箸休め 彼等はなぜ光るのか? ①食卓のホタルイカは全てメス
番外編です。
本編では語れなかった雑学を紹介します。
タイトル通り、今回はホタルイカの話です。
食卓を彩ることも多い彼等ですが、実は深海の生物だったりします。
『亡霊葬稿マスタード』で紹介した通り、ホタルイカは非常に優れた発光能力を持っています。
彼等は光を発しても、蛍光灯や電球のように熱くなることがありません。しかも、エネルギーの大半を光に変換することが出来ます。
青い輝きは、船上からも確認出来るほど鮮やかです。
大量の光を湛えた海面は、天の川と言っても過言ではないでしょう。
とは言え、ホタルイカは全身を光らせるわけではありません。
発光器が備わっているのは、眼球、体表、腕の三箇所だけです。
そもそもホタルイカはホタルイカモドキ科に属する頭足類で、日本海の全域に棲息しています。
食用としては身近な存在ですが、彼等は深海を住処にする生き物です。普段は水深200㍍から600㍍付近で暮らしており、産卵を行う時だけ浅い場所に上がってきます。
産卵のシーズンは3月下旬から5月上旬くらいまでで、漁もこの時期に行われます。特に富山湾のホタルイカ漁は有名で、ニュースになることも少なくありません。
シーズン中の湾内には、50もの定置網が設置されます。
一晩で水揚げされるホタルイカは、数百万匹に達すると言うから驚きです。
彼等の卵は白い粒で、数珠状に連なっているのが特徴です。一つ一つの大きさは1.5㍉ほどですが、全体の長さは2㍍にも達します。
つい「彼等」と書いてしまいましたが、浅い場所に集うのは全てメスです。
オスは交尾を行うと、すぐに死んでしまいます。当然、人間の網に掛かることもありません。つまり食卓に並ぶホタルイカは、全てメスと言うことになります。
メスは3日から4日掛け、約1万個の卵を産み落とします。
ホタルイカの寿命は1年で、卵を生むと息絶えてしまいます。
3種類の発光器は、それぞれ異なる役割を持っています。
とは言え、眼球の発光器に付いては、何の役に立つのか判っていません。
片目に五個ずつと数は多いのですが、光は極めて微弱です。
対照的に強い輝きを放つのが、腕の発光器です。ホタルイカと聞いた時、多くの人がイメージする光は、腕から放たれたものに間違いないでしょう。
イカには10本の腕がありますが、発光器が付いているのは2本だけです。
この発光器は玉状で、2本の腕に各3つずつ備わっています。玉の直径は1.4㍉ほどで、周りに黒い色素を侍らせているのが特徴です。
この色素はサイズを変えることが可能で、光を点けたり消したりするのに役立っています。例えば輝きたい時は、色素を縮め、発光器を露出させます。逆に消したい場合は、色素で発光器を包み込み、光を遮ります。
腕の発光器の役割は、ホタルイカを守ることです。
敵に近寄られたホタルイカは、いきなり腕の発光器を点灯させます。
暗い海中に突如現れる光は、敵を大いに驚かせることでしょう。
また強い輝きは、目眩ましにもなると考えられています。
更に腕の発光器は、囮としての機能も果たしていると言います。
敵を発見したホタルイカは、一瞬発光器を輝かせ、すぐに消します。
当然、相手は光った位置に飛び掛かってくるでしょう。
その隙にホタルイカは闇に紛れ、遠くへ逃げ去ってしまいます。
皮膚の発光器もまた、ホタルイカの身を守るために使われています。
こちらは緑や青の点で、直径は0.2㍉ほどしかありません。
光も弱く、肉眼で捉えるのが難しいほどです。
反面、3種類の発光器の中で一番多く、その数は1000個にも及びます。
不可解なことに、皮膚の発光器はホタルイカの腹側に集中しています。
逆に背中側には、ほとんど存在しません。
イカの「腹」だの「背中」だの言われても、多くの方には「?」でしょう。
確かに彼等は、裏表が判りにくい姿をしています。どっちが前でどっちが後ろか一目で判るのは、海の家で働いているイカくらいでしょう。
本編でも解説しましたが、キーポイントになるのは三角帽子っぽいヒレです。
生物学的には、このヒレが付いていないほうを「腹」と呼びます。
そして彼等は、およそ腹を下に向けて泳いでいます。
一般に深海には、暗黒の世界と言うイメージがあります。
確かに海を照らす太陽光は、水深1㍍の時点で45㌫ほどに減衰してしまいます。反面、意外としぶといのも事実で、水深1000㍍程度まではごく幽かに光が届いています。
とは言え、人間の目で光を捉えられるのは、水深200㍍程度までです。
一方、深海には、水深1000㍍でも光を感知出来る生物がいます。
少しでも光を集めるために、目を大きく発達させた生物も少なくありません。
光を背にした物体は、影として浮き彫りになります。同様に太陽光の降り注ぐ海中では、海面を背にした物体が影として浮き上がってしまいます。
頭上に浮かぶシルエットは、捕食者にとってご馳走の目印です。
事実、深海の住人には、目が上向きになった魚が珍しくありません。
彼等はじっと海面を凝視し、ひたすら獲物の影を探しています。
ホタルイカが腹を発光させるのは、彼等への対策です。
逆光の中で光る物体は、背後の輝きに紛れ込んでしまいます。
同様に海面を背にして光る生物は、太陽光に溶け込むことが出来ます。下からその姿を見付けるのは、容易なことではありません。
ホタルイカもまた身体を光らせることで、捕食者の目を欺いています。
発光器が腹に集中しているのは、下から見上げられる面だからです。
また海面から見下ろした場合、深い場所は暗く見えます。
仮に光ってしまったなら、逆に捕食者の注目を集めてしまうことでしょう。
そのため、海面に向けている背中には、ほとんど発光器がありません。
ホタルイカのように光で身を隠す技法は、「カウンターイルミネーション」と呼ばれます。また資料によっては、「カウンターシェーディング」と言う言葉も使われています。
カウンターイルミネーションは、深海の生物に広く浸透した技法です。ホタルイカの他にも、ムネエソやホウライエソと言った生物が腹を光らせています。
そしてまた光ることが出来るイカは、ホタルイカだけではありません。
現在、イカの仲間は、450種ほど確認されています。
その内、光を放つイカは、180種にも及ぶそうです。
参考資料:特別展「深海 ―挑戦の歩みと驚異の生きものたち―
公式図録
国立科学博物館 海洋研究開発機構
東京大学執筆
読売新聞社 NHK NHKプロモーション発行
発光生物のふしぎ
光るしくみの解明から生命科学最前線まで
近江谷克裕著 (株)ソフトバンククリエイティブ刊
トンデモない生き物たち
白石拓著 (株)宝島社刊
NHKスペシャル ディープオーシャン
潜入! 深海大峡谷光る生物たちの王国
2016年8月31日放送 放送局:NHK
ダーウィンが来た!
「神秘! ホタルイカ光の謎に迫れ」
2013年5月5日放送 放送局:NHK




