お茶会前、獣耳
王女様からお茶会に誘われるなんて、なろう小説でよく見る展開だ。
何ならそのお茶会で悪の組織が王女をさらおうとしてそれを助けるところまで含めて、テンプレだと思う。
とは言っても、ボクはあくまでゼースから力をもらっただけの一般人だ。
なろう小説の主人公たちみたいに、何のためらいもなく相手を攻撃したり、敵となれば途端に冷酷になれたり、喧嘩の経験もないのに命の取り合いに際して冷静でいられたりするわけがない。
そう考えてみると、ボクはただ力の上限が高いだけの、単なるそこらにいるガキなのかもしれない。
ミリアのような綺麗な女の子や、エレノアのような可愛い女の子と知り合えたのは力のお陰だと考えると、嬉しいような分不相応なような、複雑な気持ちになる。
生きていくだけで精一杯だった元の世界の自分、生きていく上で何一つ不自由を感じない今の自分。
力があるだけで、あるいはなにかに不自由しない体があるだけで、こんなにも生きやすいものなのかと、改めて力の恩恵を感じさせられる。
だけど逆に言えば、この世界であっても力のない者は生きづらいのだと思う。
応接室までいく途中の道、いくつかの教室を廊下から覗き込むと居残りで何人かの生徒が補習を受けている。
それぞれがやんごとなき肩書きを持っているからこそ、本人も教師も必死になっていることが感じられる。
必死だからこそ、できない自分に腹が立ち、気持ちがすさんでいく。
かつての自分をどことなく彷彿とさせて、辛くなる。
歩きながら、いくつかの教室を覗き込んでいると、廊下の端の方の教室に数人ほどの生徒がたむろしていた。
扉には何か魔法がかけられているような感じがする。中の様子はよく見えないが、おそらく上級生だろう。
気になって、扉に手をかけると、指先に痺れが生じた。針が刺さってるのかと思い手を離すとなにもない。
「なんだこれ」
魔法力で手を覆って、こっそりと扉を開ける。
扉に魔法をかける程、何か大切なことをしているらしい。
隙間から覗き込むと、たむろしてる人の真ん中に女の子がへたり込んでいた。
頭には犬のようなふさふさと産毛の生えた耳が二つ。よく見ると尻尾のようなものがスカートの辺りから生えているのも見てとれた。
声こそ聞こえないが、女の子に意地悪をしているのだけは、理解ができた。
誰かが何かを言うと、女の子は震える手で、人間にとって耳のある場所の髪をかきあげた。
そこには何もない。人間らしい耳はなく、頭に生えている獣の耳が悔し気に震えていた。
何事かまた言われると、悔しそうにしながらも女の子は言い返さない。じっと目を伏せて、固く口を閉ざしている。何も言わないことを決意しているような、そんな表情だった。
もし、なろう小説の主人公だったら、こんな時どうするだろうか。考えて、決断した。
今はなにもするべきではない。
ボクは主人公には到底なれないのだ。
応接室の前にたどり着く。胸くその悪さは、とれることはなかった。