第2話 突然の襲撃
「お母さん……俺、アイドルになるよ」
病院の屋上に設置された鉄製のフェンスに肘を置き遠くを眺め一人で呟く、アイドルになるなどと言うどうでもいい事はさて置き……何故俺が女性になったのか、その理由が少しだが分かった。
14〜6歳頃の男性を対象に、極々稀に起こる現象の様で日本国内では俺が二人目となる症例との事だった。
ウェープクイン現象、通称武姫化と呼ばれる現象で女性化した患者はある二つの力を得る。
まず身体能力が常人、平均男性の五倍になるという事、そしてもう一つ、何らかの武器を召喚出来る事らしい。
わざわざこの検査の為だけに東京と言う名の大都会へ来ただけはあって大収穫……なのだが少しモヤモヤが残って居た。
それは戦う相手も居ないのに何故こんな力が発現したのかと言う事だった、二人目の症例という事は過去にも一人居たと言う事なのだが……世間やニュースはそんな事を話題にはして居なかった。
だが医者の何か……哀れむ様なあの目、忘れられなかった。
とは言え、美少女になれた喜びの方が大きかった。
自己紹介が遅れたが俺の名前は新咲 忍、何の変哲も無いただの16歳だった元男、現美少女の不思議人間だった。
男の身体に正直未練は無い、特にスポーツをやる訳でも無く無駄にでかい図体、その所為で周りの女子からは怖がられて居た……本当は大の女好きにも関わらず。
だがこの身体ならそんな悩みともおさらば……薔薇色の人生の筈だった。
ポケットからタバコ……の様な物、ココアシガレットを取り出し口に咥えるとタバコを吸って居るかの様な仕草をしながら遠くを眺める、幸いにも地元から遠く離れた高校に入学予定だった故、友達に知られている事は無かった。
また新たな人生をスタート……そう思って居たその時、背後から声が聞こえた。
「新しい武姫ってのはあんた?」
ヤンキー口調に似合わない可愛らしい声色が背後から聞こえてくる……恐る恐る振り返ると其処には短いスカートにカッターシャツ姿の金髪にピアスをつけた典型的なヤンキー少女が立って居た。
一つ、違う点と言えば目つきが悪いとかでは無く、可愛い子が背伸びして少し悪っぽく演じてる感じの装いだった。
「ぶ、ぶぶぶ、武姫って何か知りませんけど一応医者からそう言う診断は受けました!」
「ぶぶ、ぶぶ、うるせぇっつーの、豚かよアンタは」
「ぶ、豚……」
少女の言葉に少しショックを受ける、だが良く考えると今の自分に全く豚要素が無い事に気が付きすぐ立ち直った。
「あ、傷付けるつもりじゃ無くて……」
一瞬落ち込んだ忍を見て少女はオロオロし始める、やはり見た目だけ……ヤンキー風娘、恐るるに足らずだった。
「それより俺に何の用で?」
「あぁ、そうそう、本部から新しい武姫の出現が予測されてな、回収して来いとの命令だ」
「回収?」
色々と気になる点はあるが回収と言う言葉に引っかかった。
回収……まるで物の様だった、普通人に使うならば連れて来るだとか強制の場合なら連行を使う筈……先程までの浮かれ気分は完全に消え失せて居た。
「何……やる気?」
拳を構える忍に少女の態度は急変した。
組織やら何やら……不穏な空気しか感じられなかった、此処で連れて行かれるとヤバイ、そんな雰囲気だった。
「そう簡単に連れては行かれ」
拳を構えて意気揚々と言い放とうとする忍に少女はなんの躊躇いも無く頭を殴る、その瞬間忍の意識は遥か彼方へと飛んで行った。
「え……よっわ、これで武姫とか信じられないんだけど」
一撃で気絶した忍に驚きを隠せずに居る、その時ポケットに入っていた通信機のバイブが鳴って居る事に気が付き少女は通信機を取り出した。
『こちらエカトルーナです』
『エカトルーナ、新しい武姫は回収出来たか?』
『あぁ……まぁそうですね』
倒れ込みグッタリとする忍を見てエカトルーナと名乗った少女は少し戸惑いつつも通信機に答えた。
『何だ、何か問題でもあるのか?』
『問題……そうですね、あまりにも今回のは弱過ぎる、と言う事ですかね』
『なんだ、その程度の事なら心配要らん、良くやったエカトルーナ、即座に帰還せよ』
その言葉と共に返事をする間も無く通信は切れる、するとエカトルーナは少し切なそうな表情を気絶して居る忍へと向けた。
「私を……恨まないでね」
その言葉を残し、エカトルーナは忍を担ぐと遥か空高くに舞い上がって行った。