第一幕 花咲く頃 Ⅰ静寂の篝火
Ⅰ静寂の篝火
「ここはどこ。」
知らない街。知らない景色。知らない匂い。気が付けば夜の丘に独り立ち呆けていたようだ。
丘から景色を見下ろすと、夜だというのに街々の家にも街灯にも一つの明りも灯っていない。
あたりは木々に囲まれ、影が自身の背後に忍び込み、周りには道という道は何処にも存在しない。静寂と孤独に包まれた寂しい世界に閉じ籠められているようだ。何故ここにいるのかわからない。まるで記憶が鍵箱に入れられてしまったみたいに、直前までの行動を思い起こす事ができない。
不意に冷たい風が私の背中を撫でる。振り向くとそこには、先ほどまで無かったはずの長い階段がまるで私を誘うようにそこに現れていた。恐る恐る一段目に足を掛ける。すると、歯車が噛み合ったように静かに鎮座していた灯篭に明りが順々に灯り始めた。明りは静かに燃える音を立て、風にゆらりゆらりと揺れてはその炎を躍らせている。その炎はどうにも私の心に迫り、私を急かすと共に奮い立たせる。
「行こう」
静かにそうつぶやく。
長い階段の頂上には古びた社が眼前に広がっていた。苔生し読むことが困難となった扁額を見上げながら、目の前の鳥居を潜る。境内は静寂を奏で独特な雰囲気を醸し出していた。まるで私の心臓を握るような空気感、足首には重い足枷を掛けられているようで社に近づくその一歩一歩が重い。「恐れ多い」心からそう思える。ゆっくりと息を忍ばせ社に近づきその全容を眺める。その社は所々の障子が破れ、柱である木々は一部腐り歪み、屋根は緑の絨毯を敷き詰めていた。誰からも忘れ去られたこの社は灯篭の明りに照らされて、その不気味な影を落としている。
「罪深き罪人、上林七華よ。その罪に引かれこの世界に落ちてきた愚か者よ。この世界から立ち去るのだ。そして行くべき場所へ行け。そここそがお前の居場所だ。」
いつの間にか私の背後に天狗の面を付けた一人の男がこちらを見つめていた。
「あなたはだっ…誰?」
私は驚きのあまり素っ頓狂の声を上げてしまった。天狗面の男はその瞳の奥の鋭い眼差しをこちらに向け、静かにその口を開き始めた。
「私の名はフウリン。この世界の案内人である。こうしてお前の前に現れたのも、偶然ではなくそれが使命だからだ。」
その言葉には何の嘘も感じ取れない。だがあまりに平坦で機械的な口ぶりで、ヒトのものとは思えなかった。私は再び疑問を口にする。
「ここはどこなの?街に明かりが一つもないし人がいるとはおもえない。それに下の階段だっていきなり現れたしここは一体どうなっているの。」
「ここは夢と現の境目の世界。普段ならここに来る者たちに自意識などなくいつの間にか風と共にそれぞれの世界へと消えていく。しかしたまに異端な者が現れ、自意識を保持したままここにきてしまう。それがお前だ。この社はそうした者達を導くために存在し、必要とする者のにしか見えないようになっている。」
「じゃあ私は導かれるべくしてここに辿り着いたってことなんだ。じゃあ早く私をもとの世界に戻して。」私は彼を急かす口調で迫る。天狗面の男はそんな様子の私になんの反応も示すことなく私に、
「わかった。お前を元の世界に返そう。今から扉を作るから少し待っていろ。」
とだけ言う。空中に手をかざすと、そこに淡い赤い光と共に鉄枠にはめられた重苦しい鉄板の扉を出現させた。その扉には『Nanaka Kanbayashi』 とだけ書かれている。私が不思議に思っているとその男は平坦な口調でこの先について説明し始めた。
「この扉の先は『上林七華』の世界になっている。この扉の先の世界を抜ければ元の世界に帰れが、この世界に入れるのは本人のみだ。私は足を踏み入れることはできない。ここから先は独りで行って貰う。」
「さっき案内人って言ったのに案内してないじゃん…。」
「安心しろ。きちんと案内する。これを持って行くといい。これがあれば私と意思疎通ができる。最後までこれを離すなよ。」と言いながら男は私に真紅に染まった琥珀のネックレスを差し出した。私はネックレスを付け、深呼吸をし扉の取手に手を掛ける。重圧のある扉は軋んだ音を奏でながら、ゆっくりとその口を開ける。私は静かに扉の先の世界へその足を伸ばした。
ななせPと言う者が思いつきで書き始めた作品です。
内容としては短編小説をいっぺんに書くのは技量と時間的に無理があるので、三分割にして投稿していくつもりです。
それぞれの幕で主人公が変わりますが、全部で何幕になるかは謎です。