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第三話。へんて告白合戦。

「十年前。ここで君を追い回して泣かせたあの時。あの時言いたかった言葉を今、言います」

「ああ、そんなことあったなぁ」

 なんかポエムっぽい言い回しだなぁ、なんて思いながら、ハルカの言葉に懐かしい気持ちになる。

 

 ぼくは突然走り込んできたハルカが怖くて逃げたんだ。逃げて逃げて、結局逃げきれなくて……そういえば、あの時転んでのしかかられたの、ここだったなぁ。

 

 たしかに、ハルカはあの時なんか言おうとしてたな。けど、その前にプレッシャーに押し負けて、ぼく 号泣したんだっけ。

 

「シュウト!」

「はいっ」

 思わず返事しちゃった。最早ポエムモードなハルカなのに。

 

「……あの。その」

 どうやら言い出せないらしい。ブルブルっと首を振ったハルカ。もじもじしてる自分に活を入れた、そう見える。

 また。一つ、最大の呼吸。

 

 

「好きだっ!! バカヤローッ!!」

 

 

「なっ?! バカヤローも含めてっ!?」

 全力のシャウトには、もう突っ込みめいた驚きしかなかった。

 だって。バカヤロー込みだよ? 普通ないでしょ、そんな告白。

 

 でも。

 

 

 ーーそっか。そうだったんだ。

 

 

「わっわらうなよっ。そうだよ。これでもな、女子なんだよ オレは。女子ってのはな、男子より。よっぽど。ませてんだよ……」

 またもごもごタイムで。睨んで来てるけど、その目線はいまいち迫力がなくて。

 

「だから。昔もバカヤロー含めないと言えなかったんだよ。結局言えなかったけど」

 なにかを耐えるような、夕日のオレンジなんか比べ物にならないほど赤くなったハルカ。

 

「今だって、その、な。

死にそうなぐらいてれてんだよっ、察しろバカ!」

 そう言ったが早いか、幼馴染はものすごいジャンプをして、海に飛び込んだ。

 まるで、イルカショーのジャンプみたいで……綺麗な飛び込み方だなぁ。

 

 なんて見とれてる間に水玉イルカは角度を変えて。派手な白い水しぶきを上げて。泡が収まって。ポコポコ、小さな泡が出て来た。安堵に一息のぼく。

 

 

 ーーなら、ぼくだって。おかえししないとな。もぐってる今のうちに練習だ。そう、言い聞かせでもしないと。まじめな顔で言うなんて、できそうにない。

 

 

 叫んでしまえば後は楽……のはず。

 

「よし」

 決意して、直後生唾を飲むぼく。

 

 ハルカがあれだけ緊張し続けて、それでも言ったんだ。

 ぼくだって、言わなきゃだよな。言うって決めたんだから。

 

 練習。これは練習なんだ。……うん、よし。暗示が解けないうちに。

 いつハルカが上がって来るかもわからないし。

 ーーいくぞ。

 

 

「君に比べればキャリアはぜんぜん短いけど。中学になって、私服が小学校とは違う感じにかわいくなって。それをフシミさんと相談しながら 最終的に自分で選んだって知って」

 今鏡を見たらぼくの顔はたぶん、顔面日焼けしたんじゃないかってぐらいに真っ赤だろうな。湯気出そうなぐらい熱いもんな。

 

「そこで初めてハルカが『女の子』なんだってわかって。そこから少しずつ、気になり始めて」

 駄目だ。声が小さい。

 

 深呼吸を一つ。

 

「……駄目押しは、こないだからの視線だった。……あぁもぉ、まどろっこしいなぁ!」

 本人が聞いてないって言うのに遠回りしてる自分にいらだって、思わず砂蹴っちゃった……。

 

 それに。まるでポエム読んでるみたいじゃないか。……思い出さないようにしよう。恥ずかしくて死にたくなりそうだから。

 また、深呼吸を一つ。

 

「ハルカ!」

 後はもう。勢いだっ!

 

 

「好きだ! コノヤロー!」

 

 

 ……どうだ。言ったぞ。言ってやったぞ。本人まだ水中だけど。

 

「ぶはっ」

 バシャーって言う音といっしょに、そんな声が。

 

「すごいタイミングで顔出したな……」

 

「うわ、しょっぱっ」

「そりゃそうでしょ、海水なんだから、それ」

 ぺっぺっと口に入ったらしい海水を吐き散らしている。

 

「しょっぱいって言うかにがじょっぱっ」

 こっち向いてなくてほんとよかったと思う。

 

「『女の子』……なぁ……」

 今しがた自分で発した言葉が蘇って、思い出しちゃったよ って言う気分になった。顔が苦い。

 ぐるっと反転して歩いて戻って来る。この辺り、肩が半分くらい見える程度の深さだったっけ。

 

「シュウト。お前もなんか叫んでたな。なに言ってたんだ?」

 そうか。内容はわからなくてもなんかしらの音は聞き取れるのか。改めて聞かれると答えに困る……。

 

 ーーでも。一発叫んだおかげで、かなり心が軽くなった。今なら……ハルカの気持ちもわかったことだし、面と向かっても言えるかも。

 

 だんだんハルカの体が水から姿を現す。なんか……海から歩いて来る、二足歩行の巨大怪獣みたいな絵面だな。

 テーマ曲を口ずさみたくなるのを根性で押さえつけて、ハルカの質問に答える。

 

「ん、まあ。ハルカとおんなじようなこと、かな」

 ここで歯切れが悪くなるぼくは、やっぱりヘタレからは逃げられないかもしれない……。

 

「ふぅん。そっか」

 え? なに、その悟ったような返事?

 ……いや、なんか。ニヤけてる?

 

「聞かせてくれないか?」

 全身が水から出て来たハルカは、なにげなく言う。

 

 このっ。自分は言い切って、しかも水飛び込んで体も頭も冷えましたって?

 調子いいな。死にそうにてれてた奴の顔かよ、それがっ。

 

「え、あ。その……」

 や、やっぱり駄目だ。言えると思ったのは思い違いだった。気のせいだった。口が重たい。

 スパっと言えれば海外ドラマみたいでクールなのに、Tシャツとハーフパンツ姿で、下着替わりに申し訳程度で水着を履いてるぼくは、海外どころか海の中にすら入れない。

 

「ま、さ、か。オレにだけあんな恥ずかしい思いさせといて、そっちが言わない。なんて不公平は、しないよなぁ?」

「な、なんだよそれ?」

 ニヤリと言うのに抗議はするものの、それはたしかにそうだ。

 ハルカが思わず海にダイブしたくなるほどてれまくった告白をしてくれたって言うのに、一方のぼくはもごついてしまった。

 

 それに……さっきは。今さっきは自信があったじゃないか。

 そうだよ。ハルカの気持ちは聞いたじゃないか。自分だけ知ってるってのは、ずるい。

 

 ーーなら。ぼくも言うしかない。

 

 今さっきの勢いを。コノヤローを引き戻せ!

 

 

「ハルカが。いっつもこっちをじっと見てるせいだからな」

「ん?」

「そのせいで。リミッターが……外れたんだからな」

「リミッター?」

「で。今さっきのハルカの絶叫告白で。決心が……つく覚悟ができた」

 

「なんだよ遠回しだなぁ。で、結局どういうことなんだ?」

 拳を引いたハルカ。早くしろ、そう言いたいらしい。

 ーーありがとう。その握った手の強制力。今は感謝する。

 

「つまり」

 一呼吸後にそうとっかかりを答えて、更に一つ、息を思いっきり吸い込む。

 

 ーー言うんだ。言ってやれ。拳が飛んで来る、その前に。

 この吸い込んだ空気を、全部叩きつけるんだっ!

 

 

「好きですっ! つきおうてくださいっ!」

 ……勢い余って西の方の口調にっ。

 

 

「うわっ?!」

 しかも勢いつきすぎてバランス崩したっ!

 

「……いつからだ」

 あれ……転ばない? なんか妙に視界が白いし……?

「いつからだっこのやろうっ!」

 

「おわっ!?」

 押し倒されたっ!

 そ……そうか。視界が白かったのは、ハルカに抱き留められてたのか。

 

「いつから思ってたんだよ、この。むっつりシュウトっ!」

 覆いかぶさって来たかと思えば、引くぐらいの笑顔でぼくの胸を、両手で交互に叩きまくって 痛い痛い!

 

「痛い! 痛いって! ポカポカするなら、もっとかわいく叩いてっ!」

 このやろう、このやろうって、キラッキラした目して嬉しそうに言いながら、ぼくの痛いを無視して叩き続けて……ん? 目が光ってる?

 

 

「どんだけまったと。……どんだけまったと、おもってんだ。バカ」

 直後に、嗚咽が聞こえ始めて。

 

 

「ハルカ。泣いてる……のか?」

 手を止めて、グっとその掌を押し付けて。ぼくのTシャツに一粒 また一粒ってしみを作る幼馴染を、ぼくはみてることしかできなくて。

 

「っ!」

 でも、体が勝手に動いてて。今、息を飲んだのはハルカで。彼女の背中に回った腕に、力強く抱きしめたその両の腕に、ぼくが不思議な気持ちがする。

 

 ーーだって。ぼくはこんなこと、できる勇気も度胸もないんだから。

 

「ク、ククク」

「な……なんだよ? なにがおかしいんだよ?」

「なんで腕回してきたお前の方がきょとんとした顔してんだよ。ないだろ、そんなの」

 ぼくの胸をまたバシバシ叩いて来た。今度は大笑いしながら。

 

 

 

 まったく。コロコロテンションかわるなぁ今日のハルカは、ほんとに。

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