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③Cat Fish

〈マスタード〉が背中に生やしている岩は、セイルフィンプレコの背ビレがモチーフです。

 そして同時に、伝説のオオナマズを押さえている要石かなめいしでもあります。

 これにはビックリドッキリな機能があるのですが、今はまだ秘密です。

「やった……! 本当に変身出来た……!」

 半平、いや〈マスタード〉は達成感に打ち震え、荒々しく息を吸う。

 そしてそのまま衝動に身を任せ、大きく背中を反らせ、咆哮を爆発させた。


 崖崩れのような轟音が駆け抜け、街路樹をしならせる。

YU(ワイユー)〉の群れは見事に気圧けおされ、一歩ずつ後ずさった。


 完全にシンクロした動きは、独裁国家の軍事パレードそのもの。

〈マスタード〉はつい勘ぐってしまう。

 一体の映像をCGで水増ししたのではないか、と。


「あのチョコ中毒も、タマにはホントのこと言うみてーだな」

 仮面の内側でほくそ笑み、〈マスタード〉は四つん這いの構えを取った。


 地面に手を着いた途端、磨製ませい石器せっきそっくりの爪がさっくりと突き刺さる。

 知らなかった。

 アスファルトって、サワラより軟らかい。


「どうしたどうした、掛かって来いよ!」

 オラついた口調であおっても、〈YU〉(ワイユー)の群れは動かない。

 あまり思慮深い性格には見えないが、ひとまず状況をうかがっているのだろうか。

 いいや、連中は怯えている。

 僅かに引いた腰が、痙攣けいれんする口角が、何よりの証人だ。


 恐ろしい怪物を圧倒しているのは、一体どんな悪鬼なのか?

 ハイネの〈シュネヴィ〉を参考にすれば、薄々予想は付く。

 説明書の最初のほうにも、淡泊な線画が掲載されていた。


 だがそれでも、半平は男の子だ。

 子供の頃、変身を夢見た立場としては、この目で確かめるのが楽しみで仕方ない。


 思わず身体を揺り動かしながら、〈マスタード〉はカーブミラーに目を向ける。

 鏡に熱視線を向けていたのは、ポンチョを羽織はおった骸骨だった。

 滑稽こっけいなまでに大きなフードは、鼻の頭までを覆い隠している。


 部分的な装甲+黒いボディスーツと言う構造は、〈シュネヴィ〉と変わらない。ただ、装甲のカラーは黄色で、デザインにも大きな違いがある。


 巨大な籠手こてやブーツはナマズに瓜二つで、尾ビレの部分は爪になっている。

 ほぼ四肢を呑み込まれた骸骨だが、表情は満更まんざらでもない。

 まさか四肢にナマズをぶら下げているのは、「ヌードリング」に成功した結果なのだろうか。本来は巣穴に腕を突っ込み、ナマズを食い付かせる漁法だが、彼は足まで使ったらしい。


 黄色い塗装は光の差す角度や方向によって、忙しく色合いを変える。

 明るい時は金色にも見えるが、極端に暗い時は黄緑のようだ。


 何でも〈マスタード〉の装甲には、何層ものコーティングがほどこされていると言う。

 遮熱しゃねつ絶縁ぜつえんたい摩耗まもうと異なる機能を持つ薄膜うすまくは、構造色を生む役目もになっている。原理的にはクチクラの層を重ねたタマムシが、複雑に輝くのと一緒だ。


 他にも黒い斑点やエラっぽいスリットと、目を引く部位は多い。

 ポンチョのフリンジは棘状で、黒曜石に似た光沢を放っていた。

 だが、特徴とまでは言えない。

 正確には更に、いや遥かに目立つ装飾のせいで、特徴と呼べなくなっている。


 一つ目は、背ビレのように生やした岩石だ。

 黒い塊を乗せた姿は、背中に墓石を立てているようにも見える。

 エレベーターにでも乗ろうものなら、つっかえて進めなくなるのは確実だ。


 二つ目は、唇。

 黒いボディースーツ、装甲、そして背中の墓石。

 鏡の中の骸骨は、ほぼ全身に「唇」を付けている。

 それもデフォルメされたナマズのような、コテコテのタラコ唇を。


 全身目だらけの「百目ひゃくめ」と言う妖怪がいるが、こちらはさしずめ「百口ひゃくくち」。

 特に胸の唇はジンベエザメ級の「ビッグマウス」で、それ自体が胸当ての役目を果たしている。


「……わるノリしたご当地ヒーローみてぇ」

 率直な感想を漏らし、〈マスタード〉は〈YU(ワイユー)〉の大群に目を戻す。提灯ちょうちんから水引みずひきを垂らした〈シュネヴィ〉と言い、〈詐術師さじゅつし〉のセンスは独特なのかも知れない。


「ある程度の不確定要素は予測していたが、まさかデータにない〈PDF〉が出て来るとはな」

 キモは相変わらず無表情だが、〈マスタード〉を見る目はまばたきを失っていた。

 始めて〈シュネヴィ〉を目にした自分も、今の彼女のような顔をしていたのだろう。


「あれ? あんまりダサくて呆れちゃった?」

 挑発には乗らず、キモは〈YU(ワイユー)〉の群れを見る。

 それから手を前に倒し、こもった声で命じた。

「……行け」


 ぐらあ!


 唾液の塊を吹き散らし、一匹の〈YU(ワイユー)〉が飛び出す。

 頭でっかちな体型にあるまじき駿足ぶりは、サイとでも形容したところか。機関砲のような足音と共に、モニター上のメーターが二〇㌔、三〇㌔、四〇㌔と回っていく。


 こちらとの距離が一㍍以下に詰まっても、スピードを落とす気配はない。

 どうやら頑丈な肉体と健脚を活かし、タックルをかます気のようだ。


 ぐらあ!


 衝突の刹那、〈YU(ワイユー)〉の口から轟くクラクション。

 道を空けろと言っているのかも知れないが、無論、〈マスタード〉は退かない。

 結果、鉛色の残像が視界を埋め尽くし、衝撃が全身を襲う。

 たちまち列車事故ばりの衝突音が木霊こだまし、大地を揺すった。


 陸橋が何度も弾み、コンテナを垂らしていたトレーラーが落ちる。

 途端に爆炎が膨れ上がり、キノコ雲が空を覆い尽くした。


 仮に車同士の正面衝突が、この規模の被害を起こしたら?

 当事者は即死だろう。

 今頃は道路の反対側まで吹っ飛ばされ、肉塊になっているはずだ。


 その実、〈マスタード〉の立ち位置は、衝突前から一㍍ほどしか下がっていない。

 浮くこともなく後ずさった足は、舗道を溝状に陥没させている。


 変化と言えば、それだけだろうか。


 直撃を受けた胸当てにも、アスファルトをえぐったブーツにも、傷一つ付いていない。もう少し踏ん張っていたら、その場から押し出されることもなかっただろう。


 ぐ、ぐらあ……!


YU(ワイユー)〉は〈マスタード〉に組み付き、力士のように押し始める。セオリー通り〈マスタード〉の腰に回した腕は、高々と力こぶを隆起させていた。


 だが、〈マスタード〉は動かない。


 どんなに〈YU(ワイユー)〉がうなっても、全身の血管が戦慄わななくだけ。

 押すほうが息を切らせるばかりの取組とりくみは、横綱VS子供としか言いようがない。


「あれれ~? 怪物くーん、手加減してくれてんの~?」

 嫌みったらしく言い放ち、〈マスタード〉は〈YU(ワイユー)〉の頭を撫でる。

 

 ぐらあ!


 馬鹿にされた〈YU(ワイユー)〉は、一も二もなく怒りの雄叫おたけびを上げる。加えて〈マスタード〉の顔面を鷲掴みにし、頭蓋骨を砕かんばかりに締め上げた。


 生前、頭を掴まれた時は、実際に頭蓋骨がきしみ、視界が霞んだ。

 今、〈YU(ワイユー)〉の手は、あの時以上にしっかりと頭を掴んでいる。

 だが頭蓋骨を握り潰すどころか、仮面に傷を付けることも出来ない。

 必死に食い込ませようとする爪は、つるつると仮面の表面を滑っている。


「……大人しくさばかれろよ、お魚ちゃん」

 低い声で宣告し、〈マスタード〉は〈YU(ワイユー)〉の手を掴んだ。

 カニのあしを折るつもりで、少しだけ指に力を込める。

 瞬間、パキッ! と軽快な音が鳴り、〈YU(ワイユー)〉の口から絶叫が溢れ出した。


 ぐらあ! ぐらあ!


 大きな頭を滅茶苦茶に振り回しながら、〈YU(ワイユー)〉が後退していく。

 直前まで〈マスタード〉の顔面を握っていた手は、黄緑の体液を噴き出している。ぶらぶらと揺れる手首からは、折れた骨が突き出していた。

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