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『境界の景色』  作者: ななせP(七瀬)
3/4

第一幕 花咲く頃 Ⅲ鳥籠のスターチス

前回の続きですよ

Ⅲ鳥籠のスターチス

 高校はやはり街と同じように一階のすべてが水没し、廊下や教室の窓ガラスは割れているものが多く、完璧に形が現存しているものは多くは見受けられなかった。私は入る場所が水没していて存在していない為、かつて自分が所属していたクラスの窓から建物内に侵入しることにした。教室の中は割れた窓ガラスが煌めきを映しながら散らばっている。普段は縦横綺麗に整頓され並べてあるはずの机と椅子は、今はその面影がないほど散らばっており中には脚が破損しているものもある。どうやらこの学校に私以外の他の誰かは居ないということが容易に想像できた。また同様に、街にも誰一人居なかったという事実が恐怖と悪寒と共に、私の心を襲嘲笑うかのように覗いていた。

「それで私の記憶の欠片はどこにあるの? 出来ることなれば早くこの学校から出たいんだけど。なんか気味悪いし…。」

『それが申し訳ないのだが、どこにその欠片があるのかまだわからない。今すべての欠片がどこにあるのかお前の世界にアクセスして探っている。解るまでしばしそこで待っていてくれ。』

彼がそう言い終えると琥珀の明かりは静かに消えていった。どうやら本当にここで待たされることになったらしい。私は倒れていた椅子を直し、そこに深く腰を下ろした。そのまま何の意味もなく教室を見回す。この高校に通っていた記憶があるが、どんな生活をそこで送っていたのかを思い出せない。懐かしい天井、懐かしい黒板、懐かしい壁掛け時計、私はこれらを知っている。それぞれには深い思い出があったはずなのに今では何も思い出せない。ふと正面の黒板の右端を眺めると『日直 鎌木』という字が書いてあることが分かった。黒板に近付きながら「誰だっけ?」私は思い起こすように思案を巡らす。丁度教卓の横に差し掛かった時、

『ネエ、アノ時ハ楽シカッタヨネ? 七華。目二見エル全テノ物ガ輝イテ見エタ。手二届カナクテモ、ソレデ満足デキタヨネ。』

予期もしない方向からの声に驚き急いで振り向く。しかしその声の主はもうそこにはいない。そこにはいつからそこに置かれていたのだろうか、壊れたレコードが低い音を掻き鳴らしながらただひたすらに回っていた。その不可思議な状況にあたふたしていると、次は突然校内放送のチャイムが鳴り始めた。

『ネエ、悲シイ? 悲シイ? 私ハ悲シイノ。私ハ七華ノ記憶、私ハ七華ノ思イ出。ソシテ私ハ七華自身。』

その「何か」の声は何かを訴えるかけるかの様子だった。私はその「何か」が何を言っているのか凡そ見当がついていた。アレは多分私の記憶の欠片だ。何でもありのこの世界で記憶に自我が芽生えるのは何ら不思議な事ではない。

「あなたは私、私はあなた。ねえ、あなたは一体どこにいるの。私にはあなたが必要なの。居場所を教えて。今から迎えに行くから!」

『駄目ナノ、分カラナイノ。真ッ暗闇ノ何処二幽閉サレテイルノ。ドウカ私見ツ…。』

どうやら放送器具が壊れたのか音声が途中で止まってしまったようだ。アレの願いは最後まで伝えられることはなかった。再び教室は孤独と静寂に包まれた。

 私はアレの言った言葉を頼りにまずは教室のロッカー一つ一つを虱潰しに調べることにした。しかし案の定と言ったところか、どのロッカーの中身を検めても中には埃が引かれているだけだで、時間と労力が無駄に割かれていくだけだった。隣のクラスのロッカーも漁ってはみるものの、成果は何一つ得られない。私は徐々に苛立ちを覚えていた。ただでさえ単調な作業の繰り返し。ましてやそれをこの孤独空間でやらねばいけないということは、さらに私を苛立たせる原因になっていた。何個目のクラスを終えた時だったであろうか。次の教室に入ろうとスライド式の取っ手に指を掛けた時、中から私に向かって話しかける女性の声がした。

「お困りのようだね七華君。少し手を貸そうか? まあとりあえず中に入ってきなよ、話はそこからだ。」

その口調は若干の男交じりで、その声を聴くと何故か心が落ち着いていくようであった。恐る恐る扉を開け、教室内の机の上に脚を組んで座っているその女性を見つめる。髪はポニーテールで縛り上げ、学校の制服をその身に纏っていることから、どうやらここの学生であることは見て取れた。また、雰囲気はその口調や座り方からか少し男性的のようなものを感じる。

「あなたは誰? ここは私の世界のはずよ、貴方のような別人が存在していい世界ではないはずなんだけど。」

私は質問をしてみる。探りを入れた私に対し彼女は苦笑いしながら悠々と自己紹介を始めた。

「僕は怜。そうだなぁ…呼ぶなら怜でいいよ。あなたの記憶の欠片がどこにあるのか知っているの。それとなんで僕がこの世界に入れるかは秘密だよ。バレたら元の世界に戻されちゃうからね。」

彼女はどうやらこの世界のおけるイレギユラーのようだ。そして彼女はこの世界の仕組みを知っている可能性が高い。『彼女についていく意味はある』私は直感的にそう感じた。

「それで私の記憶の欠片は何処にあるの? 話じゃ貴方は知っているようだけれど。」

「律儀だなあ。怜で良いって言ったのに。」

彼女は笑って答えた。しかし直ぐ真剣な表情になり言葉を続けた。

「知っているよ。記憶のありかは一階正面昇降口の君の靴箱の中だよ。」

彼女が差し示したの水没して近付くことのできない場所だった。

「さあ早く行こうよ七華、実はもう僕にあまり時間がないだよね。」

窓から差し込む光に照らされた彼女は、何処か寂しげな表情で外の景色に一瞬視線を移すも、またすぐに視線を外した。その様子の真意はわからないが、何か大きな悲しみをその身に背負っていることは察することができた。

「ついてきて。」

私はその言葉に素直に従うことにした。

 昇降口へ続く階段はやはりと言ったところか、予想通り水に沈んでいた。この世界自体が沈んでいるのだから仕方ないと言えば仕方ない。どう渡ろうかと私が思案を巡らせていると、彼女はなんの躊躇いもなくその階段を下りていき水の中へ入っていった。私はここで置いて行かれる訳にもいかないので、その階段を降りていく覚悟を決めた。琥珀の先の彼が言ったことを思い出しながら、ゆっくりとその足を一段降ろす。足を水の感覚が撫でる。そのまま息を止め、どんどん階段を降りていく。膝、腰、肩の順に同じ感覚が滑り込んでくる。とうとう首元まで水が覆う。「この世界は私の世界。なら水の中でも呼吸できるような世界を想像すればいい。」私は心にそう念じながら、目を閉じ身体全体を水の中へと沈める。水の中だというのに不思議なことに、包み込むような仄かな温かさを感じる。息も苦しくない。私は瞳を開け水中の様子を見てみる。水没した廊下には本来教室にあったであろう机や椅子などが浮き沈みを繰り返していた。その非日常的な世界に目を奪われていると彼女が歩いたまま話しかけてきた。

「大丈夫だったでしょ? この世界で七華が心配することは一つもないんだよ。もし心配すると言えば私みたいな外の世界のモノだけだね。全てが全て私みたいに友好的な訳じゃないからね。」

どうやら水の中に入ることを不安に思っていたことが見え透かれていたらしい。

「でもなんで怜は私にやさしいの? 私とあなたは初対面の筈でしょ?」

「そのうちわかるよ。僕が一体だれなのか、そして七華とどんな関係性なのか。願わくばこんなところで会いたくはなかったけどね…。」

彼女がそう言い終えたところで私たちは丁度昇降口へと着いた。私は自分の靴箱がどこにあるかを思い出せないのに、私の体は吸い寄せられるように一つの下駄箱の目の前に向かっていた。突然首から提げた琥珀が光り、彼の声がする。

『記憶の欠片の場所がわかった。その学校の昇降口にある。場所はお前の靴箱だ。』

「知ってる。もうそこにいるよ。」

『は?』

彼はなぜ私がそこにいるのか意味が解らないといった様子だった。仕方なくここにいる経緯や怜のことを彼に説明する。すると彼はまた驚いたように、

『まさかそんな…いやあり得ないことではないが…。だとしてもここに来てしまえば自分の身だって…。』

などと意味の分からない独り言をぶつぶつと呟いている。そのうち整理がついたのか、

『状況は分かった。早くその記憶の欠片を回収してくれ。それとその怜と言う者に感謝することを忘れるなよ。』

彼はそう付け加えると見る見るうちに琥珀の輝きは消えていった。深呼吸をしてその靴箱を恐る恐る開ける。中には鳥籠があり淡黄色のスターチスを加えた翡翠色の鳥がこちらを見つめていた。その傍には「見ツケテクレテ、アリガトウ。ようやく私ハ私二ナレル。」と書かれた紙切れが置いてある。鍵を開けると鳥は外へ飛び出していき、そのま空中でほどけ始め、最後には一本のリボンとなり私の右の手の平へと落ちた。突然目の前が明るくなり目が眩む。気づけば私の周りを満たしていた水はすべてなくなり、籠の入っていた靴箱には『上林』と書かれた上履きが入っている。「え?なんで。」その世界の変わりように私は思考が追い付かない。

「さっきのリボンは⁉」

右手に目を下ろす。記憶の欠片はまだそこにあった。だがその長さはどんどんと短くなっていき、仕舞には手の上からなくなってしまった。私はその事実を呆然と見つめる事しかできなかった。

「今、どんな気分だい? 七華。」

少し男交じりの女性の声が校庭の方からする。その声の主を見なくてもわかる。

「怜‼」

気が付けば私は昇降口から飛び出し、校庭の真ん中に立っている怜に向かって走り出していた。

 乾いた砂が風に舞う。二人はあと何歩かの位置で対峙していた。その緊張の中、先に声を上げたのは怜だった。

「そろそろお迎えの時間らしい。ところで僕のことは思い出せたかな。多分その様子じゃ取り込んだ欠片をまだ吸収できていないらしいね。なら僕の方から自己紹介をするね。僕の名前は鎌木怜。君の大親友だよ。」

その言葉を静かに聞くことしかできなかった。怜の言葉は、私の胸の扉を強く叩く。彼女はさらに言葉を続ける。

「僕たちが出会ったのは高校一年の頃だった。当時はお互い初対面だったから話すだけでも一苦労だったよ。でもずっと一緒にいた。何かあっても三年間お互いをささえあったよね。僕は君が好きだったんだよ。人間としても一人の女性としてもね。」

怜の言葉に怒りはなく、唯々悲しみが溢れていた。その瞳は私を捉えているのに、どこか遠くを見つめているようだった。

「卒業式の日に告白する筈だった。でもその夢は叶わなかった。その前日に私は交通事故に遭い重傷、命こそ助かったけど意識不明で植物状態になたんだ。」

そうだ、そうだった。すべて思い出した。私は怜を知っている。知っていなくちゃいけない大切な存在だった。あの日事故に遭い緊急搬送された怜を見て涙を流した。もう意識が戻らないと親御さんから言われたときはこの世のすべてに絶望し、そして恨んだ。それから怜に会うことが怖くなり、いつの間にか時が経ってしまった。

「怜…、ごめん。怜のこと忘れてた、忘れちゃいけないのに。全部大切だったのに。ごめん…ごめん…。」

「いいんだよ、七華。あんな体も動かなければ意識もない僕なんて、ただの人形さ。あの日に怜と言う一人の人間は世界から消失したのさ。それにいま君にこうして再会できたんだ。こんなに嬉しいことはないよ。でももう時間なんだ、ごめんね。」

彼女がそう言い終えると、彼女の背後には夢の島行きと言う大きなエレベーターが出現しそ、その大きな口で怜の搭乗を待っていた。

「待って怜! 話はまだ終わってない! こうやってせっかく出会えたのにもうお仕舞なんて、そんなのあんまりだよ! こっちへ戻ってきて、一緒に元の世界へ帰ろうよ!」

私の出せる精一杯の声で彼女に向かって叫ぶ。記憶のない私だというのに彼女は導いてくれた。ここで終わったら私は彼女に何も返せない。何度も彼女に喰いつこうとするも、ひらひらリと言葉巧みに躱してくる。しかし彼女がエレベータに乗った時、少し落ちつた様子で質問してきた。

「ねえ、もし今私が七華のことが好きって言ったらどうする?」

平静を装ってはいたがその瞳には大粒の涙が溜まっていいる。私がその答えを出すのにそう時間は掛からなかった。

「怜、私も好きだよ。だからもっと一緒にいたい。一緒に買い物したり映画に行ったり公園とかも行きたいな。だからそっちへ行かないで!」

「七華…、ありがとうね。でもそれは叶わないの。だからもし次の世界ではまた一緒にいようね…。ごめんもう行くね…。」

そういうと涙を零しながらこちらを見つめ、その涙を手で拭うと大きく私に笑いかけた。

「さよなら。」

そう言い残すとエレベーターの扉は締まり怜は消えていった。私は塵のように形が消えていくエレベータを見つめ、その場に崩れ落ちた。「怜…、怜…。」涙をこぼしながら、返事の返ってくることのないその名を何度も何度も呼び続けていた。

 顔を上げるとそこは最初にいた教室だった。手には記憶の欠片の入っていた鳥籠が握られている。また、黒板に書いてあった『鎌木』という文字が消された跡があり、そこには『日直』という文字が空しく書き残されているだけだった。

『終わったか?』琥珀の彼の声がする。

「全部見てたの?」

『ああ、全て見てたさ。あの怜と言うやつはとんでもない奴だ。今現実世界の彼女を見てきたが、先ほど死亡したとのことだ。流石に肉体に限界が来ていたらしい。』

その言葉を聞き私は彼女の言葉の意味を悟った。彼女は自分の死が近いことを知り、最期に私のところまで会いに来た。それは一人の親友として、そして思い人として。籠の中に残ったスターチスの花を髪に挿す。

「ありがとう怜。あなたのこと忘れない、また次の世界でまた会おう。」

私はそういうと空に浮かぶ淡く儚い雲を見つめた。

書くのが楽しい。以上。

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