてどうでも良いですわ、それより早く席に座ってくださる?」
忍の自己紹介を遮る様に聞こえて来た如何にもお高く止まって居そうな声、ふと声がした方向に視線を向けると其処には薄いオレンジ色の運動神経抜群と言った見た目のボーイッシュな少女が立って居た。
「うーん……違うよな」
少女から目線を逸らしクラスを見回す、すると如何にもお嬢様の様な縦ロールのツインテールをぶら下げた金髪の少女が声がした方向とは反対に座っていた。
忍はもう一度ボーイッシュな少女を見ると視線をツインテールの少女に移す、そして納得したかの様に手を叩いた。
「だよな」
「何勝手に納得してますの?まぁ所詮平民なんて見掛けでしか判断出来ない可哀想な生き物ですし、寛大な私は今謝れば許して差し上げますわよ?」
一人勝手に納得する忍を見て少女は風貌からは想像も付かない言葉使いで謝罪を求める、目から入ってくる情報と耳からの情報に差があり過ぎて忍は何も言えずただ立ち尽くして居た。
「謝罪を拒む気ですの?それなら……」
そう言うと少女はまるで手品の様に手の平から剣を出す、その行為に忍は当然驚きを示すが、それを遥かに上回る殺意に圧倒されて居た。
些細な事でここまで殺意を剥き出しに出来るは正直言って凄い才能……とにかく彼女には今後関わらない方が良さそうだった。
今の自分に今後があればだが。
「わ、悪かった!謝る、謝るよ!」
剣を構え近寄ってくる少女に対し必至に謝罪をする忍、しっかり距離は取りつつも土下座はいつでもできる様に腰を少し落とす、こんな事で命を落とすなんて堪ったものじゃ無かった。
「問答無用よ!」
そう言い少女は一気に距離を詰め、飛び掛かってきた。
その瞬間察する忍、終わった……この世に生を受けて16年、女子になって数日、その人生が終わりを告げようとしている、ほんの些細な事だった……だが非があるのは自分仕方ないと割り……
「きれねーよ!!」
せっかく美少女になったのに何も楽しめていない……それに武姫なんてアニメの様なワクワクする存在を知ったばかりだと言うのに……死ねる訳が無かった。
忍の叫び声とほぼ同タイミングで教室に鳴り響く剣戟の声、そして少女の剣は宙を舞い天井に刺さった。
「有栖川、武姫同士の戦闘は演習場及び教師の許可無しに行わない……破った場合は厳重な罰が下される事を忘れたか?」
背後から聞こえてくる気怠そうな声に忍は後ろを振り向く、そこには上下ジャージ姿だがそれもファッションなのかと思わせる程にスタイルが良く綺麗な黒髪ロングのカッコいい女性が立っていた。
だがその手には名簿以外何も持たれて居なかった。
助かったのは確かなのだがどうやって有栖川と呼んだ少女の剣を弾いたのか……出会って早々に謎が残る人だった。
「ほら、新咲も座れ」
そう言いまるで小動物を撫でるかの様な感覚で頭を撫でる教師、一先ず立ち上がりお辞儀をすると早足で一番最後尾の窓際特等席へと向かった。
有栖川とすれ違う際に目が合う、だがもう殺気は無く可愛らしい笑顔を彼女は見せた。
情緒がどうなっているのか気になるところだが席に着く、すると教師はそれを確認し、名簿を教卓に置くと黒板がある位置に設置された電子パネルに映像を写した。
「私の名前は礼堂シャリア優、お前達の教師……と言うか指導役だ、と言っても新咲以外は知ってるか」
名前をパネルに写し自己紹介をするも思い出して笑うシャリア、映す必要性があるのかは分からないがハーフという事に軽く忍は驚いていた。
「取り敢えず新咲は初登校だしこの学校の仕組みだけ教えて置く、今居る1-C、此処にいる奴らは落ちこぼれだ」
「落ちこぼれ?」
唐突に辛辣な言葉を吐くシャリアの言葉に首を傾げる、てっきりただの組み分けとばかり思っていた。
「そうだ、1から2学年、C〜Sクラスまでこの育成機関には存在する、学年はそのままだがクラスにはキチンと意味がある、戦闘技術や戦術理解、支援技術などザックリだがこれらが優秀な奴ほど上のクラスに行けるんだ、因みにSクラスが100とするならCクラスは10点が良いとこだぞ」
そう云い捨てるシャリア、クラスメイトの表情は悔しさで少し歪んでいた。
「すみません、質問いいですか?」
「良いぞ新咲」
手を挙げ問い掛ける忍に視線を向けるとシャリアは質問する事を承諾した。
「ルシャナは何クラスなんですか?」
試験と言いボコボコにやられたルシャナ……彼女がどのクラスにいるかで全体の実力は大体把握出来るはずだった。
「あー、炎上ちゃんか、彼女ならS昇格間近のAだな」
「え、炎上ちゃん?取り敢えずルシャナはSと言う解釈で良いんですか?」
「あぁ、それで良い」
妙なあだ名に少し困惑するがルシャナの実力はやはり学年でも上位の様だった……だがあれよりも強い武姫が居ると考えると少しゾッとした。
Cクラスの有栖川でさえ怖かったのに……Sクラスはどんな化け物揃いなのか、考えたくも無かった。
不意にチャイムの音が教室に鳴り響く、するとシャリアは嬉しそうな顔をして教卓を叩いた。
「よし!私の今日の役目はこれで終わり!後は軍曹に宜しくー」
そう言い声を掛ける間も無く颯爽と教室から去って行くシャリア、色々と質問したい事があったのだが慌ただしい人だった。
「少し宜しい?」
シャリアを逃し呆然と外の市街地を眺める忍に有栖川が声を掛ける、その声に反応し振り返るがやはり見た目と声にギャップがあり過ぎて慣れなかった。
「なに?」
「貴女、先程武器を出さなかったけれど……どう言うつもりでしたの?」
忍の机に座り尋ねる有栖川、どう言うつもりなのかは此方が聞きたいが思い返せば彼女は手から剣を出していた。
恐らく武姫の専用武器とやらなのだろう。
「出し方がよく分からなくて」
「分からない?貴女この16年間何してましたの?」
「16年間?普通に学生生活を……」
「それは分かってますわよ、武姫なら生まれた時から何かしら訓練してますでしょ?」
「いや、してないけど」
その言葉に有栖川は驚いた表情のまま固まった。
「おーい、有栖川さん?」
固まる有栖川の目の前で何度も手を振る、すると彼女は我に返った。
「はっ、あまりの衝撃に……取り敢えず貴女が異例なのは分かりましたわ、心配しなくても武器は直ぐ出せる様になりますわよ」
「そんなもんなのか?」
「えぇ、ただしこれだけは気を付ける事ですわ、武器は武姫の心臓、武器が破壊されると武姫も死ぬと言う事を」
「武器が壊れると死ぬ……」
有栖川の言葉を聞き忍の血の気が引く、武器と心臓がリンクして居るなんてどう言う原理かは分からないがそれならば武器無しの方が良い様な気がした。
「デメリット大きくないか?」
忍の言葉に有栖川は鼻で笑った。
「ふっ、本当に何も知らないのね、武姫の武器は普通のとは違いますのよ」
「普通のとは違う?なんか力でもあるのか?」
「その通りですわ、ルシャナさんを知ってるなら話が早いと思いますわ」
ルシャナ……よく思い出せば彼女は剣に炎を纏ったり飛ばしたりして居た、あれが武姫の武器なのだとしたら……
「皆んなに特殊な力があるのか?!」
「え、えぇ……因みに私のは衝撃の吸収、放出ですわ」
いきなりテンションが上がる忍に驚く有栖川、武器に特殊な力がある……突然武姫になった異質な存在の状況からしたらチート無双しか無さそうだった。
「武器はどうしたら出せるんだ?」
「どうしたらと言われましても……優奈はいつのタイミングでした?」
忍の斜め前に座って居た大人しそうな黒いショートヘアーの少女に問い掛ける、優奈と呼ばれた少女は読んでいた本を置くと椅子を動かし身体を忍達の方へと向けた。
「私は物心ついた時から出せていたので覚えてないですね、と言うか皆さんそう言う物なのでは?」
「ですわよね、出せない貴女が逆に不思議ですわ」
そう言い二人は各々の武器を出してみせる、有栖川は剣を、優奈は拳銃を、まるで無から出現させる様にパッと手に出現させた。
「すげぇ……念じたら出るのかな、出ろ〜、出ろ〜」
手に念を送ってみるが何も起こらない、指を鳴らし口笛も吹いてみるが何も起こらなかった。
「まぁその内出現しますわよ、それに武姫は身体能力が異常に高いですからそれだけでも下手な能力を持つ相手なら圧倒できますわよ」
「Sクラスのシャルシーさんとか良い例ですよね」
「シャルシー?そんな強いのか?」
「えぇ、武器は鉄パイプ、能力は透視、能力と武器だけ見ればCクラスでもおかしくない人ですわ」
武器が何か、能力は何なのか……運任せなのは少し怖い所だった、もし自分がシャルシーの様な武器や能力なら死にたくなる。
「けどそれでSクラスってヤバくないか?」
「えぇ、ロシア出身の両親らしくて父が現役軍人らしく格闘術を幼い頃から教わってたらしいですわよ」
有栖川の言葉で納得した、ロシアならそりゃ強い。
「取り敢えず次は身体能力テストですし案内しますから行きますわよ」
そう言い有栖川に手を引かれる、第一印象は最悪だったが案外いい奴なのかも知れなかった。