第5話 偽りの歴史
「忍君は……この世界の歴史を知って居るかな?」
長い廊下を歩く3人の沈黙を破り話すラゲリック、ツインテールを触り当の忍は全く聞いて居なかった。
するとルシャナはそれに気が付き肩を叩きラゲリックの方を指差した。
「あ、何ですか?」
「忍君はこの世界の歴史を何処まで知ってるのかなって気になってね」
「この世界の歴史……ですか?」
ラゲリックの言葉に首を傾げる、歴史と言う言葉自体は知って居る、過去には授業の科目にもあったらしい……だが50年ほど前を境にその科目は忽然と授業科目から姿を消した……そんな事を祖母から聞いた覚えがあった。
「政府が隠した今は無き歴史……武姫になったからには絶対に知らなければ行けない歴史だよ」
「絶対に知らなければ行けない……歴史」
息を呑む忍の言葉にラゲリックは頷いた。
「都道府県は今いくつあるか知ってる?」
「えーっと……神奈川、東京、埼玉、千葉の四つですよね?」
基礎的な事を聞いて来るラゲリックに疑問を隠せない、この情報は一年生で習う事だった。
「そうですね、ですが50年前……日本と言う国は47の都道府県で出来ていたのですよ」
「よ、よんじゅう……なな?」
ラゲリックの言葉に動揺が隠せない、今より十倍の県が、都があったと言う事実が信じられなかった。
だが、幼い頃から不審に思って居た事が一つある……四つの都や県の周りが50メートル程の壁で囲まれて居るという事、だが学校ではその壁の理由なんて話され無かった、いや……話そうとしなかった。
好奇心旺盛な小学生がその質問をしようとも教師は壁の質問に限り必ず無視をする……確かに気にはなって居た。
「どう言う事なんですか?」
「日本と言う国はある者達に滅ぼされ掛けたんだよ」
「ある者達……?」
「魔女だよ」
「魔女ですか……って、ええ!?」
サラッと軽く現実離れした発言をするラゲリックに一瞬だけ受け入れてしまう、魔女……そんな物が居るなんてとてもでは無いが信じられなかった。
「ま、魔女って箒で空を飛び魔法を使うあの?」
そう言い箒に乗るジェスチャーをする忍を見て笑うラゲリック、だがこの状況だと笑われた事も気にならなかった。
「まぁ……そんな生易しい物では無いよ、なんて言ったってこの世界の魔女は人間を食べるからね」
「に、人間を!?!?」
「そう、魔女の寿命は150〜200年と言われて居る、そんな長寿にも関わらず彼女達は生に執着する、どう言う原理かは分からないが人間を食べると寿命が延びるみたいでね、それ故に魔女と人間は敵対してるんだよ」
ラゲリックの言葉に身震いをする、元男とは言えこんな話し……漏らすほどに怖かった。
「でも魔女と人間は元々対立して居た訳じゃ無いんだよ」
「え?それじゃあ何故対立を?」
「長いですし一度しか話しませんからよく聞いてて下さいね」
「は、はい……」
「ルシャナさんもですよ」
ラゲリックの言葉に頷く二人、すると彼は咳払いをし、言葉を発した。
魔女が初めて発見されたのは……100年前の事だった。
今は無き北海道の高校である事件が頻発して居た。
特定の女子グループに対して奇妙な嫌がらせが続いて居ると言う事件、具体的には教科書の間に剃刀が入って居たり、椅子や上履きに画鋲……机にカエルなど一見イジメに見える酷い行為、だがそれを受けて居るグループが不自然だった。
その嫌がらせを受けて居るグループとは校内でも有名なイジメを常習的にするグループ……その中でも一人は理事長の娘で教師も下手に口出し出来なかった。
故に逆らえる者は居ない……だからこそ嫌がらせは事件になった。
やがて事件の犯人として一人の少女が絞り出された、羽神 咲……嫌がらせが始まった時期と同時期にイジメられて居た少女だった。
此処までの流れなら良くあるいじめられっ子の復讐……だが此処からが問題だった。
嫌がらせを受けたグループは地元の不良を呼び少女をリンチしようとした……その行為が愚かだった。
集合が掛けられた空き地の裏で工事をして居た人がその一部始終を目撃して居た。
彼が言うには少女、咲が囲まれたその瞬間、一人、また一人と炎に包まれて行ったと言う。
だが少女の手にはライターもマッチも握られて居ない……手をかざすだけで不良達は発火して居たのだと言う。
彼女がその後どうなったのかは不明だがその事件を皮切りに不思議な力を持つ女性が続々と姿を表すようになる。
だが最初の出現が事件だっただけに世間の反応は冷たく、世界の終わりとまで言う者も居た……だが魔女達は予想に反し、善行の限りを尽くして居た。
汚くなった川を魔法で浄化したり、数年は掛かる建築を数日で完成させたり、不治の病を完治させたりと……人間に大きな恩恵を与え、やがて尊敬されるまでになって居た。
だが50年前、一人の魔女の出現により全てが崩壊する。
アラシュ・イルナ=ツィオンと名乗る魔女は日本中の魔女を従え、突然人間に牙を剥いた。
村を、街を、県を……形ある物全てを破壊し、人間を貪り続けた……人類は導かれるように日本の中心、東京の方へと逃げて行った。
そして追い込まれ、周りを囲まれた時……開祖の武姫、赤羽 蓮楽が姿を現した。
炎の剣を片手に一人で数千の魔女と渡り合った伝説の武姫……彼女の力を恐れアラシュはある提案を持ちかけた。
東京、千葉、埼玉、神奈川の4県に居る人間には絶対に手を出さないと言う誓い、自らを呪いに掛けるまでの徹底振りに蓮楽は頷いた。
そしえ50年の歳月を掛け、4県の壁は人間と魔女を隔てる壁が作り上げられた。
そして壁の向こう側へ行き、死ぬ者が出ないように、魔女の寿命を伸ばさないようにする為、政府は歴史からこの出来事を抹消した……これが歴史だった。
長々としたラゲリックの話しにいつの間にか長く続いて居た廊下は終わりを迎え、エレベーターの前について居た。
「何か質問は?」
上へのボタンを押し尋ねる彼の言葉に忍は即座に手を挙げ反応した。
「色々と話して貰いましたけど結局武姫って何なんですか?魔女の存在は分かりましたけど」
「そうだね、簡単に言うと魔女に対抗する不思議な力を持った女の子って所かな」
そう言い到着を告げるエレベーターの音と共に微笑むラゲリック、煮え切らない説明にモヤモヤが忍の中で募るがエレベーターの中に視線を向けると一緒にしてモヤモヤが吹き飛んだ。
「な、なんだこれ!!」
ガラス張りのエレベーター、外の景色は一面海景色、魚が泳ぐ海底だった。
「凄いでしょう、日本政府全面バックアップの元、数年で作り上げられた日本が誇る技術の結晶、ウェープクイン育成機関……通称WQTO、貴女が通う言わば高校の様な場所ですよ」
「高校……」
ラゲリックの言葉を聞き流しながら広がる海底に目を光らせる、武姫の育成機関なんて聞いた事無かった理由が分かった……こんな海底深くに施設があるのではマスコミも見つけられる訳がない、だがそれにしても日本の技術、恐るべし。
「浮かれた気分も今だけよ」
海底を子供の様に眺める忍にそう言い捨てるルシャナ、彼女の言葉に一瞬だけ顔を向けるも忍は特に気にも留めなかった。
連日の情報量が多い事象に魔女やら武姫やらでこの時、武姫に人権が無いと言われて居た事を忍は完全に忘れて居た。