まったくテンプレになれてない主人公、襲われる
ミリアに手を引かれながら、校舎を出て窓から見る事のできた庭園に出る。
応接室で見えた以上に、庭園は多様な植物が植えられていた。庭園の植物はまとまりのあるように見えて雑多な生え方をしており、最低限の手入れしかされていないようにも感じる。
物珍しそうに見ていた為か、ミリアがこちらを見てクスクスと笑っていた。
「ここはお父様の趣味なの。自然がどうとか言って、あんまり人の手を入れないようにしてるんだって」
そう言いながら、近くにあるシダ科のような植物の葉っぱに手を触れる。葉は茎から複数枚羽のように生えており、葉には筆で書かれたように黒い一本の筋の模様があった。
「この植物はお父様が隣の国に行ってきた時に持ってきたもので、たまたまこの国でも育てられたものなんだって! 隣の国は暑い気候で、こことは全く違う気候なのよ。植物って凄いの。でも、お父様は向こうで見たものよりも小ぶりになっていて、元気がないって言うのよ。これだけでも、十分茂ってると思うんだけどなぁ」
ミリアの楽しそうな笑顔を初めて見た気がする。彼女は口早に植物の事を説明して、黒い模様を指でなぞる。なぞられると何事か察知してかゆっくりと葉っぱが模様を包み込むように曲がっていく。
「たぶん、この黒い筆の部分を歩く虫を察知して葉っぱを曲げるのよ。葉っぱは曲がるとネバネバするものを出し始めて、虫ごと地面に落ちていくの。わかる? そうして動けなくなった虫は他の捕食しようと近づいてきた虫を巻き込みながら樹液に溺れて、養分になっていく。すごくない? すごいのよ!」
彼女はあふれてくる樹液を軽くひとさし指でとって、親指とくっつけてネバネバしたものを見せつけてくる。彼女自身指と指の間に糸を引いたそれを楽し気に見つめている。
「好きなんだね」
勢いに少し押されながら言うと、彼女はちょっとむっとした。
「そうよ。悪い? 自分でもわかってるわよ。こんなの王女らしくないって」
言いながら、ミリアはハンカチで指先についたものをふき取る。
「でも、あなただって好きなんでしょう! 私の描いたウサギのこと、ほめてくれたじゃない!」
責めるような口調で言うが、顔が少し恥ずかしそうに赤くなっているので、それが照れ隠しであることがわかった。
「ネジレツノウサギだよね。うん、すごい特徴を掴んでたよね。ツノのネジレ具合とか、ペラペラな感じとか、すごいよ」
思ったことをそのまま言うと、彼女は余計に顔を赤らめる。一瞬何か言い返そうと強気な表情をして、何か考え直したのか、開きかかった口を閉じて、パクパクとさせている。
「ね、ねじれつの?」
「ネジレツノウサギ。名前知らなかったの?」
あそこまで描けているなら、名前も知っていそうだが。そう思って聞き返すと、彼女はあからさまにむっとして、腕を組んだ。
「しょうがないじゃない。あれだってうちの料理人にお願いして調理前のやつをこっそりと見せてもらったのよ。私だって本当は家畜を飼ったり、もっといろんな植物に触れてみたいのに……」
不服そうな声をしながらも、その声音は徐々に弱くなっていく。彼女なりに自分の立場と自分の好きな事の兼ね合いを掴めていないようだ。
「他にはどんな絵を描いてるの?」
そんな彼女の姿を見ているのが、なんとなく嫌だった。
彼女はその言葉を聞くと、ぱっと顔を輝かせた。
「いいの? 見てくれるの? 今持ってくるから、待ってて!」
言うが早いか、彼女は走り出してどこかに行ってしまった。先に進むとベンチがあるからそこで待ってるように、との声だけを残して。
*
しばらく彼女が持ってきたスケッチブックのようなものを見ていると、太陽はあっという間に沈んでいった。辺りは薄暗くなり、冷えた空気が肌を撫でた。
「もうこんな時間なのね」
彼女はそう言うと立ち上がった。王女なら門限等もありそうだが、特に気にした様子はなかった。
彼女に合わせて立ち上がると、空気の張り詰めた感じが一瞬あった。思わず彼女を抱きしめて、転ぶようにして地面に身を投げた。
驚いたような彼女の声と、空気を裂く風切り音が同時に響いた。先ほどまで座っていたベンチには丸い穴がぽっかりと空いており、敵意のある誰かが居ることだけがわかった。
「何!? 誰よ!!」
抱きしめていたボクを押しのけて立ち上がりながら彼女は言うと、何かをつぶやき、彼女の周りを風が舞った。一瞬強い風が彼女を中心に起こり、植物の中で同じように風が舞っていた。
「勝手に踏み入ってるんじゃないわよ!」
初日の授業と同じように、魔法力を手のひらに集める。集められた魔法力は先端が尖り、銃弾のような形状をしていた。よく見ている、そう思いつつボクも魔法力を集めると、彼女は片手で制してきた。
「あんたがやったら、庭園が崩れちゃうじゃない! ふざけないで!」
怒鳴るが早いか、集められた魔法力が風の舞う中心地へと飛んでいく。衝突する瞬間、眩い光が出るが、球はそれを押し破った。
苦しそうな甲高い声が庭園の中でする。ミリアは追撃しようと身を乗り出すが、眩い光が辺りを包み込む。
その一瞬の隙をついてか、先ほどまでの気配は消えており、辺りには静けさが戻っていた。
興奮したように息を切らしている彼女と、何かわからないまま事が終わっていたボク。モヤモヤしたものを残したまま、来た時と同じように手をつないでこの場を離れるのだった。