表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/132

①Armour Zone

 第14章、そして第3話の始まりです。

 プレコってなんぞや? と言う方は、今後の「箸休め」をご覧下さい。


 登場人物

 沼津ぬまづ半平はんぺい:16歳のニート。魚屋でバイトしていたため、魚介類に詳しい。一度は怪物に殺されるが、ハイネ・ローゼンクロイツの手によって復活する。


 ハイネ・ローゼンクロイツ:亡霊葬稿ゴーストライター〈シュネヴィ〉に変身する少女。肉体の年齢は15歳。一度は死んだ半平を、〈操骸術そうがいじゅつ〉によって甦らせる。


 キモ:秘密結社〈国際こくさい殺人さつじん機構きこう〉のエージェント。街中に怪物をばらまき、未曾有の混乱を引き起こした張本人。

 沈みかけの夕日は、地平線を真っ赤に染めていた。

 足下をくれないに塗られた街並みは、血の海に沈没しかけているかのようだ。


 大通りにはススや灰が立ちこめ、視界を黒く霞ませている。

 普段と同じように空気を吸うと、瓦礫や金属の焼ける臭いが鼻を突く。皆が晩ご飯の準備に勤しむ時間帯だと言うのに、揚げ物の香ばしさも、焼き鳥の香りも漂っていない。


 信号は赤や青に変わることなく、ひたすら黄色を点滅させていた。

 交差点の中央では、バスを含む五台の車両が衝突し、道を塞いでしまっている。

 達磨だるまになったベンツは、盗難防止装置を鳴り響かせていた。

 けたたましいアラームは、否応いやおうなく緊迫感を募らせていく。


「助けてぇ……、助けてぇ……」

「誰か、誰か……来てくれ……」

 歩道も車道も関係なく人が倒れ、苦痛にあえいでいる。


 だが、救いの手はどこにもない。


 パトカーはコンビニに突っ込み、救急車は倒れた電柱の下敷き。

 ガラス片の上にうつぶせているのは、〈3Z(サンズ)〉の隊員だろうか。

 原色の制服は血に染まり、ハエを模したヘルメットは無惨に割られている。


 ぐらぁ……!


 怪物〈YU(ワイユー)〉の大群は、六つの車線を端から端まで埋め尽くしている。

 長蛇の列は、視界の最奥さいおうまで続いていた。


 ぐらあ! と合唱する声は、もはや地響き。

 鼓膜はおろか全身を、いや沿道の建物をがたつかせている。


「はぁ……はぁ……」

 勇敢なハイネは、人々と〈YU(ワイユー)〉の間に膝を着いていた。


 目は強い光を宿しているが、状況は最悪だ。

 青アザの出来た顔は、雨のように脂汗をしたたらせている。

 おまけに息は荒く、細い肩を深々と上下させていた。


 血に濡れたTシャツは、背中の部分が裂けている。

 熊手で引っ掻いたような切り口から見て、〈YU(ワイユー)〉の牙にやられたのだろう。


「理解不能だな」

YU(ワイユー)〉に囲まれたセダンから、ツナギを着た女性が言い放つ。

 ざっと目を通した資料によれば、キモとか言ったか。

 秘密結社〈国際こくさい殺人さつじん機構きこう〉のエージェントで、今回の事件の首謀者だ。


「戦力差は明らか。しかも君はなぜか消耗し、〈返信へんしん〉すらままならない」

 キモは淡々と首を振り、手にしていた電卓をしまう。

「これでは計算するまでもないな。君の勝率は〇《ゼロ》㌫だ」


「違う……」

 反論した矢先、ハイネは咳き込み、血の混じった唾を散らす。

 それでも、倒れない。

 彼女は地面に拳を突き立て、重そうな腰を押し上げていく。


「勝率は一〇〇㌫です。私、諦めませんから、絶対」

「精神論か。随分とこの国に毒されたものだ。想いだの気合いだので、絶望的な戦局がひっくり返る? まさかそんな夢物語を信じているほど、若くはないだろう?」


「……失礼しちゃいますねえ。私、まだぴっちぴちですよ。こないだも若いって言われたんですから。ほんの()××(ひゃくドッカーン)歳です」

 グッドタイミングで爆音が鳴り響き、問題発言を掻き消す。

 グッドジョブだ爆音。おかげでデリケートな部分を聞かずに済んだ。


「四七位の精神状態がどうあれ、我々の数は変わらない。何度立ち上がろうが、君は独り……」

「じゃねーよ」

 演説の邪魔をされたキモは、一瞬硬直し、声の方向に視線を飛ばす。

 途端、彼女は夕日を直視し、反射的に目を細める。

 勿論もちろん、太陽は口をかない。

 野次を飛ばしたのは、夕日を背にした半平だ。


「何者だ、君は?」

「通りすがりの正義の味方」

 半平は不敵に笑い、ピースを出す。


 自分的には決めたつもりだったが、カーブミラーに映る鏡像はなかなかステキだ。

 清々しいまでのドヤ顔は、乾いた泥とかさぶたでパリパリになっている。

 眼鏡はひび割れ、折れたつるのせいで間抜けに傾いていた。


 焼け焦げたパーカーは、六つに割れた腹筋を披露している始末。

 いささか先鋭的過ぎるファッションには、ガガも首をひねることだろう。


「俺ってホント、決まらねーなあ……」

 とりあえず眼鏡を外すと、ぼやけるはずの視界が晴れ渡る。

 化け物になった影響で、視力が回復したのだろうか。


「半平さん……」

 ハイネはか細く呟き、躊躇ためらいがちに半平をうかがう。

 限界まで寄せた眉に、白くなるほど噛み締めた唇。

 もはや、疑う余地はない。

 今、彼女の胸中は、自分を責める声で溢れかえっている。


「私、半平さんに死んで欲しくなかった」

 ハイネの声を真似し、半平は彼女を見つめる。裏声を駆使した声帯模写も、よくて少年合唱団の落ちこぼれ。現実にはオネエ系だ。


 ハイネは呆気に取られ、目を丸くしている。

 狙い通り、自分を責めることを忘れてくれたようだ。


「女子にああまで言わせて、すっこんでられねーんだよ、男の子は」

 左手の袱紗ふくさから「主役」を取り出し、それ以外投げ捨てる。

 瞬間、テーブルクロスのように袱紗ふくさが広がり、説明書や資料が宙を舞った。


「〈ブックドレッダー〉!?」

 ハイネとキモの声がハモり、驚きをたたえた視線が半平に集まる。

 そう、半平が手にした黄色い卒塔婆そとばに。


「半平さん、どうしてそれを!?」

「ショーウィンドー越しに見てたら、親切なカカオ中毒が買ってくれた」

 減らず口を叩き、半平は〈DX(デラックス)マスタードレッダー〉と見つめ合う。


 デカデカとあしらわれたタラコ唇に、ヒゲっぽい磨製ませい石器せっき

 クリスマスの翌日、これが靴下に入っていたら?

 半平は間違いなく、サンタを追う。釘バットを振り上げながら。


「……なぁ~に笑ってんだよ」

 半平はタラコ唇の中央に目をり、髑髏どくろのレリーフを睨み付ける。


 目々めめもり博物館はくぶつかんでは叫び声を上げていた彼だが、今日は陰気に微笑んでいる……気がする。

 三十路を過ぎた不倫相手のような顔は、タチ悪く告げていた。

 別れようたって、別れられないんだからね。


「結局、僕と君は離れられない運命なのね」

 半平は溜息交じりに苦笑し、額に卒塔婆そとばを当てた。

 潜水するように息を吸い、目を閉じる。

 集中の天敵と言えば、何と言っても視覚だ。部屋の片付けを試みた時も、一夜いちやけを敢行した時も、漫画やネットを視界に入れ、計画を破綻させた。


 ……ならさ、力を貸せよ。


 心の中で呼び掛け、半平は卒塔婆そとばに意識を集めていく。

 途端、まぶたの裏に光輝く文字が浮かび上がり、目の前を塗り潰した。


 何と言う混雑ぶりだろう。

 満員電車。

 真夏のプール。

 歳末のアメ横。

 半平は今までも、数々のイモ洗いを目撃してきた。だが文字のひしめき合う様子と言ったら、年末のビッグサイトでさえ比較にならない。


 しかも、それらは個々の姿が判別出来ないほど密集し、巨大な円盤を描き出している。

 無数の光が寄り集まり、一つの輝きを形作る光景に、半平は見覚えがあった。

 銀河だ。


 星々の役目を果たしているのは、漢字や平仮名だけではない。

 アルファベットは勿論もちろん、アラビア風の文字も交じっている。


 何らかの理論を示しているのかも知れないが、中卒の半平には解読出来ない。

 しかし、おつむが役立たずでも、感覚が教えてくれる。

 どうすれば使えるのか、大体判る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ