孤立したボク、誘うミリア、第三の女!
最初の授業の噂はあっという間にアカデミア内で広まっていたようで、登下校の最中にじろじろと見られることが多くなった。
心なしか距離をとられているようにも思うのはボクの気のせいだろうか。
居心地の悪さから、最近は人目を避けて行動するようになってきた。
例えばご飯を食べる時、ゼースアカデミアでは食堂があるが、混雑する時間をさけて授業の合間や授業の早引きを許された時等に行くようにしている。
初年度の授業の多くは理論よりも魔法力の使い方を講義する授業が多い為か、少し先生に診てもらっただけでよく違う場所で自習をするよう促される。
その為、授業が終わるまで約一時間、のんびりと人の少ない食堂でご飯を食べる事ができるのだ。
唯一、大して変わらない反応を見せてくれる人と言ったら、ミリアとその取り巻きくらいだろう。
「まーたこの時間に食事? 平民は食事の時間まで私たちとは違うのね!」
声の方に視線を向けると、ミリアがいつものように腕を組んで顎を少し持ち上げ、こちらを見下すような姿勢を精一杯とろうとしていた。
ミリアは整った顔立ちをしているから、自信満々に腕を組んで見下す姿はどことなく様になっているようにも見える。
ちなみに彼女は初日のような私服ではなく、制服を着ており、白いブラウスに黒のリボン、黒に赤いラインの入ったスカートとブレザーといった格好だ。ちなみに男の制服も、黒を基調に、ところどころ赤いラインが入っている。
「だってみんなジロジロ見てくるからね。ご飯ってゆっくり食べたいでしょ? 静かに、平和にさ」
この時間は取り巻きは一人しかいないようだった。
長い髪を一本に縛り、短くした制服のスカートにフードのついたマントを羽織っていた。
「あら、見られることを気にするの? 変な人ね。気にしなければいいじゃない」
何を言っているのか理解できない、という風に小首をかしげるミリア。
ボクの真向かいの席に座ると、今度は脚を組んでこちらを見つめてくる。
「なに?」
恥ずかしくなってボクが言うと、ミリアはなおも黙ってこちらを見つめている。
取り巻きの女の子は、ミリアの後ろに立ちながらも、心なしかニヤニヤしながらこちらを見ている様子がうかがえた。
たっぷりと五秒ほど、ミリアとボクはお互いを見つめ合う。
「どう? 慣れた?」
そう言うと椅子にふんぞり返るように背中を預け、どうだ!と言わんばかりにまだ小さな胸を張った。
「力があるってことは、それだけで責任が伴うのよ。人から見られ、期待され、時に怯えられる。それは、平民であろうがなかろうが力を持つ者に平等に課せられた重荷のようなもの。だから、あなたはそれを真っ向から受け止める義務があるわ」
思いのほかすらすらと、ミリアは言った。誰かから聞いた受け売りのようでいて、実感のこもった声音のようにも聞こえる。だから、とミリアはさらに続けた。
「力ある者同士が交流を持つことは? べつに違和感のあることじゃない、のよね!」
言って、ミリアは一枚の紙を机の上にたたきつけるように置いてきた。
「これは?」
紙をのぞき込むと、お手製なのかウサギのマークや花の絵などが描かれており、真ん中には招待状と書いてあった。
本文らしきものには、放課後応接室にて待つと果たし状のような内容が書かれていた。
「私じゃないのよ! エレノアお姉さまが、招待しなさいって!」
顔を真っ赤にしながら必死に何事か否定しているミリア。
後ろの取り巻きはそれを見て、いたずらっ子のような顔をしてクスクスと笑っている。取り巻きと思っていたが、案外仲が良いのかもしれない。
「えっと、応接室で何をするのかな。ここには書いてないようだけど」
机に置かれた紙をもらって、もう一度じっくりと見てみる。小さくデフォルメされている絵だが、よく特徴を掴んで描けている。
この世界におけるウサギは耳の先が黒く、人差し指程の長さのツノが生えている。
普段は温厚でウサギと何ら変わらないが、興奮した時には自慢のジャンプ力を駆使してツノで抵抗してくるのだ。
この絵に描かれているのは、うちの近くで家畜として飼われていたネジレツノウサギのようで、ツノのねじれ具合が絶妙に表現されている。
このウサギのツノは薄く平べったい形状をしているので、もはやツノとして機能していないのだ。
問いかけながらも食い入るように絵を見つめていると、ミリアは顔をさらに赤らめながら静かになった。
「お茶会よ……。何よ、そんなじっと見ちゃって」
珍しくモジモジとしている。普段の自信にあふれた態度とのギャップに、少し胸が高鳴るような感じがした。
「ああ、ごめん。すごくよく描けているね。このウサギ、ボクの家の近くで飼われてるからよく知ってるんだ」
お茶会、ぜひ行きたいな。そう言うと、ミリアは顔をぎゅっとしかめたかと思えば立ち上がって立ち去ろうとする。
「来るって聞いたからね!! 私は渡したからね!!」
くるりと身体を反転してそう言うと、ミリアは早歩きで食堂の外へと出て行ってしまった。
残された取り巻きはこちらを見て、相変わらず楽しそうに笑っている。
「なんだよ。君の友達、行っちゃったよ」
からかわれているような気がして、むっとして言い返すと、取り巻きの女の子は一歩二歩こちらへ近づくと、ボクの額に指先を当ててつんと軽く押してきた。
ボクが何事か言う前に女の子は手を軽く振って立ち去ってしまう。その姿に、どことなく懐かしさを感じて、胸が苦しくなった。