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第二話。幼馴染が落ち着きません、いつも以上に。

「葉っぱの事件から、オレがどんな気持ちだったか」

 いきなり愚痴かよ? って、あれ。一人称がオレに戻ってる。

 

「あれ以来、お前の視線がどこ向いてるか気になってしょうがないんだよ」

「やたらと視線を感じると思ってたけど、あれが原因だったのか」

 そのせいで……すごい、気になっちゃい始めた。きっかけはどうあれ、ぼくの思いに気付いたのかな、なんて思ったりして。

 

 でも、そこから先 もしも。もしもお互い思いが同じだったら、なんて考えて。でも、なんだかそういう線は超えちゃいけない気がした。

 ハルカに対する思いはあるけど。そういう思いよりも前に、ぼくたちは幼馴染で。すごく近くで。

 

 このまま行ければそれでいい。それが二人の距離を。関係を壊さない選択なのかもしれない、そう思ったりもして。

 だから。思いがあるのに悟られちゃいけない気がした。

 

 やっぱぼく。ヘタレだなぁ。

 

 

「そのおかげで……あたしの気持ち。再認識させられるし」

 もごもご言うのとシンクロしたように、よろよろハルカの視線が揺れてる。こんなにゆらゆらしてるハルカの目、初めて見たかもしれない。

 右手もギュっと握り込んでるし。緊張が見てわかるほどなんて。いったいハルカは、なにを決意してここまで来たんだろう?

 

 しかもまたあたしって言った。緊張しすぎて情緒不安定にでもなってるのか?

 

「体育の時とか。他の奴に目が向いてたら、すげーことやってこっちに向かせようとしたりして。そんな自分が、なんか 乙女すぎて恥ずかしくなったりしてたんだぞ」

 もごもご継続で、そんな驚愕の事実を告げられて。

「え?」

 まさか……そのために。そんなことのためにこいつ。ダンクできるようになったのか?

 

「そっか。だから帰りに感想言った時、引くほど嬉しそうな顔してたのか」

 幼馴染で、気になって。立ち位置はこれまでのままで、それでも少しはハルカに注目してること、気付かれたかった。

 だから、ぼくはそうしてハルカのことを見てるんだって、そんなアピールをしてたんだ。

 

「ひいてたのかよぅ」

 かわいらしくほっぺたふくらましたハルカに、思わず吹き出して「なんだよぅ」と軽睨みされてしまった。

 

「や ごめんごめん。かわいらしかったから、つい」

「ぶ……ばか、あたりまえだろ」

 また真っ赤になって言う。

 

「それ、自分で言ってて恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「そこへの恥ずかしさじゃねえよバカ!」

 トスっと右手の平で押して来た。たたらを踏むだけで無事なぼくは、、表情に困って苦笑い。

 

 いつもならこんな力のないプッシュじゃなくて、掌底レベルの打撃なのに。妙にしおらしいな。

 

 

「で、だな。プール授業、あるだろ?」

「ぼちぼちね」

「だろ? そん時シュウトの視線がこっち向かないのはわかってるから。だから、な」

「もったいつけた言い方するなぁ」

 不思議に思うのを、そのまま声に乗せて言葉を返す。

 

「だから……オレの水着姿、見せたかったのと。関係を、はっきりさせて。スッキリしてから夏にのぞもうって。そう……思ったんだよ」

「関係をはっきりさせる?」

 やっぱり要領を得ない。けど……ぼくに水着姿を見せたかった、って言うのはたまらなく嬉しい。

 

 

「そ。お互いの気持ち、って奴だよ」

 言うとハルカは、おもむろに歩き出した。潮騒に向かって。だからぼくも続く。

「なんで波打ち際に行く必要があるのさ?」

 

「父さんがさ、言ったんだよ。普段、特に面と向かって言えないことは海に聞いてもらえばいいって」

「ポエミーだなぁ、トウジさん」

 苦笑してしまった。それって、海に向かってバカヤローって奴だよね?

 

 別にこっちは、ハルカ相手にストレス溜め込んだりはしてないんだけどな。

 ひょっとしたらハルカは、そうじゃないのかもしれない……のか? いや、それにしては態度がおかしいか。

 

 

 ……駄目だ。ハルカがなにを狙って海に向かってバカヤローしたいのかわからない。

 

 

 サー、サー。寄せては返す波の音が、白い泡として姿を見せてる波打ち際。まだオレンジ色の光を残す夕暮れの海は、安っぽいけど照れてるみたいだって表現がしっくり来る。

「で。ついたけど、さ。いったい、なにを叫ぶつもりなんだ?」

 ぼくに対する不満かもしれない。その思いがぼくの声に遠慮の色を付けた。

 

「覚悟のいること、かな」

 言いながら、なぜか屈伸運動し始めるハルカ。

 覚悟のいること。やっぱり。実はぼくは、ハルカから見てものすごい不満要素を持ってるのかもしれない。

 自覚できてないって言うのが、我ながらたちが悪いな、まったく。

 

「ただ叫ぶだけなのに、準備運動いるのか?」

 驚いて尋ねてみたら、

「体がガチッガチだからほぐしたいだけだよ。シュウトもやっとけって」

 ぼくのびっくりは見当違いだったみたいだ。

 

「あ、うん。そうだね」

 勘違いの恥ずかしさをごまかすついでに、ぼくも準備運動をし始める。動かしてみればたしかに、ぼくも体が硬くなってたのがわかった。

 

「なにやってんだろね、ぼくたち。別に海に入るわけでもないのに」

 その的外れっぷりが滑稽で笑いが込み上げてきた。

「どうかな? オレは飛び込むかもしれないぞ」

 体を動かして調子が戻ったのか、ハルカの声の調子に緊張の色がほぼ抜けた。

 オレって言う一人称にも安定感がある。あたし、なんて慣れない物になる可能性は消えただろう。

 

「よしっ、運動ー終わりーっと」

 パンパンと手を叩くハルカだけど、ぼくはまだ少し動かし足りない感じがしている。ので、ハルカの宣言を無視して運動続行だ。

 

「こらシュウト、終わりだって言ってるだろ」

「うわっこらっ、むりやり腕を開かせるなっ。変な曲がり方したらどうするんだっ」

 慌てて言う。

 

「そんときゃオレがついててやるよ」

 軽い調子で言って、ぼくの胸を後ろから回した左手でバシっと叩いて来た。いてっと声を上げたぼくだけど、そこから後ろの動きが止まった。

 

「どうしたんだよ?」

 首を左に回してハルカの顔を見ると。なんでかぼんやりとこっちを見たまま、ほんのりと頬を赤くしていた。

 

「あっ。なっなんでもねっっ」

 グアバッッと離れて、それで終わりかと思ったら。

 

「『シュウトの体、知らない間にガッシリしてるんだなぁ。あたしとそんな背かわんないのに。やっぱ、男なんだな』なんて見とれてねえからなっっ」

 話が続いたから、戻しかけた顔の角度を固定 ハルカの様子を見てたら

 両手バタバタしながら目にゴミでも入ったみたいに高速まばたき連打しながら、そんなことを言ったのだ、ハルカの奴は。更に赤くなった顔で。

 

 またあたしって言ったな。いや 今回は思ってただけか。なにがきっかけで一人称かわるんだろう。

 知らないこと、あるんだなぁもう十年以上はいっしょにすごしてるのに。

 

 

「え、ああ、はい。心の中大開放ありがとう」

 半ば引きながら言葉を返した。

 けど……正直な胸の内は、そんな風に言われて動揺してる。してないわけがない。

 

 鼓動がさっきより少し早い。そして、ハルカに聞こえてるんじゃないかって思うほど、激しく鳴って聞こえて……なんか、変に恥ずかしい。

 ハルカの方、みれない。

 

「ぜぇ……ぜぇ……よし。勢いもついたことだし。本番いくか、本番」

 息を上げながら、右二の腕さすりながら つまり緊張しながら本番とか言われると、想像力が夜に傾いてしまう。

 だから、わざと夕日を見ることで そのまぶしさで想像力を昼に叩き戻す。夕日って、なんだか、昼間よりもまぶしいんだな。

 

 サクサクと波が足に触れそうなところまで行ったハルカ。こっちを振り返って手招き。並べ、ってことらしい。よかった、鼓動は聞こえてなかったみたいだ。

 頷いてぼくも並すれすれのところまで行く。横目でハルカを見ると、足を肩幅まで開いている。

 

 まさか……全力で叫ぶつもりなんだろうか? これは覚悟が必要だ。驚かない覚悟が。

 

 

「ぐっ、ぱー、ぐっ、ぱー」

 小声で言いながら、両手を握ったり開いたりしてるハルカ。更にもう二セットしてから、よしと頷いた。

 細かいしぐさがかわいい。でも、口に出せない。出しちゃいけない。そんな気がする。

 

 そんな、

 アイドルに対するようなものの言い方は ぼくとハルカの距離じゃないから。

 

「いくぞ」

 いったいこれからなにが始まるんだ。そう思わざるをえない気合の入り様に、ぼくは幼馴染をみつめることしかできず。

 

 

 

 ハルカが一瞬ちらっとこっちを見て。そしてから思いっきり空気を吸い込んだのを見て、ぼくは身構えた。

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