①終末
〈シュネヴィ〉の提灯からは、化石を模した武器が出て来ます。
え? なんで提灯から化石が出て来るのかって?
作者には蛇腹の提灯が、地層に見えたからです(笑)
「ハッ!」
〈シュネヴィ〉は鋭く地面を蹴り、〈YU〉の懐に飛び込んだ。
コンパクトなジャブを〈YU〉の頬に叩き付け、脳天に肘鉄を落とす。
締めは腰を入れた前蹴り。
靴底に全体重を乗せ、〈YU〉の鳩尾にねじ込む。
ぐら! ぐら! ぐら!
三度の攻撃に合わせて、三拍子の悲鳴が上がる。
前後して、〈YU〉は腹を押さえ込み、大きく後ずさった。
奴の体勢はすっかり崩れている。
決めるなら今しかない。
〈シュネヴィ〉は胸元の卒塔婆に手を運び、ループタイ状の水引を引っ張った。
カチッ! と電灯の紐を引いたような音が鳴り、卒塔婆の提灯が赤く輝く。
すかさず顔の前で両手を合わせると、卒塔婆背面のスピーカーから読経が鳴り響いた。
〝終灯 火薔 白亜忌〟
提灯を咥えた髑髏に赤い死斑が浮かび、卒塔婆から〈シュネヴィ〉の全身に広がっていく。数秒も経たない内に、無地だった骸骨はファイヤーパターンを刻み込まれた。
〝火傷 導火 火災 遺灰〟
読経に呼応して、提灯が上下に開き、赤い光が伸びる。
映写機のように細い光線は、〈シュネヴィ〉の正面に燃え盛る化石を照らし出した。
壁もスクリーンもない場所に映像が浮かぶ様子は、何回見てもSFチックだ。
「行きます……!」
〈シュネヴィ〉は〈YU〉に突進し、同時に前方の映像を潜り抜ける。途端にはっきりと投影されていた化石が消え失せ、〈シュネヴィ〉の両腕を猛火が包み込んだ。
〝腐乱腐乱腐乱腐乱 腐乱鈴呪〟
〝恨恨恨恨 恨飯斬首〟
左右のスピーカーから異なる読経が鳴り、〈シュネヴィ〉の両腕を包んでいた炎が消える。薄く黒煙を纏う両手は、それぞれ別々の装備――いや〈薔薇〉を身に着けていた。
「セイッ!」
〈シュネヴィ〉は右手を振り上げ、巨大なかぎ爪〈ウラメシザース〉を掲げる。刹那、〈YU〉に飛び掛かり、顔面から股間を一息に引き裂いた。
鎌と見紛う爪が五本の切創を刻み、黄緑の血飛沫が吹き荒ぶ。間髪入れず、〈シュネヴィ〉は一歩踏み込み、右手の大バサミ〈ブランベルジュ〉を突き出した。
盛大に白黒のコートがはためき、固く閉じていたハサミが開く。
大口を開けたそれは〈YU〉を挟み込み、鋭利な刃を体表に食い込ませた。
じゅぅ……。
じわじわとハサミが赤く染まり、〈YU〉の全身から煙が燻りだす。高周波に誤認させた〈発言力〉が、刃を高速振動させ、摩擦熱を発生させているのだ。
「はぁぁぁっ……!」
巨木を断つような抵抗をねじ伏せ、〈シュネヴィ〉は左手を閉じていく。
連動してハサミが閉じ、赤熱した刃が〈YU〉の胴体にめり込んでいく。
出血は即座に気化し、黄緑の蒸気として〈シュネヴィ〉の顔面を燻した。
ぐらぁぁっ!
〈YU〉は気が狂ったように吠え、挟み込まれた腕の代わりに足を振り回す。〈シュネヴィ〉は空いた右手で〈YU〉の顔面を押さえ付け、一気に左手を閉じた。
バチン! と背骨を断つ音が轟き、二つに分かれていたハサミが噛み合う。直後、〈シュネヴィ〉の顔面に返り血が吹き付け、〈YU〉の両腕がぼとりと落ちた。
「……おやすみなさい」
〈シュネヴィ〉は穏やかに囁き、子供を寝かし付けるように〈YU〉の胸を叩く。その瞬間、〈YU〉の下半身から上半身が転げ落ち、空を仰いだ。
程なく〈YU〉の亡骸から爆炎が膨れ上がり、突風が電柱を揺さ振る。疑いようもなく分断された上半身と下半身だが、炎を噴き上げるタイミングは全く一緒だった。
次、行かなきゃ……!
〈シュネヴィ〉は踝のノズルから圧縮空気を噴き出し、最寄りの屋根に跳び乗る。
行儀よく道路を進み、曲がり角や行き止まりに時間を取られている暇はない。今や地平線はガスコンロのように炎を並べ、昼下がりの空を真っ赤に染めている。
サイレン、警察官や救急隊の怒号、女性と子供の悲鳴。
そして、無慈悲に全てを掻き消す爆音。
ススと黒煙で霞んだ世界には、終末を連想させる音が飛び交っている。
モニターには次々と血染めの映像が雪崩れ込み、ハイネの顔を歪ませていく。
金属バットや鉄パイプを持って徘徊する暴徒に、地面に横たわる負傷者。
今にも泣きそうな顔で座り込んでいるのは、迷子ではなく〈3Z〉の隊員だ。
〈PDF〉を使えない一般隊員や警官に、〈YU〉を止める手立てはない。
暴徒と化した〈YU〉の宿主たちにしろ、脳内麻薬の恩恵で身体能力を向上させている。いかに隊員や警察官が屈強でも、複数で挑まなければ押さえ込めない。
しかも、事情を知る〈3Z〉の隊員たちは、恐怖とも戦っている。
何しろ、揉み合っている相手がいつ怪物を吐くか判らないのだ。
泣きたくなるのも当然だろう。
「姫君、もう少し持ち堪えちゃって下さいよ!」
「母さん……! クソッ、こんな時に!」
惨状を聞き付けた卒塔婆の所有者たちは、続々と〈シュネヴィ〉に連絡を入れてくる。
しかし、今すぐ駆け付けられると言った朗報はない。
彼等は彼等で、緊急を要する案件を抱えている。
とてもではないが、他人の尻拭いにまで手が回せる状況ではない。
科学の進歩と共に、人間は〈詐術〉に対抗しうる兵器を手にした。
〈YU〉を一蹴する〈シュネヴィ〉も、戦闘機ほど速くは動けない。「古びた骸骨」と言った見た目からも判る通り、それほど防御力が高いわけでもない。
〈PDF〉の装甲は、装着者の動きを阻害しないように数が絞られている。
また可能な限り薄くし、軽量化を図っている。
さすがに対人用の武器なら、余裕で弾き返すことが出来る。
しかし、ロケット砲やミサイルに耐えられるほど頑丈ではない。
装甲自体は破壊されなくても、内部の装着者は確実にダメージを受ける。
一方で、それはこう言い換えることも出来る。
大仰な武器に頼らなければ、着ぐるみを着ただけの小娘に一矢報えない。
戦場がだだっ広い荒野なら、強力な兵器に頼るのも一つの選択肢だろう。
だが〈詐術師〉や怪人が出没する場所は、躊躇なく火の海に出来る場所だけではない。今回のように、市街地が戦場になることも多い。
当然、怪物が出たからと言って、ミサイルを叩き込むわけにはいかない。そんなことをするくらいなら、怪物を暴れさせておいたほうがまだ被害は少ないだろう。
他方、〈詐術師〉なら、最低限の被害で怪物を粉砕出来る。
〈PDF〉も穏便とは言えないが、ビル群を空爆するよりはマシだ。
現在も人間は、〈詐術〉との戦いを〈詐術師〉に一任している。
ところが〈詐術師〉を管理する〈世界詐術師連合〉は、人間と関わることを許していない。
そこで〈3Z〉のように人間界で〈詐術〉と戦う組織は、〈詐連〉を離れた人材に頼っている。
だが多くの〈詐術師〉は、自分たちを畏れ、排斥する人間界を「地獄」と考えている。わざわざ〈詐連〉の庇護を捨て、外の世界に出て来る物好きは少ない。
〈詐術〉と戦う組織は、どこも〈詐術師〉不足に悩まされている。
大国アメリカの組織ですら、限られた人員で現場を回している始末。
時には局長の個人的なパイプを通じ、〈3Z〉に救援を求めてくる。
その〈3Z〉にしろ、状況は一緒だ。
いや、むしろ悪い。
他の組織同様、〈詐術〉と戦う〈3Z〉だが、彼等の主戦力は〈詐術師〉ではない。
卒塔婆を携え、怪物と渡り合っているのは、人間でも〈詐術師〉でもない「イレギュラー」たちだ。
彼等はまさに破壊的な力を持つが、誕生する確率は天文学的に低い。生物を「イレギュラー」にする方法を確立した人物は、その可能性を「一兆分の一」と評していた。
発足以来、〈3Z〉に人手が足りたことはない。
今日もまた炎に包まれた街に対し、満足に戦えるのはハイネ独りだ。
ディゲルも〈詐術師〉だが、彼女の身体能力は人間と大差ない。
〈詐術師〉だからと言って、誰もがハイネのように戦えるわけではない。むしろハイネが異常なだけで、多くの〈詐術師〉は人間と同程度の力しか持っていないのだ。
「……どうしよう、どうしよう、どうしよう」
秒単位で焦りと心細さが増大し、〈シュネヴィ〉の全身を震わせる。
もう少し冷静さを失っていたら、間違いなく叫いていただろう。
誰か来てくれ、と。
しっかりしろ!
私しかいない! 私がやるしかないんだ!
〈シュネヴィ〉は自分を叱咤し、女々しく痙攣する唇を噛み締めた。
直後、一〇〇㍍ほど先から新たな火柱が上がり、雲を焼く。
爆発が起きた場所には光弾を吐く〈YU〉が、そして助けを求める人々が待っている。
〈シュネヴィ〉は北に向けていた針路を西に変え、爆心地である小学校へ急ぐ。




