魔法の授業、言葉を介さず伝わる思い
急な襲撃を受けた日から一週間。授業は進めど、人間関係は進まず、あれからボクは本当に独りぼっちになってしまった。
ミリアもあれ以来こちらを見ようともしてくれない。誰とも話さずに登下校する日々が、心をじわじわと溶かしていくような、漫然とした痛みだけが毎日を支配していた。
そんな中、授業でおもしろい魔法を学ぶことになった。
「自分の伝えたい思いを魔法力に乗せて相手に渡すのだ」
言いながら、先生は教室の中に向けて魔法を放った。魔法力が静かな波のようにそれぞれの生徒へ向けてゆっくりと広がっていた。春先の校庭で昼寝をしているかのような暖かな肌触り。直観的に、そこにはあなたを大切に思っているというメッセ―ジが込められているように感じた。
「この魔法は複雑な思いを伝えるのには向いていない。もし、遠くの誰かと直接言葉を交わしたければ別の魔法を使わないといけない。だが、単純で、伝えにくい思いを伝えるのにこれ以上適した魔法はない」
その為、この魔法は様々な状況の中で混乱し、錯乱している為に言葉が通じない仲間を落ち着ける為に使われる。また、稀にプロポーズの為にこの魔法を使う人もいる。
部屋の中にもかかわらずぶかぶかのマントにフードをかぶった先生は、野太い声で照れくさそうに解説をする。
長い前髪で顔の大部分は隠されており、表情はさほど見えないが、頬をかく仕草などから照れているだろうことが伝わってきた。ボクはこのギャップが好きだったが、周りの生徒の声を聴いていると人気はイマイチの先生なのだ。
先生はそれぞれ前後の生徒とペアを組ませて、今の思いを魔法力に乗せて相手に送るように言った。
周りに合わせて後ろを振り向く。後ろに居たのはいつか見たような獣の耳を持った男の子だった。
「よろしくね」
ボクが言うと、獣耳の男の子は数度軽くうなずいた。耳はキツネのように赤い色をしていて、ふわふわとしている。髪は細く、栗色をしていた。ふわふわとした外見と比べて表情はやや険しく疲れているようにも見えた。
「ボクからやる?」
男の子は黙って二度うなずく。よく顔を見ると目の下には薄くクマができていた。いつでも来いというように腕を組んでこちらを見ている。
なんだかその姿は、喧嘩をした誰かに似ているような気がして、少し悲しい気持ちになった。
二言三言、魔法を呟く。魔法力が小さな波紋のように広がり、男の子に当たって霧散する。あなたが心配だ、そんな思いを込めたような気がする。
男の子は少し驚いたように目を見開いて、何か対抗するような顔をした。
そして、言葉を交わす事なく魔法を呟いて、思いを叩きつけてきた。激しい波紋が身体にぶつかって、ピリピリとした思いが頭に焼き付く。
憎たらしい、許せない、苦しい、怒り。先生がくれた思いが黄色とオレンジを混ぜたような色だとすると、男の子がくれた思いは赤に黒や紫や思いつく限り暗い色を混ぜたような色をしてるような感じがした。
男の子はじっとこちらを腕を組んだまま見つめている。どことなくその姿にはやるせなさを感じる。
ボクは彼の眼を見つめたまま、再び思いを送りつける。
意味がわからない。知らないよ。そういう気持ちを二つ矢継ぎ早にぶつける。魔法を受け取るが早いか、男の子もまた思いをぶつけてくる。怒り、理不尽。どうすればよいのかわからないような思い。ぶつけられるたびに、知らない。わからない。知りたい。そういう思いをぶつけていく。
男の子はまるで堰を切ったように思いをぶつけてくる。言葉には出さないが、辛い日々が続いている、何もできない、助けてほしい、全てが憎たらしい、逃げ出したい。怖い。苛立ち。不安感。そうして最後にぶつけられた思いは、不思議と言葉のように感じられた。
故郷に帰りたい。その思いに、不思議と胸にえぐられるような痛みがした。
「二人とも、おしまい」
野太い声が優しい声音で間に入ってきた。
「この魔法は思いを伝える魔法だが、言葉で思いを伝えるのとは違う。受け取る人は思いを直感的に理解する。理解には共感が少なからず伴う。共感は、自分の思いにも少なからず影響を与える」
だから。先生はいったんそこで区切って、教壇の方へと歩いていった。
「この魔法を使う時は、幸せな思いを伝えたり、相手を落ち着かせる時に使うんだ。そうでないとたいていいい結果にはならない」
そこまで言うと先生は手をぽんと一つ打った。
「今日はここまで。」
男の子は、気づけば教室の外に出て行っていた。郷愁、家族への思い、寂しさ、複雑な思いがぐるぐると頭の中に回っていて、どこか落ち着かなかった。
その日は一日、何も考えがまとまらなかった。