箸休め 語源百景 歌舞伎篇 ②「十八番」を「おはこ」と読む理由
今回は番外編です。
前回に引き続き、歌舞伎を語源にする言葉を紹介しています。
同様に『亡霊葬稿シュネヴィ』では中国の故事から誕生した言葉を、『亡霊葬稿ダイホーン』では神話や宗教に由来する言葉を取り上げています。
興味がある方は、一度覗いてみて下さい。
歌舞伎から生まれた言葉を紹介する今回のシリーズ。
第一回目は、主に役者から発生した表現を紹介しました。
第二回目となる今回は、それ以外の場所に目を向けてみたいと思います。
今回のサブタイにもなった「十八番」は、得意とする技や芸を意味する言葉として頻繁に使われています。しかしなぜ「十八番」を「おはこ」と読むのか、答えられる方は少ないのではないでしょうか。
そもそも「十八番」は、「歌舞伎十八番」から発生した表現です。
天保3年、七代目市川團十郎は、歌舞伎の演目から18の作品を選出します。
選ばれたのは、歴代の團十郎が得意とした演目でした。また各演目には、歴代の團十郎が初演を務めたと言う共通点があります。
市川團十郎の家系は歌舞伎を代表する名門で、伝統芸能に興味のない方にも広く名前を知られています。
歴史も古く、初代團十郎は1660年に誕生した人物です。初代もまた江戸随一の人気を誇る名優で、荒事と呼ばれる豪快な演技(または役柄)を確立したことでも知られています。
七代目團十郎は寛政3年(1791年)の生まれで、以前紹介した鶴屋南北とも縁の深い役者です。「東海道四谷怪談」の初演では、お岩さんの夫である民谷伊右衛門を演じました。
後に七代目團十郎は、18の演目を「歌舞伎十八番」と名付けます。
「十八番」の幾つかは歌舞伎の代表的な演目で、現在でも度々上演されています。今回はとりあえず、各演目の題名だけを紹介したいと思います。
①不破 ②鳴神 ③暫 ④不動 ⑤嫐 ⑥象引 ⑦勧進帳 ⑧助六
⑨押戻 ⑩外郎売 ⑪矢の根 ⑫関羽 ⑬景清 ⑭七つ面 ⑮毛抜き ⑯解脱
⑰蛇柳 ⑱鎌髭
初代のみならず、代々の市川團十郎は荒事を得意としていました。その関係上、「十八番」で歴代の團十郎が演じた役柄は、ほぼ超人的な豪傑です。
團十郎のお家芸である「十八番」は、やがて「得意とする事柄」と言う意味として使われるようになりました。
「十八番」を「おはこ」と読む理由には諸説あり、真相は判然としません。
一説によると、團十郎の家系では、「十八番」の台本を「箱」に入れて保存していたと言います。その内に「御箱」は台本そのものを指す言葉になり、「十八番」も「おはこ」と読まれるようになったそうです。
また「十八番」には、「箱書き」が由来になったと言う説もあります。
「箱書き」とは骨董品の箱に書かれた署名のことで、中身が本物である証明になっています。つまり「十八番」の「箱」には「本物」と言う意味があり、團十郎の芸が極めて優れていることを物語っているそうです。
「十八番」と対極の意味で使われる言葉に、「茶番」があります。
これもまた歌舞伎を語源にする言葉で、元々は楽屋でお茶くみをする役者を指していました。彼等には馬鹿馬鹿しい余興を見せる習わしがあり、転じて下らない行為を「茶番」と呼ぶようになったそうです。
さて物語を茶番呼ばわりされないためには、どんでん返しを用意する必要があります。
この「どんでん返し」も、元々は歌舞伎の舞台装置を指す言葉でした。
一般に「どんでん返し」と言えば、物語を大きく覆す展開を指します。
歌舞伎の「どんでん返し」もまた、舞台上を一変させる仕掛けです。具体的には場面転換に使われる手法で、江戸時代から観客を沸かせてきました。
簡単に説明すると、舞台には「L」の形をした背景が置かれています。「L」はわざと倒れるように作られており、底の部分にも背景が描かれています。
時が来ると、「L」を後ろに倒し、底の部分を観客席と向き合わせます。当然、今まで舞台上にあった背景は消え、観客の前には全く別の場面が現れることになります。
「L」が倒れる際、劇場には太鼓の音が鳴り渡ります。嘘のような話ですが、「どんでん返し」の「どんでん」とは、この音のことを指しているそうです。
一方で、「L」が倒れる時の大きな音を意味していると言う説もあり、真相は判然としません。どちらにせよ、「どんでん」が音から来ていることに間違いはないようです。
終わりを意味する「幕切れ」も、歌舞伎を語源にする言葉です。
歌舞伎の公演では、一つの場面が終わるごとに幕を閉じます。
本来、「幕切れ」とはこの瞬間を指す言葉で、「場面の終わり」であることから「最後」と言う意味で使われるようになったそうです。
ちなみに「幕の内弁当」の「幕の内」にも、歌舞伎が語源と言う説があります。
芝居の世界では一つの場面が終わり、幕が閉じている間を「幕間」と呼びます。
幕間には「幕の内」と言う呼び方もあり、舞台裏では次の場面の準備が進められています。また観客の休憩時間でもあり、食事を済ませる方も少なくありません。
「幕の内」に食べる「弁当」は、いつしか「幕の内弁当」と呼ばれるようになりました。現在でも歌舞伎座では、幕間に食事を摂ることが出来ます。幕間に限り、劇場内の席で弁当を食べることも可能です。
こと歌舞伎と言うと、厳格なイメージがあります。しかし実際のところは、ポップコーン片手に見る映画とそう遠くはないのかも知れません。
二回に渡ってお届けした今回のシリーズ、お楽しみ頂けたでしょうか。
とかく語源には諸説あることが多く、作者も毎度泣かされています。神話、中国、歌舞伎と続いた語源シリーズ、次回は何に苦しめられることやら……。
参考資料:面白いほどよくわかる歌舞伎
宗方翔著 (株)日本文芸社刊
ことばの道草
岩波書店辞典編集部編 (株)岩波書店刊
暮らしのことば 語源辞典
山口佳紀編 講談社刊
文化デジタルライブラリー
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/