表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/132

④この世の全ては星の欠片

 本編で詳しく説明していますが、この世の物質の大半は、元々、星の一部です。

 もちろん、人間も例外じゃありません。

 これを読んでいるあなたの身体も、遠い遠い昔には宇宙で輝いていたはずです。


 ちなみに超新星ちょうしんせい爆発ばくはつの概要は、第七章で詳しく解説しています。

 興味がある方は、目を通してみて下さい。

「私、怖かった。指一本動かせなくなった」

 彼女は青くなるほど手首を握り締め、肌に爪を立てる。

 まるで自分を罰するかのように。


「たった独りの肉親だった。働かないし、日記読むし、育てられたって言うより育てたって感じだった。でも、お金がなくて、毎日おもちゃ売場に通ってた私に、〈シュネヴィ〉を作ってくれた。人間さんにも〈詐術師さじゅつし〉にも、同じように手を差し伸べる人だった。悲しみ以外は感じちゃいけなかった」


 彼女はこらえきれなくなったようにうめき、胸と膝の間に顔を沈める。

 今、頭の中に浮かぶ人に、顔向け出来なくなったのかも知れない。


「なのに、私は私を守りたいって考えた。あんな時なのに、力を使えばどうなるかに頭が回ったんです」

 彼女は目元を拭い、大きく鼻をすする。

 それから長く息を吐き、やけに軽やかに顔を上げた。


「最低ですよね」

 彼女はあっけらかんと言い放ち、同意を求めるように笑う。

 勿論もちろん、人殺しの顔に笑みが浮かぶことはなかった。


「困っている人に手を伸ばしているのは、私に嫌な思いをさせないため。涙、悲鳴、消さないとあの夜が頭の中に出て来る。そこには肉親を平気で死に追いやった私がいて、たまらなく吐きそうになる。こんな私が生きていていいのか、不安になるんです」

 彼女は自分の胸に両手を当て、目を閉じる。

 邪魔者の視覚を遮断し、深く鼓動を味わっているのだろう。


「でも涙を笑顔にすれば、『ありがとう』って言ってもらえる。その瞬間だけは、『ああ、生きてていいんだ』って思える。そう、不安がやわらぐんです。もう判ったでしょう? 誰かに手を伸ばしているのは、全部、私が安心するためなんです」

 彼女は目を開き、この闇の中ではありもしない空を眺める。


「やめようって、何度も思った。本物の気遣いもなく手を伸ばすなんて、愚弄です。自分の痛みを紛らわすことが目的なら、私は誰かの泣き顔を見る度に喜んでるのかも知れない。たぶん、迷いは永遠に消えません。誰かの身代わりになったとしても、私は私を信じられない」

 冷淡に吐き捨て、彼女は首を左右に振る。


「でも、でもね、私、思った。思ったんです。ううん、思うんです」

 突如、彼女の声に力がこもり、密着した背中が体温を上げていく。

 勢い余って前後する頭は、度々、人殺しの後頭部を小突いた。


「後ろめたさを感じたくないからって、手を伸ばすのをやめたところで、結局、私に嫌な思いをさせないためでしかない。根っこの部分は、手を伸ばした場合と何も違わないんです」

 彼女は正面に腕を伸ばし、その目に映っているだろう手を掴み取る。


「ううん、そんなことはどうでもいい。動機が不純だからって手を引っ込めてしまったら、誰も笑顔に出来ない。笑顔に出来ないんです。手を伸ばしていたら止まっていたかも知れない涙が、流れたままになってしまう」

 派手に飛び散っていた唾を呑み、彼女は力強く顎を沈める。


「だったら、偽善のほうがずっといい。私は誰も助けられない正しさより、誰かを笑顔に出来る間違いを選ぶ。私の本心がどうでも、笑顔が生まれたのだけは絶対に変わらないから」


「笑顔が……生まれた」

 不思議な力がまぶたを上げ、いじけたように細くなっていた目を開いていく。

 見る見る視界が開け、今まで見えなかった景色が瞳に飛び込んでくる。


 目の前の九九㌫は、やはり暗闇に占領されている。


 だが残る一㌫には、けた星が寄り集まっていた。


 みんなの笑顔だ。


 長い間隔で点滅する光は、何度となく視界から消える。

 だが、決してついえることはない。

 長々消える度にしぶとく姿を現し、必ず人殺しの視界に入る。

 輝き自体はとても弱いが、目を旅させても飽きは来ない。


 頭を押され、無理矢理お辞儀させられているのは、半ズボンの男の子。母親を捜している間中、ずっと泣きっぱなしだった目は、赤く腫れ上がっている。

 涙のあとと鼻水は顎まで達し、顔をしま模様もようにしていた。

 でも今浮かべているのは笑顔で、その表情は母親にもお裾分けされている。


 歩道橋を渡りきった場所には、買い物袋をげたおばあさん。

 いい、いいと何度断っても、人殺しの手にアメ玉を押し込もうとする。

 シワに沿って折り畳んだような笑顔は、拝みたくなるほど穏やかだった。


 エリ、博士、太の三人は、花丸の付いた観察日記を見せ付けてくる。

 ドヤ顔で笑う三人組に、ゴーストライターの人殺しはツッコミを入れずにはいられない。

 お前らの手柄じゃねーだろ。


 駄菓子屋のヨシばぁ。


 魚安うおやすの大将。


 消防団の仲間。


 森先生。


 計り知れない数の笑顔。

 そのどれもが、人殺しが自分を守るために作り上げた代物だ。


 けれど、彼等の顔を観測していても、不思議と腹は立たない。


 いや、眺めれば眺めるだけ顔がほころび、胸に優しい温もりが広がっていく。

 思っていた以上に、笑顔の伝染力は強いようだ。


 ……俺が手を伸ばさなければ、あの輝きはなかったのか。

 ふと安らかな笑みが漏れ、恩着せがましい言葉が脳裏をぎる。


 久々に自分を肯定出来たことが関係しているのだろうか。

 チリ状にり、闇を徘徊していた肉体が、人殺しの身体に戻っていく。実体の希薄だった身体は、見る見る厚みと輪郭を取り戻していった。


 目目森めめもり博物館はくぶつかんで講義を受けてから、人殺しは少し天文の世界を調べてみた。


 勿論もちろん、名ナレーターのおかげで、今まで知らなかった分野に興味を持ったこともある。

 そしてそれ以上に、調べても調べても全貌を見せない星々は、眠れなくなった夜を潰すのにも都合がよかった。少なくとも、別のことに頭を使っている間は、彼女との関係に思い悩まずに済む。


 際限なく突き付けられる新事実は、宇宙のこと以上に自分がどれだけ無知だったかを教えてくれた。「知らない」の多さに、人殺しは不安を覚えたほどだ。


 確かにちょう新星しんせい爆発ばくはつは、地球より遥かに巨大な星を粉々にする。おまけに質量が太陽の二〇倍を超える星からは、放射線の一種、ガンマ線のビームが放たれると考えられているそうだ。


 万が一、このビームが地球を直撃すれば、生命と言う生命が絶滅に追いやられると言う。

 それでも、ちょう新星しんせい爆発ばくはつはただの終わりではない。


 原初の宇宙は、ほぼ一〇〇㌫、水素とヘリウムで占められていた。

 三番以降の元素を量産したのは、恒星こうせいかく融合ゆうごうに他ならない。

 しかし、ただ生産されただけでは、星の外に出られない。

 重い元素は自分より軽く、恒星こうせいの主成分である水素に沈んでしまう。


 では、何が星のしまい込んでいた元素を、外へ運び出したのか?


 答えは、ちょう新星しんせい爆発ばくはつだ。


 三番以降の元素の大半は、星が吹き飛んだことで外界に配られた。


 実のところ、隕石は何ら特別な代物ではない。

 人間も草木も地面に転がった石ころさえも、元を辿れば恒星こうせい欠片かけらだ。


 またちょう新星しんせい爆発ばくはつは、新たな元素の製造にも貢献した。

 恒星こうせいかく融合ゆうごうでは、鉄までしか作り出せない。

 それ以降のコバルトやニッケルなどなどは、爆発時のエネルギーによって生み落とされた元素だ。星の死がなければ、金や銀が人々の目を楽しませることもなかっただろう。


 そして、ちょう新星しんせい爆発ばくはつは誕生でもある。

 飛散した残骸は引力によって結集し、新たな星の材料になる。

 更に星の爆発と共に放たれる衝撃波は、星の材料に激しく打ち付ける。

 これが刺激となることで始めて、星の形成が始まるそうだ。


 死と共に宇宙へ放たれた部品が、新しい生命の原料になる――。


 それこそ「天文学的」な歳月を経て、新たな星の原料になる――。


 宇宙規模で見るなら、輪廻りんね転生てんしょうはオカルトでもなんでもない。


 笑顔が――いや、命が星のように輝くなら、人間もまた簡単には終われないのだろう。例え木っ端微塵になろうと、しぶとく図々しく甦る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ