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第一話。おかしな幼馴染とちょっとおかしなぼく。

「シュウト、起きてるか?」

「起きてるに決まってるだろ、今何時だと……ん?」

 反射で答えたぼくは、机の左にある窓に視線をやって疑問符を浮かべた。

 

 ここは二階だ、それはいい。ぼくこと山野井秋冬やまのいしゅうとの部屋と窓を隔ててあるのは、

 男の子と言っても疑われない容姿ながら その顔つきはしっかりと少女な幼馴染、蛙先春夏かわずざきはるかの部屋。

 

 今のやりとりで分かる通り、窓を隔ててすぐそこだ。今は網戸だから当然だけど、窓を閉めてても少し声を張れば会話が成立する距離。

 で、なにに疑問符を浮かべたか。それはハルカのかっこうだ。

 

「ハルカ。なんで水着着てるんだよ、こんなところで」

 声には出すけど、どうして 白地に多数の青水玉がプリントされた薄ピンクのスカート付き水着なんて、妙にかわいらしい物を身に着けてるのかの理由はわかっている。

 

「シュウト。海いこう」

 若干かみ合わない返答にハルカの顔を見れば、なんだか緊張してるような感じがする。

 

 そうなのだ。ハルカって、なんでか夕方選んで海に行く。まあ、ぼくも人込み嫌いだからありがたいんだけど。

 今は夕方。ちらっと右のベッドに置いてある目覚まし時計を見たら、そろそろ六時半。

 

 うちの食事時間が午後六時平常の早めの夕飯なのと、海が近所にあるからこそできるこのタイミングの海へのお誘いなのだ。

 

 

「食休みかねてさ。な?」

「……そうだね」

 折れねばならないのは、これまで過ごしてきたハルカとの時間で承知済み。それでもやれやれではあるけど。

 

「まったく、女子は上半身まで水着があるからいいよな。こっちはそうやって服代わりに着て外歩けないんだぞ」

 とはいえ、女性が水着で外歩いてるのも妙ではある。

「ああ、大丈夫。トシヤおじさんとメグルおばさんには了解とってる」

 変に目をパチパチまばたかせながら、平然としてるつもりでだろうそう言った。

 

「ずいぶん手回しがいいな。どうしたんだよいったい?」

「い……いいだろ。お前が時間かかると思ったんだよ。じゃ、準備運動でもしながら待ってるから」

 

「はいはい。って、後ろ向くだけって……ま、いっか」

 どうにも言葉もちょっとカクついてるな。ほんと、どうしたんだろ。

 

 

***

 

 

「「いってきまーす」」

 着替えを終えて、ぼくたちは海へと向かうべく夕方の路を行く。

 午後六時を半分すぎてもまだ暑い。水着いっちょでうろうろしたいところだけど、流石にそれはまずい。

 

「人、いないといいけど」

 独り言のような声に、ぼくは「そうだねと相槌してから、ついでで話を振る。

 

「日照時間が延びてるようにしか思えないけど、だんだん実は短くなってるなんて。変な感じだよね」

「たしかに、そうだな」

 心ここにあらず。そんなぼんやりした受け答え。

 

「ほんとに、どうしたんだよいったい今日は?」

「ほら、今日海開きだろ。だから、初日に入っとこうと思ってさ」

 無駄に口がパクパクしてて表情が動かないのが怖いけど、でも理由としてはハルカらしい。こういうイベントごとには、早いうちに参戦しておきたがるタイプなんだよね、ハルカ。

 

「……あのぉ、ハルカさん?」

「な、なんだよ?」

「右手と右足。いっしょに出てますよね?」

「ま……まえならえしながら歩いてみたくなったんだよっ?」

 

「苦しすぎない、それ」

「う、うるさいなぁもぅ。さっさといくぞ」

 そう言って歩く速度を上げたハルカだけど、どうにも体がカクカクしてる。ものすごい緊張。

 ーー怪しい。怪しすぎる。

 

 

「そんな調子で海なんか入ったら、体 つるんじゃない?」

 もうこれは足どころじゃないと思うんだ、それぐらいガッチガチにド緊張。

「だっだいじょうぶだって、ほんと。準備運動もしてるし、うん」

 ……やっぱり怪しい。

 

 どうしたんだろなぁほんと。いったい海になにがあるんだろう?

 たかがぼくと海に行くだけのことで、どうしてここまで……ん。

 

 

 ぼくと。二人で。海に行く?

 

 

 お、おか、しいな。緊張、ちょっと。移ったかな?

 

 サワサワと鳴る潮騒がBGMな現在地。観光地じゃないおかげで、この辺りはこの時間すっかり静かだ。

 ハルカの緊張感が伝線したせいか、あんまり話題を振ろうって思えなくって、殆ど喋らずここまで来た。

 

 沈黙が余計に緊張感を増して、ぼくまで体が硬くなってしまって、その状態が解除されないまんま。こりゃ準備運動を念入りにしないといけないな。

 

「よし。人は……あたしたちしか、いないな」

「……え?」

 今。あたしって、言ったのか?

 ハルカの一人称はオレのはずなのに。

 

 発音が下がってて前は違和感あったけど、もうその違和感を覚えてから十年近い、すっかり慣れてしまった。

 だからこそ、今のあたしにとんでもない違和感を覚えたんだ。これも……緊張の影響なのか?

 

 ザクザクとビーサンで砂を踏みしめて歩くハルカは、面喰ってるぼくのことなんて気にもしていない。

 おぼつかない足取りが、砂地のここじゃ余計あぶなっかしく見えて、ぼくは思わずハルカの真横まで小走りで追いついた。

 

「あぶないって、そんな歩き方じゃ」

 むき出しの小麦色の腕、その肘を掴んで足を止めさせることにする。とまるかは正直な話、ぼくのこの行動にびっくりしてくれるかにかかっている。

 

 ーー柔らかい。もう少し筋肉質かと思ってたけど、肘を掴んでるって言うのにほのかに柔らかい。

 ……これが。女の子。か。

 

「うわっっ!」

 予想外の大声で、「おあっ?」っと掴んだこっちまでびっくりして、思わず手を離してしまった。

 

 ーー今スピードを増したこの鼓動が、びっくりしたからなのかそれとも別の理由なのか。今のぼくにはわからない。

 

「なっ なななななっ? あにすんだよっ!」

 両腕を上下にブンブン振り乱しながら猛抗議だ。

「あぶないって言ったじゃないか。そんな歩き方してちゃ転ぶって」

 

「し しんぞうとまるかとおもっただろバカ!」

 上下動から腕の動きが縦回転に変化。……これは、これ以上近づくと痛そうだな。

 

「こっちは動きがとまってくれて助かったよ」

 間合いを取りながら、そう本音を伝える。

 

「……しんぱい。して。くれたんだ。よな?」

 徐々に速度が落ちるハルカの腕回転。

「あたりまえだろ」

 頷きながらそう言うと。

「そ。そっか。そっかそっか。そっか……そっか」

 徐々にボリュームを落としながら、壊れた機械みたいに同じ言葉を繰り返した。

 

 

「ほんと。今日の……って言うか、水着で顔出してからのハルカ、おかしい」

「……し。しかたないだろ。今日は……決意と。覚悟、なんだから」

「どういうことだ?」

 要領を得ない言葉を考えようとして音が漏れてた。

 

 突然、右の二の腕をさすり始めたハルカ。緊張した時の彼女こいつの癖だ。

 

「今日この時間、お前と……シュウトとここに来たのは」

 二の腕をさすりながら数回の深呼吸の後、二の腕をキュっと握りしめて、思い切ったように切り出した。

 けど、言葉を切られてしまった。気になって続きを待ってると、カーっとハルカの顔が真っ赤になった。

 

「み……みつめるなよ、そんなまっすぐ」

 下向いてもごもご言うのはなんでだろうか?

「言葉途中で止められたら気になるだろ」

 

「だったら、なんかいえよってことだよ……」

 ふくれっつらで目をそらす。器用なことするなぁ。

 自然、ちょっと下向いてる状態でこっちを見て来たから、上目遣いみたいになって……その『女の子』爆上がりなしぐさに、ぼくは呼吸を忘れてしまった。

 

 

 ーー真っ赤な顔で。上目遣いで。ふくれっつらで。

 

 ドクン ドクンって鳴る鼓動が、まるでシャッターを切るみたいに。ぼくの記憶にこのハルカの顔が、くっきりと刻み込まれた。そんな不思議な感じがする。

 

 

 まるで漫画みたいに大き目の咳払いを一つしたハルカ。どうやら気を取り直したようだ。

 おかげで、ぼくの鼓動シャッター切りはそこで終わった。

 

「で。今日この場に二人で来たのは、だな」

 ふっと息を吐いたぼくに気付いた風もなく、今度はもじもじし始めた。

 忙しいなぁ、いつも以上に。いや、いつもは忙しいんじゃなくて騒がしいのか。

 

「お前に、言いたいことがあるからだよ」

 じっと、真っ直ぐに。急に真剣にみつめて来た。

 暑さとは違う、熱さが顔から全身に広がって行く。

 

 ーーそっちだって。まっすぐ見つめて来てるじゃないか。

 

「待ってるの、やめたんだ。もう……耐えられないし」

 ザっと砂を踏みしめて、少し力強く言うハルカ。

「いったい……なんの話だよ?」

 

 

 言いたいことが理解できず困惑するしかないぼくに、ハルカは語り始めた。

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