表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/132

⑤〈国際殺人機構〉の真意

 明後日から始まる予定の番外編では、光る生物について蘊蓄うんちくを垂れたいと思います。

 皆さん、ホタルのことを知ってる気でいませんか?

 実はヤツら、驚愕の事実を隠し持っています。

「ディゲルさん、一刻も早く先ほどの処置を……」

 たまらず額を押さえ、ハイネは下唇を噛み締めた。

 今にも倒れそうな様子に、ディゲルは大きく口を空けている。

 船舶信号に似たまばたきは、ハイネに訴えていた。説明してくれ、と。


 彼女への恨めしさに、ハイネは顔を歪ませる。

 絶望的な状況を、言葉に変える?

 なぜ、そんな拷問のような仕打ちを求めるのだろう。


「私が見た光の雪は――そう、『雪』だったんです。雪と見間違う数でした。あれだけの数が一斉に成体になったら――ううん、寄生された人たちが、一斉に暴れだしたら……」


「完全にパニックだな」

 他人事ひとごとのように言い放ち、ディゲルはキモの前髪を握る。

 罪人を見下ろす顔は、死者のように無表情だ。

 心情を察する手掛かりは、汗の一滴さえ存在しない。


「止めろ」

 ディゲルは鐘をくように反動を付け、キモの顔面を壁に叩き付けた。

 部屋中が激しくぐらつき、蛍光灯から埃がぱらつく。

 直後、キモはテニスボールのように跳ね返され、後頭部を床に叩き付けた。


「止めろ」

 もう一度命じ、ディゲルはキモの顔を踏み付けた。

 矢継やつばやに彼女は懐へ手を潜らせ、自動式の拳銃を取り出す。オーストリアの銃器メーカー、シュタイヤー社のM9だ。


 落ち着いた黒色に、強化プラスチックのすべらかな質感。ある種の美しさを感じるのは事実だが、命を奪う道具にしてはグロテスクさが足りない。


「人間もなかなかだと思わないか、なあ、人でなしの〈詐術師さじゅつし〉さん? 小賢しい嘘も〈発言力はつげんりょく〉も必要ない。ただ引き金を引くだけで、腐った頭を吹き飛ばせるんだからな」

 ディゲルは片頬を吊り上げ、キモの眉間に銃口を突き付ける。


「ディゲルさん!」

 慌てて叫び、ハイネはディゲルの腕を掴む。

 その瞬間、ディゲルは鬱陶しげに肩を振り、ハイネの手を振り払った。


「人道主義に興じていられる状況かどうか、判らぬあなたではないだろう? ええ、いばらの姫君? 市民の命よりテロリストの人権とやらを尊重したいなら、この部屋を出て、ジャーナリストにでもなりたまえ」


「止める必要はない、〈荊姫いばらひめ〉」

 キモはよろよろと銃口を掴み、こともあろうに自らの顔面へ引き寄せた。

「私は役目を果たした。これ以上、無益な命を繋ぎ、貴重な資源を浪費する愚は犯したくない」


「度胸だけは部下に見習わせたいものだ」

 冷ややかに賛辞を送り、ディゲルは引き金と一体化したトリガー――安全装置を押し込む。

 後は引き金を引ききるだけで、肉片の混じった血飛沫ちしぶきが壁を染めるだろう。


「この人を殺しても、状況は変わりません!」

 急ブレーキのような音を発し、ハイネはディゲルを制止する。

 途端、喉に焼けるような痛みが走り、何回か乾いた咳が溢れ出す。


「止める方法があるなら、〈YU(ワイユー)〉の概要なんてヒント、みすみす明かすはずがない」

「……クソ」

 ディゲルはこれ見よがしに舌打ちし、拳銃を懐に戻す。

 理屈は判っても、感情の面で納得行かないのだろう。


「長期的に見ないと断言は出来ません。でも今のところ、〈YU(ワイユー)〉の宿主になった安藤さんに、後遺症は見られない。すみやかに宿主さんたちの暴走を止めて、〈YU(ワイユー)〉を倒せば、誰も傷付かずに済むんです」


「急いだほうがいいな」

 キモはよろよろと寝返りを打ち、うつぶせから仰向あおむけに体勢を変える。

 彼女の顔面は、鮮血に塗り潰されていた。

 鼻血は勿論もちろん、壁に叩き付けられた時に前歯が折れたようだ。


「宿主は脳内麻薬の恩恵で、痛みを忘れている。運動能力も限界以上に引き出されているはずだ。骨の一本や二本折られても、止まらない超人――ぬるま湯に浸かっている連中には、そう、この国のお大尽だいじんどもには、いささか手に余る相手だ。いや、そもそも連中に他者を傷付ける気概などないか」


「私もな、草食系などと言う腑抜ふぬけは気に入らん。男と鉄砲はぎらついていてナンボだ」

 ディゲルはキモの枕元に立ち、血だらけの顔面を覗き込む。

 まっすぐにキモを見つめる瞳は、強い決意を宿していた。


「だがな、他人を傷付ける気概など持つのは、我々のような人でなしだけでいい。知らなくていいんだよ、日の当たる場所で生きる人々は」

 ディゲルはガラナチョコを口に放り投げ、ドアに走る。

 続けて認証端末にスマホを叩き付け、部屋の外へ飛び出した。


「目的はデータの収集ですね」

 ハイネはポケットのハンカチを出し、キモの顔を拭う。

 純白のレースは、見る見る血に染まっていった。


「君は心底四七位だ。四八万七二五四位の浅慮せんりょを、ことごとく白日の下に引っ張り出す」

「雪に見える数だと言っても、降る範囲は限られてる。起こる混乱も限定されます。仮にも全人類の選別を考えるあなたたちが、破壊を目的に心血を注ぐとは思えない」


 多くの命を危険にさらしているキモ。


 それ以上に、人命が失われる事態を、規模で語っているハイネ・ローゼンクロイツ。


 考えるだけ嫌悪感といきどおりが増大し、拳に血管を浮かせていく。

 少しでも油断したら、ハンカチごとキモの顔面を握り潰してしまうだろう。


「あなたたちはこの街程度の規模に幼体を散布した時、どのくらいの被害が出るか確かめた。のちに、もっと大規模な作戦を行う時のために」


「最も効率的に剪定せんていを行うには、どうすればいいと思う? 一人ずつむ? 非効率的だ。広範囲を破壊する兵器で焼き払う? 非効率的だ。既存の施設、自然環境にダメージを与えてしまう」

 キモは一度口を閉じ、壁際の係官に目を向ける。


「凡人は凡人同士、互いに駆除させる? これだ。これが最も理にかなっている。凡人は無価値な存在だが、数だけは多い。そして徹底して無能だが、殺し合うことくらいは出来る。自然や施設を破壊することもなく、天才の手をわずらわせる必要もない」


「っ!」

 ハイネは反射的に目をき、鼻の穴を膨らませる。

「人の命を効率で語るな、とでも言いたげだな」

 完璧に胸中を言い当てられ、ハイネは一瞬息を呑む。

 途端、手の平からハンカチが滑り落ち、コーヒーの水溜まりに浸かった。


「我々は万物の統率者が、〈黄金律おうごんりつ〉であると知っていた。信徒をいつくしむ心、不敬のやからを罰する厳格さ、奴にはどちらもない。ただ入力された情報に従い、結果を産出するだけの計算機だ」


 計算機――。


黄金律おうごんりつ〉を表現するにあたって、これ以上的確な比喩はないだろう。


 彼は間違いなく森羅万象を司っているが、脈絡のない奇跡を起こす力はない。

「結果」と言う答えを導き出すためには、第三者に「原因」と言うボタンを押してもらう必要がある。


 誰かが落とした皿に、「割れる」と言う結論を下すことは出来る。

 しかし、自分から皿を「割る」ことは出来ない。


「神が計算機に過ぎないと知っていた我々は、宗教を作らなかった。人間が祈りに消費する時間を、発展に活用した。そう、根拠も生産性もない行為に浪費する時間をな」

 キモの語る通り、〈詐術師さじゅつし〉の世界には宗教がない。

 さすがに葬式やお墓は存在するが、背景にあるのは死者への思慕だ。

 霊の存在や、死後の世界を信じているわけではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ