箸休め 語源百景 歌舞伎篇 ①下手な役者はなぜ「大根」と呼ばれるのか?
番外編です。
本編では紹介しきれなかった雑学を語っていきます。
今回は歌舞伎を語源にする言葉を紹介しています。
『亡霊葬稿マスタード』劇中において、〈シュネヴィ〉の提灯からは骨製の風車が飛び出しました。
以前、『亡霊葬稿シュネヴィ』の番外編(『拍子抜けはさせない提灯抜け』)で紹介した通り、この能力は歌舞伎の「提灯抜け」をモチーフにしています。
歌舞伎の「東海道四谷怪談」には、お岩さんの亡霊が提灯から現れる場面が登場します。
「提灯抜け」はここに使われる演出で、江戸時代に行われた初演から観客の度肝を抜いてきました。
考案したのは江戸時代の劇作家・鶴屋南北で、彼は「東海道四谷怪談」の作者としても知られています。詳細な仕組みや鶴屋南北については、『亡霊葬稿シュネヴィ』の番外編をご覧下さい。
(http://ncode.syosetu.com/n2552dn/)
歌舞伎の世界では、「提灯抜け」のように大掛かりな演出を「外連」と言います。
歌舞伎に詳しくない方でも、「ケレン」と言う単語には聞き覚えがあるのではないでしょうか。
そう、世間ではハッタリの利いた物語を、「ケレン味がある」と形容します。
「外連」と「ケレン味」。
二つの言葉が似ているのは、偶然ではありません。何を隠そう「ケレン味」と言う単語は、歌舞伎の「外連」から誕生しました。
今でこそ一般人には縁遠い歌舞伎ですが、江戸時代は庶民の娯楽でした。
人々の生活に浸透した文化は、多くの単語を生み出します。
現に最近では、グーグル先生が「ググる」と言った単語を誕生させました。
歌舞伎もまた例外ではありません。
我々が日常的に使っている言葉には、歌舞伎を語源にするものが数多存在します。
例えばイケメンを意味する「二枚目」は、芝居小屋の入口から誕生した言葉です。
江戸時代、芝居小屋の正面には、出演する役者を記した看板が掲示されていました。
看板の先頭を飾るのは、「書き出し」と呼ばれる主役でした。
そして続く二枚目には、多くの場合、「色男を演じる役者」が掲げられていたと言います。転じて「二枚目」は、美男子を指す言葉になったそうです。
同様の語源を持つのが、「三枚目」です。
主役、色男に続く三枚目の看板を飾るのは、大抵、「滑稽な役を演じる」俳優でした。このことから、お調子者や剽軽な男性を、「三枚目」と呼ぶようになったそうです。
一説には下手な役者を指す「大根」も、歌舞伎から誕生したと言われています。
なぜ数ある野菜の中から、大根が比喩に用いられたのか?
その理由には諸説あり、正確なことは判っていません。
そこで今回は、作者の調べた説を幾つか紹介したいと思います。
①白い大根を、演技の素人(『シロ』うと)と掛けた。
②滅多に「食あたり」しない大根を、作品が「当たらない」役者と掛けた。
③洗練されていない役者を、見た目がもっさりした大根に見立てた。
②に関して補足すると、大根には実際に、消化を助ける働きや殺菌作用があるそうです。種子は生薬の一つで、消化不良や痰に効果があると言われています。
尚、生薬や漢方に関しては、『亡霊葬稿シュネヴィ』の番外編(『ショックな生薬!』)で詳しく解説しています。宜しければ、目を通してみて下さい。
「大根」や「二枚目」同様、歌舞伎役者から誕生した言葉に、「顔見せ」があります。
多くの人に初披露すると言う意味で使われるこの言葉は、漢字で「顔見世」と書きます。
江戸時代、歌舞伎役者や舞台関係者は、芝居小屋と契約を結んでいました。
雇用期間は1年間で、毎年11月から翌年10月までだったそうです。
毎年11月になると、各芝居小屋から契約を結んだ役者やスタッフが発表されました。同時にさっそく公演を行い、新たな顔ぶれを世間に認知させたと言います。
「顔見世興行」と呼ばれるこの公演は、芝居小屋にとって最も重要な行事でした。
江戸っ子からの人気も絶大で、初日には徹夜して並ぶ観客もいたそうです。やがて「新しい顔を人々に初披露」する「顔見世」は、現在の意味で使われるようになりました。
顔見世興行は毎年の恒例行事として、幕末まで続きます。しかし、徐々に雇用契約と言う制度が廃れ始め、特別な興行も行われなくなっていきました。
とは言え、「顔見世」の名前が完全に消えたわけではありません。
現在でも歌舞伎の世界では、「顔見世」と銘打たれた公演が行われています。昔のように契約した役者を紹介する場ではありませんが、普段より豪華な出演陣が登場し、観客を楽しませています。
参考資料:面白いほどよくわかる歌舞伎
宗方翔著 (株)日本文芸社刊
ことばの道草
岩波書店辞典編集部編 (株)岩波書店刊
暮らしのことば 語源辞典
山口佳紀編 (株)講談社刊
文化デジタルライブラリー
http://www2.ntj.jac.go.jp/dg