④男子はカワイコちゃんに甘い。
サブタイ通り、男子はカワイコちゃんに弱いです。
全世界のどこを探しても、美少女に悪い印象を持つ男子はいません(断言)
その関係上、男子を主人公にすると、どうしてもハイネに甘くなってしまいます。
個人的には、女の子を主人公にしたほうがやりやすかったりします。
簡単に明かすことが出来ないとは言え、ハイネたちが真実を隠蔽しているのは事実だ。
秘密を守るために選んだのは、よりにもよって記憶操作。
実際に脳を切り刻んでいるのか、催眠術を使っているのか、その辺りは判らない。だが、どんな方法を使っているにしろ、人間の心を操っているのは間違いない。
無論、最悪な行為だ。
だが正直、最初に聞いた時ほど嫌悪感は湧かない。
真実を知った人間が武器を取る可能性は、決して低くない。
何より、ハイネやディゲルの表情は、それが苦汁の決断であることを教えてくれた。彼女たちは間違いなく、自らの行いを軽蔑している。
嫌々やっているからと言って、彼女たちの行為が許されるとは思わない。
だが一方で、平穏な日々を守るため、彼女たちがしたくもない汚れ役を買っているのも事実だ。
そして絶対に秘密を守る方法として、記憶操作以上の名案はない。
有識者の意見はともあれ、半平には他の手段が思い付かなかった。
代案もないのに正しさを説くのは、酷く卑怯な行為だ。ましてや誰かを危険に晒すだけの正しさなら、間違いのほうが正しいに決まっている。
やはり、駄目だ。
考えに考え抜いても、ハイネを責める気にはなれない。
結局、男子はカワイコちゃんに甘いのだろうか?
いや、仮にハイネが自分の経験だけを物差しにしていたら、確実に今後の付き合いを考えた。彼女の口から他人を信じるような内容が出ても、落胆させられたのは間違いない。
そう、自分が受けた善意を高らかに語り、人間は優しい、人間を信じましょうと唱える姿は美しい。
だが同時に、主観だけで世界を語る姿は、あまりに傲慢だ。
自分が優しくされたからと言って、他の人が邪険にされなかったとは限らない。多くの人に耳を貸さなければ、世界がどういうものかは語れないはずだ。
自分の体験だけで世界を語るなど、宣言しているに等しい。
私が世界の全てだ、と。
そもそも、彼女が人間の優しさだけを目にしてきたとは思えない。
ハイネは度々、海外に出掛けていた。それが〈3Z〉の任務だったなら、行く先は平和な場所ばかりではなかったはずだ。
ハイネは二本の足で、砲火に焼かれる街を旅してきた。
ハイネは二つの瞳で、人間の汚い部分を見て来た。
仮に半平が「人類皆兄弟」と言い放っても、楽々論破出来るだろう。
彼女がその気になれば、幾らでも記憶操作を正当化出来るはずだ。
だがハイネは、決して自分が正しいことを認めない。
それどころか、最善の方法を採っているはずの自分を、気持ち悪いと罵る。
なぜ他に方法がないと言ってしまわないのか。
誰も文句を言えないし、自分も楽になるはずだ。
ハイネ自身への徹底した厳しさに、半平は自然と背筋を伸ばしてしまう。下町の貧乏人がかしこまっているのはおかしいが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「少しずつ、少しずつでいい。一歩一歩、人間さんたちに近付いていけば、受け入れてもらえる――私、そう思うんです」
ハイネは両手を見つめ、自分自身に言い聞かせる。
何度も頷く姿は、九九を暗記しようとする小学生のようだ。
「いきなり『種族が違います』って言われたら、誰だってビックリしちゃいますよね。けど、ちょっとずつお互いを知っていけば、〈詐術〉が使える以外は人間さんと変わらないんだって判ってもらえたら、きっと手を繋いでもらえる」
常軌を逸した力を持つ〈詐術師〉と、臆病な人間が手を繋ぐ――。
お互いの内面を知ったところで、そんな夢物語が現実になるのか?
頭で考えるより、実際に試したほうが早い。
コイツはあの怪物を圧倒したんだぞ――。
半平はハイネを見つめ、自分を脅かしてみる。
その瞬間、怪物を蹂躙する姿が脳内を占拠し、悪寒を走らせる――。
そう、予想ではそのはずだった。
だが穏やかに微笑む彼女は、全く別の景色を描き出す。
何が半平の人生の中でも、屈指のインパクトを誇る光景を押し退けたのか?
肉親との死別?
天変地異?
いいや、見飽きたスーパーだ。
泣きべそをかく迷子に、ハイネが寄り添っている。目の高さを合わせるためにしゃがんだ彼女は、今のように笑顔を浮かべていた。
薄いえくぼを眺めていると、半平の口も歯を覗かせていく。
気が付くと、悪寒を走らせるはずだった身体は、ぽかぽかと温まっていた。
この時だけではない。
ハイネの傍らにいる時、半平の胸はいつも温かかった。
日曜朝八時を語る際の暑苦しい眼差しは、半平をBBQする。
酸辣湯を作っている時に触れてしまった手は、木漏れ日のように温かかった。
お手製の肉じゃがは、ほくほく。
欲張って詰め込みすぎたお腹に触ると、手の平に優しい温もりが広がっていく。母親のみそ汁とは少し毛色が違うが、勿論、嫌いな感触ではない。
確かに、ハイネは怪物を圧倒する力を持つ。
だが同時に、彼女は他の誰より温かい。
檻や柵を挟まずに向かい合っていたところで、足が竦むことはない。
手を繋げと言われれば、何の抵抗もなく実行出来る。
いや、やっぱムリ。相手、女子だもん。
優しさや笑顔に、〈詐術師〉も人間もない。
なら、二つの種族が手を取り合うことも、夢物語ではないだろう。
とは言え、半平がハイネを恐れずに済むのは、彼女のことをよく知っているからだ。
現状、多くの人間は〈詐術師〉の内面を知らない。
彼等の存在を知ったところで、〈詐術〉に恐怖を覚えるだけだ。
やはり、今はまだ〈詐術師〉の存在を公にするべきではない。
公序良俗に従い、秘密を明かしたところで、二つの種族が共存する可能性を潰すだけだ。
何より、半平の第一声を待つハイネは、固く瞳を閉じていた。
肩を震わせ、裾を握り締める姿は、まるで死刑判決を待つ犯罪者。半平がつっけんどんな態度でも取ろうものなら、ショック死してしまいそうだ。
ハイネの悲しむ顔を見たくない――。
色々と御託を並べてきたが、結局はそれに尽きるのかも知れない。
ああ、やっぱ男子はカワイコちゃんに弱い。
「わーった! わーったよ! 話さない! 墓場まで持ってく!」
勢いに任せ、半平はハイネの手を取る。
それから小指と小指を絡ませ、一方的に指切りを交わした。
「嘘吐いたら針千本呑ます!」
露骨に脅迫されたはずのハイネは、だが辛そうに瞑っていた目を見開く。
半平の口から批判以外の言葉が出たのが、よほど意外だったらしい。
「第一、話したって信じてもらえねーよ、『仮面のヒーローが戦ってる』なんつー話。俺、病院とか注射とか大嫌いだし、お願いされても口に出したくねーわ」
「『仮面のヒーロー』……」
嬉しそうに頬を染め、ハイネは小さく笑う。
ついさっきまで殊勝に怯えていたのが、嘘のようだ。
早速、針を呑んでもらおう。
彼女を一切批判しないことが、世間様に誉められる選択だったかは判らない。
ただ半平が責めなかったことで、彼女の表情は和らいだ。
それだけで、沼津半平的には大正解だ。




