第10話 トーナメント一回戦
「はぁ……」
ため息が出る、やる気満々にメリケンサックを手にはめる柳花を前に気が滅入ってしまって居た。
そもそもトーナメントは左側から始まるのが普通の筈、何故右側の自分から始まるのだろうか、心の準備もまだだと言うのに。
ふとステージ脇に目線を向ける、すると其処にはシルフィが立って居た。
此方に気づくや否や手を振るシルフィ、手を振り返すとその後ろに立って居た有栖川が辺りを見回し恥ずかしそうに手を振り返す、何か勘違いされたのだが可愛いからどうでも良かった。
「全力で行くぜ」
軽快なステップを踏みウォーミングアップをする柳花、やる気はこれ以上ない程に満々、負ける気しかしなかった。
とは言え、シルフィにもああやって応援され、有栖川にもカッコ悪いところを見せたくない自分としては負ける気しかしなくても負ける訳にはいかなかった。
「お手柔らかに頼みたいよ」
「無理な願いだな」
忍の頼みを一蹴すると少しだけ距離を取り開始の合図を待つ、相変わらず身体に何の異変も起こらず力の覚醒が起こる気配も無かった。
「もうどうにでもなれって感じだよ」
投げやりに拳を構える、その瞬間まるで狙ったかの様なタイミングに試合開始を告げるブザー音が体育館中に響き渡った。
ブザー音が聞こえ試合が始まったという事を脳に告げる、そして動き出そうとしたその時、眼前には既に拳が迫って居た。
この時、何故躱せたのかは分からない、気が付けば拳の当たらない範囲に頭を下げて居た。
「ほう、先手必勝で行かせてもらったけど避けるじゃん」
初手の攻撃を躱した事に柳花は感心する、だが躱したとうの本人は攻撃されたと認識するのにやや時間が掛かっていた。
記憶して居るのはブザーの音が鳴った所まで、其処から先は完全にマグレと言っても良いだろう、無意識下での行動、だが避けたのは事実……牽制になれば良いのだが。
「それじゃ……次も躱せるか?」
そう言い5メートルは離れた位置で拳を撃つ柳花、その行動に違和感を感じた。
武姫には特殊な武器と力が備わって居るとラゲリックは言った……つまり柳花にも何らかの力があるという事、ブラフの可能性もあったがその場にとどまって居るのは危険なのかも知れなかった。
忍は咄嗟に横っ飛びで無様に転がりながらもこれから来るであろう何らかの攻撃を予測して躱す、すると何も無かった忍の居た場所の頭上に黒い空間が現れ、そして脳天を直撃する位置に拳が現れた。
「これも躱すのは流石に想定外だな」
柳花の表情が曇る、黒い穴の箇所は二つ、柳花の目の前と忍が居た頭上……出せる数に限りはあるはずだった。
とは言え正直二つだけでも躱すのはしんどい、それに加えて此方には攻撃手段が無いと言っても良いほどに攻め手に欠ける、無い頭をフル回転させるが解決策は見出せなかった。
忍が動くよりも先に柳花が動く、拳を構え一直線に突っ込んで来た。
脳裏によぎるのは先程の能力を使った攻撃……だが次の瞬間、鋭利な棘の付いたメリケンサックが忍の腹にめり込む、尋常では無い痛みが腹部を襲った。
「ぐっ……」
泣きたい程に、叫びたい程に痛い……だが何故か自分は声を押し殺し、柳花の胸ぐらを掴んだ。
「至近距離での殴り合いか?」
不敵な笑みを浮かべる柳花、勿論そんなつもりは無かった。
自分よりも10センチほど大きい柳花の懐に入れば此方が有利……グッと力を込め柳花を引き寄せると忍は柳花の懐に入った。
「抱きついたところで勝てないぞ!!」
抱きつく様に懐に入る忍の脇腹や背中を何度も殴る、だが勢いが無い分ダメージは少なかった。
とは言え痛いのは痛い、それに懐に入った所で戦闘の心得がない自分にしてはどうすれば良いか分からなかった。
『足を掛けてマウントを取れ』
何処からとも無く聞こえた少女の声、聞き覚えがあった。
だが有栖川やシルフィでは無い、ましてや戦闘中の柳花なんてあり得ない……だが自分はこの声を知って居た。
「足を掛けて……マウント」
中学生の時、柔道の授業で足掛けの技を習って居た、まさかそれがこんな所で役に立つとは思いもしなかった。
忍はスムーズな動作で足を柳花の足に欠けると勢い良く払う、そして体勢を崩した柳花の上に乗っかると足で腕を抑えた。
完全にマウントポーズ、後はタコ殴りにすれば良いのだが……
「くっ……そ、離せ!!」
膝蹴りが背中に何度も入る、やらなければやられる……それは分かっている、だが女子を殴るのはどうにも気が引けた。
一応は元男、紳士の心は残って居た。
『殴って構わん、そいつも武姫の見習い、殴って死ぬ程弱く無い』
またも聞こえる謎の声、忍は声に従った。
拳を振り上げ柳花の顔面を殴る、何度も、何度も……武姫と言う頑丈な性質が災いして柳花は全く気絶してくれなかった。
「は、ははっ……そんな、ものか?」
根性のある性格のせいで全くギブアップする気配の無い柳花、もう泣きそうだった。
何故殴っている方が泣くのか?
それはメンタルの弱いが関係してるだろう、生まれて喧嘩もしたことのない自分が初めて殴る相手が友達なのだ、そんなの辛いに決まっている。
元男と言うのが理由なのかは分からないが力勝負では柳花に何とか優っている、その所為で柳花はマウントポーズから逃げられなかった。
「ギブアップ……して下さい」
「嫌だ、ギブアップは絶対しない、勝ちたきゃ気絶させろ」
「お願い……です、ギブアップして下さい!!」
体育館に響き渡る程の声に辺りが静まり返る、気が付けば忍は涙を流して居た。
「ギブアップしないなら俺がします」
思わず俺と言う一人称が出てしまう、だがその言葉に柳花は驚いて居た。
俺と言う部分では無く、明らかに優勢にも関わらずギブアップをしようとする忍に。
「意味が……分かんねぇ」
呟く柳花、意味が分からないはこっちのセリフだった。
何故友達同士で殴り合わなきゃ行けないのか、これで勝ったとしてもまた次も女の子を殴らなければ行けない……そんなのは余りにも悲しすぎた。
魔女が何か悪い事をしたのは分かっている、だが彼女達は何も悪い事をして居ない、一時期のランキングを決めるためだけに友達をボコボコにするのは耐えられなかった。
「おれ……じゃなくて私、新咲 忍は……」
「待て!!」
立ち上がりギブアップを告げようとした瞬間、柳花の叫び声が聞こえた。
「神崎 柳花、場外にて失格だ」
軍曹の声が聞こえ後ろを振り返る、其処には柳花の姿が無かった。
ステージ脇へ駆け寄るといつ移動したのか、ステージ下で倒れ込む柳花の姿があった。
「ったく、珍しい奴だよ忍は」
「柳花……なんで?」
このまま行けば彼女は勝てた……それなのに自分から負けに行った理由が分からなかった。
「武姫にとって強さはこそがステータス、ランキングこそが全てなのに何故それを捨ててまでギブアップしようとした」
医療係に担がれながらも忍を睨みつける柳花、どうやら怒っている様子だった。
だがギブアップしようとした理由はただ一つだった。
「柳花が……友達だからだよ」
その言葉に柳花は目を丸くして驚いた。
「おかしな奴だよ……忍は」
その言葉を残し医療係に運ばれて行く柳花、武姫に取って強さが、ランキングが全てと言う教育を恐らく彼女達は受けて来たのだろう。
だから……友達よりもランキングが優先されてしまう、だが武姫に人権が無いと言う発言を聞く限り武姫同士の友情関係なんて作戦の妨げになるだけなのだろう。
だが忍には関係なかった、昔……母から言われた。
『人間は一人じゃ何も出来ない、一人じゃ楽しい事も楽しさ半減してしまう、友達を作りなさい』
この言葉があったからこそ今まで退屈な人生と思わず生きてこれたのだ、それはこの学校でも変わらない筈だった。
「シノブ!おめでとう!!」
シルフィが嬉しそうに抱きついてくる、喜びを分かち合える……それも友達の利点だった。
それに……何と言っても女友達だと不慮の事故で胸が顔に当たっても何とも思われない、全く友達と言うのは良いものだった。




