表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/132

⑩JETな要石

 ナマズと言えば、地震を起こす魚として有名です。

 あまりに傍迷惑はためいわくな彼等は、「要石かなめいし」と言う石で拘束されています。

要石かなめいし」って何? と思った方は、本文をお読み下さい。


「さあ、準備完了だ!」

〈マスタード〉は再びアイコンを表示し、荒波のそれに視点を合わせた。

 ぎち……ぎちと背中に生えた岩石がきしみだし、硬いバネのように縮んでいく。同時に全身の口がタコのようにすぼまり、一心不乱に息を吸い始めた。


 口と言う口に殺到する空気が、〈マスタード〉を激しく揺さ振る。

 渦潮のように轟々とうなり、聴覚を占拠する呼吸音。

 海坊主の深呼吸だって、こうはいかない。


 ぐぐ……ぐぐぐ……。

 普段の二分の一まで縮んだ岩石が、今にもぜんばかりに鳴動する。


 それでも、岩石は止まらない。


 更に縮み、もっと縮み、打ち震える間隔を果てしなく短くしていく。

 結局、普段の五分の一程度になるまで、岩石が動きを止めることはなかった。


 再び視界が赤く染まり、仮面の内側に警告音が鳴り響く。

 モニター中央には、デカデカと竜巻のアイコンが表示されている。


「……吹っ飛べ」

〈マスタード〉は静かに言い放ち、竜巻のアイコンに視点を合わせた。

 瞬間、背中の岩石が、〈カナメイシリンダー〉が跳ね上がり、盛大に天を突く。同時に圧縮されていた空気が解放され、全身の口から一気に噴き出した。


 茨城いばらきけん鹿島かしま神宮じんぐう千葉ちばけん香取かとり神宮じんぐうには、祭神さいじん建甕槌たけみかづちが置いたとされる石がある。


 要石かなめいしと呼ばれるそれは、暴れる度に地震を起こすオオナマズを封じていると言う。何でも建甕槌たけみかづちは、二つの要石かなめいしをそれぞれ尾と頭に乗せることで、怪魚を押さえ付けたそうだ。


 壮大な伝説とは裏腹、実際の要石かなめいしは小振りだ。

 少なくとも地上に見えている部分は、年季の入った漬け物石にしか見えない。


 だが嘘か誠か、地下に埋まった部分は恐ろしく巨大で、水戸みと光圀みつくにが七日七晩掘らせても掘り起こせなかったと言う。さすがに伝説のオオナマズを封じているだけのことはあるが、今日はちょっと緩んだらしい。


〈マスタード〉の全身から暴風が吹き荒れ、破壊的な風音が、オオナマズの雄叫おたけびとしか言いようのない轟音が木霊こだまする。途端、黒煙が炎が空の彼方に吹き飛び、腰が抜けたように夕日が震えた。


 水平だった地平線が右に左に傾き、ビル群が踊り狂う。

 同時に電線と言う電線が激しくしなり、電柱と言う電柱が倒れていく。


 車道では、ブレイクダンスが流行中。

 軽自動車も4WDも無茶苦茶に地面を転がり、視界の奥に吸い込まれていく。

 横倒しになったミキサー車は、車体ごと生コンを攪拌かくはんしていた。


 全身の口が開いていた時間は、恐らく五秒にも満たないだろう。

 だがたった五秒間の突風は、〈YU(ワイユー)〉の装いを劇的に変えてしまった。


 鉛色の皮膚をまとっていた巨体が、見事に筋繊維をさらけ出している。

 なまじ踏ん張ったせいで、皮だけを剥ぎ取られてしまったのだろう。大人しく吹き飛ばされていれば、世界の果てに運ばれる程度で済んでいたはずだ。


 全身の皮を剥がれた以上、発狂ものの痛みを味わっているのは間違いない。にもかかわらず、彼等はうめき声一つ上げることなく、呆然と立ち尽くしている。

 正直、気の毒で仕方ない。

 この程度で硬直していたら、この先、身がたないだろう。


「本番はこっからだ……!」

〈マスタード〉はほくそ笑み、再び全身で息を吸う。

 途端、勢いよく空気が流れ込み、口と言う口から小型の竜巻を生やした。


 無秩序に空中を漂っていた残骸が、一転して口に吸われていく。

 呼応して、またも背中の岩石が震えだし、バネのように縮み始めた。


 緑色の草。

 赤いポスト。

 灰色のコンクリ片。

 色とりどりの瓦礫が混じり合い、竜巻を真っ黒く濁らせていく。


 煎餅せんべい咀嚼そしゃくするような音を発しているのは、ガラス片を掻っ込む籠手。

 かたやレガースの口は、ねじ曲がった標識をポッキーのようにかじっている。


 手負いの〈YU(ワイユー)〉にありついたのは、胸当て代わりのビッグマウスだ。

 ヤスリ状の歯は、〈YU(ワイユー)〉の頭を落花生のようにり潰している。

 何でも説明書によれば、高速振動、そして振動に伴う摩擦熱で、切れ味を上げているらしい。事実、胸の口からは、細々と白煙が棚引いている。


「ごちそうさん!」

〈マスタード〉はいつものように手を合わせ、全身の口を閉じる。のべつまくなしに瓦礫を詰め込んだ口たちは、ハムスターの頬のように膨れ上がっていた。特に一番大きな胸の口は、本体の倍以上に肥えている。


「うわ、お相撲さんみたい」

 率直な感想を漏らし、〈マスタード〉は胸を叩いた。

 ポン! とタヌキ的な音が鳴り、ふと足下がふらつく。

 どうも急激に太ったせいで、うまくバランスを取ることが出来ない。


 ぐらあ!


 隙ありとばかりに咆哮が轟き、〈YU(ワイユー)〉の大群が〈マスタード〉に迫る。

 どうやら、今度こそ攻撃が終わったと思ったらしい。実に甘い。


「そうだ、来い! もっと近くに来いよ!」

〈マスタード〉は引き寄せ、引き寄せ、鼻先まで大群を引き寄せる。

 やがて先頭の〈YU(ワイユー)〉が爪を振り下ろし、〈マスタード〉の頬を光がかすめる。

 瞬間、〈マスタード〉の背中から岩石が飛び出し、全身の口が開く。


「地上最強のゲロを堪能しな!」

〈マスタード〉の全身から湯気が噴き出し、欲張って詰め込んでいた瓦礫が乱れ飛ぶ。

 高熱の歯によって磨り潰されたゲロは、もうマグマ。

 標識もコンクリ片も赤々と煮立ち、絶え間なく気泡を弾けさせている。

 腐った卵のような臭いと言ったら、まさに火口そのものだ。


 ぐら……!?


 見る見る赤熱した濁流が広がり、〈YU(ワイユー)〉の大群を呑み込んでいく。

 沿道の並木が続々と燃え上がり、イルミネーションの季節以上に光輝く。

 氾濫はんらんした大河のような水音は、軽々と大空を震わせた。


〈マスタード〉が誇るマップ兵器「ポロロッカ」。

 アマゾン川の逆流から頂戴したその名は、伊達ではない。


 ぐらぁ……。


 助けを求めるように手を伸ばした〈YU(ワイユー)〉が、次々と真っ赤な水面に沈んでいく。

 マスタードの脳内有線に掛かっているのは、「ダダンダンダン♪ ダダンダンダン♪」。

「ターミネーター2」のテーマだ。

 どうも真っ赤な水面が熔鉱炉と、〈YU(ワイユー)〉がシュワちゃんと重なったらしい。


「ふぃ~、スッキリ!」

〈マスタード〉がゲロを吐ききると、辺りは焼け野原と化していた。

 突発的な大水は、ほぼ下水道に流れていっただろうか。

 だが所々に水溜まりが残り、温泉のように湯気を踊らせている。


 縦列じゅうれつの木炭になった並木。

 焼け焦げ、フレームだけになった乗用車。

 融解し、赤く光る塀。

 何から何まで鈍色にびいろの煙を上げているせいで、視界は最悪だ。

 余熱や蒸気のせいで、サーモグラフィもうまく働かない。


「しゃーない。バイザーでも使ってみるか」

〈PDF〉にも大分慣れてきた。

 ダメージを受けないことも実感したし、やたらと攻撃に反応してしまうこともないだろう。


 善は急げとモニターにアイコンを表示し、バイザーの機能をオンにする。

 真っ先に鼻を突いたのは、下水道の汚泥おでいが煮える臭い。

 花火で縁石をあぶったような焦げ臭さは、くすぶるコンクリ片だろうか。


 エイやサメのようなアンモニア臭……。

 一箇所だけではない。

 街角の到る場所に点在している。

 間違いない。

YU(ワイユー)〉だ。


 ゼリー以上に水っぽい味は、相変わらず舌をピリピリさせる。

 より意識を集中すると、本当にかすかに琴を低くしたような音が聞こえた。

 たぶん、〈YU(ワイユー)〉たちの筋繊維が収縮しているのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ