お茶会、胸の高鳴り
応接室の大きな扉を抜けるとそこは天国だった。
扉を開けると紅茶のような匂いがした。
執事やメイドらしき格好をした男女が壁際で待機しており、中央の円形テーブルにはいくつかのお茶菓子が用意されている。
もしかしたらこのテーブル自体もこの時の為に運び込まれたものかもしれない。
扉の真向かいには大きな窓があり、そこからアカデミアの庭園の様子が見れるようになっている。テーブルの傍に腰かけているのは、対照的な表情をした二人。
一人はミリア=ゼシリア。
きりっとした顔立ちで幼いながら美人の素質を感じさせるが、顔に似合わず負けず嫌いで隠しきれないドジっ子要素がある。
平民のボクを陰でバカにせず真っ向から話しかけてきてくれた辺り、まっすぐな子なのだと思う。
今も彼女は少し不服そうな顔をしながらそっぽを向いている。
その横顔が少し可愛く感じるのはそうした彼女の良さを知っているからかもしれない。
そんな彼女とは対照的に涼しげな顔をして窓の外を見ているのはエレノア=ゼシリアだ。
ミリアよりも柔らかい優しそうな顔立ちをしているが、少し話した印象からは優しさよりも落ち着きや物静かな印象がある。
周りの生徒たちの噂話を聞いた話では、正式な王位継承権はないとかなんとか。もしかしたらミリアとエレノアは異母姉妹なのかもしれない。
エレノアはゆっくりとこちらを振り返ると、おいで、と声には出さず口だけを動かした。
微笑みを浮かべており、母性のようなものをどこか感じさせる。
それと同時に、身体を突き動かそうとする魔法的な力も感じた。エレノアが何か使っているのかもしれない。
抗う必要性も感じず、椅子のそばまで来る。エレノアと、ミリアの間で、ちょうど窓を正面から見られる席だ。
ボクが席に座ると、メイドの一人が紅茶をいれてくれる。カップが揃ったのを確認するとエレノアは近くのメイドに全員退室するように耳打ちをする。
続々と列をなすように部屋から退室していく使用人たち。
誰も部屋からいなくなると、改めて無音が部屋の中で木霊した。
お互いのわずかな身じろぎや呼吸音、遠くの方で何か楽しそうに笑う声が時折聞こえる以外は、何もない。
「さっきのは、何ですか?」
エレノアの方を向いて、問いかける。
三つ編みの髪、横から見てもわかる胸のふくらみ、あふれ出る優し気な雰囲気とは裏腹に冷たい声音と態度。
チグハグな感じ。窓の方を向いているため表情は見えず、何を思っているのか想像すらつかない。
「やっぱり気づくのね。じゃあ、あえて魔法にかかったのかしら?」
肩をすくめながら言うエレノア。
魔法にかかるの意味がわからずなんとなく話の流れに乗っておく。
ミリアは何のことかわからなそうにして、こちらを見つめている。
「とても強い力ね。まだ何も学んでいない子どもとは思えない。それに、そんな子供が単なる平民風情とはね」
ミリアが一瞬身じろぎをする。エレノアはこちらには一切視線を向けず、あくまで窓の外を見つめている。
「力は連綿と紡がれていくもの。強い者と強い者が結ばれることで、より強大な力へと成長していく。その素質を手にすることができる」
だから、私たちは強く、ココが存在している。
エレノアはそう言うと、窓を見ながら頬杖を突いた。気だるげにしている姿も、様になっている。妙な胸の高鳴りを感じた。
「親に関係なく、産まれてくる子もいるのでは?」
突然変異のようなものだってあるはずだ。
エレノアはそうね、とだけ返事を寄越す。肯定とも否定とも取れない返事だった。
「じゃあ、あなたは信じられるかしら。王族が、貴族が、何代にもわたって築き上げようと努力してきた力の礎、自らの人生を力を求める為に使い続けた人達が、偶然の産物によって、決して追いつく事のできない力を産まれつき持つ者が現れた。そう言われて、納得できるものかしら」
エレノアは初めてこちらを向いた。頬にだけ微笑を浮かべて、見つめてくる。
少し茶色がかった瞳、小ぶりな唇、優し気な顔立ち。彼女のわずかな体の動きで甘い香りがふわりと鼻先をかすめた。胸はまた高鳴る。
「正直に言うと、あなたの事を警戒しているの」
エレノアがそう言うと、ミリアは立ち上がった。じっと姉であるエレノアを見つめている。
「お姉さま、彼は私が招いた人よ。からかわないで」
普段の彼女からは想像もつかないような、落ち着いた声だった。しかしその顔は怒りと決意に満ちているような、まっすぐな表情をしていた。
エレノアが何かを言う前にミリアはボクの手をとった。
「お姉さまが話したいことは、それだけよね? なら私はユーヤを庭園に案内するわ。お姉さまも、自慢の庭だって言ってたものね」
彼女の言葉は、どこか無理をしているようにも感じた。手は震えている。
歳の差のある姉妹だから、喧嘩をしたことがないのかもしれない。
それでも彼女はエレノアの返事を待たずにボクの手をとって、扉を開けた。
一瞬、何かがまとわりついているように感じ振り返ろうと思ったが、直観的な何かがミリアを見つめるように告げた。
扉を抜けると、それまで感じていたような胸の高まりはおさまった。
それでも、ミリアのまだ少し震えている手とその柔らかさ、しっとりと伝わってくる手汗の感じ、先を歩く彼女から香ってくる汗と甘い香りに、違う意味で胸が高鳴るのを感じた。