喧嘩
あの後、城が近くなるとミリアは手を離して今日あった事を誰にも話すなと顔を近づけて命令してきた。
彼女の堅い決意に満ちた顔に、何も言えなくなり解散となった。
家に帰れば夜遅い帰宅を母に叱られ、父からはニヤニヤとした温かいまなざしを向けられた。
翌日、いつものように一人で登校していると、取り巻きの一人の女の子に声をかけられた。
取り巻きの中でもフード付きのマントを羽織った女の子だ。
「やあ、おはよう。昨日はお楽しみだったかい?」
思いのほか親し気な口調に、少しあっけにとられた。
「何がお楽しみだよ」
何も知らない癖に、そういう思いで顔をしかめると、彼女は豪快に笑いながら背中を叩いてきた。
なんでこんなに友達っぽく話しかけてくるんだ。そんな思いで顔をじっと見つめると、心底楽しそうな顔がそこにあった。
「いいじゃないか。姫様は君を気に入っているし、私も気に入ってるよ。お友達になろうじゃないかぁ、なー」
子どもの身体に、妖艶な笑みと声音。そのチグハグな感じが、どことなく懐かしく感じた。
「うるさいし暑いよ」
ひっつく身体を身じろぎしてどける。ハチミツのように甘い香りがしたのは、何か香水でもつけているからだろうか。
照れているのがばれているのか、女の子は余計に身体を近づけて、頬をつついてくる。
「セレスだよー。セレス。覚えておくんだよ?」
セレスはそう言ってようやっと身体を離す。それから、まるで以前から話す関係であったかのように、授業の話や先生のグチ等を話しかけてきた。
途中までは乗り切れない感じを抱いていたが、次第にボク自身も気兼ねなく話せていることに気がついた。人との距離を縮めるのがうまい人なのかもしれない。
そうこうしているうちに教室までたどり着く。彼女とは教室の前で別れることになった。
教室に入ると、今度はミリアが不機嫌そうな顔で足を組んで何かを待っている様子だった。
扉を開けて入るボクを見つけると、じっとこちらを睨み付け、こちらの肘を掴むと教室の外から廊下へ、廊下の端へと引っ張り込まれてしまった。
「誰にも言ってないわね」
ドスの効いた低い声だった。両肩を掴まれ、じっと顔を覗き込まれる。少し汗の混じる甘い匂いが鼻腔をくすぐる。女の子の香りはどうしてこうも甘いのだろうか。
ボクが何も言わずに頷いていると、そう、とだけ残して少し体を離した。
「昨日は悪かったわね。巻き込んで」
彼女は少し悔しそうな顔をしていた。
「どうして?」
ボクが不思議そうに聞くと、彼女はこちらを黙って見つめてきた。
「怖くなかったの。あれは私を狙ったものよ。あなたは巻き込まれたの。わかってる?」
彼女の顔は次第に険しくなっていく。
だが、それでも助かった。そういった思いが自分の中にあった。
「でも助かったんだ。それに、ミリアこそ、大丈夫?」
そこまで言うと、もういい、と言葉を遮った。
「あなたにとって、その程度のことだったってことね」
彼女はそれだけ言って、踵を返して教室に向かってしまった。彼女の動きに合わせて揺れる長い髪が、今はどこか苛立たし気にも寂し気に感じられた。