どーでもいい知識その⑨ 二度と星には手を出さない
星の雑学を語る場面も、今回で終了です。
もう蘊蓄はこりごり……と思いきや、次回はお菓子に関する雑学が登場します。
「何だ……? 何が入ってる?」
半平は四角柱に顔を寄せ、うっすら見える物体を注視する。
限界まで凝らした目に映ったのは、リモコン大の卒塔婆だった。
プラスチックっぽい質感と言い、赤い色と言い、墓場用でないのは間違いない。十中八九、ハイネが首輪に挿した、「アレ」の仲間だ。
「これ、全部……」
無意識に仰け反り、半平はか細く呟く。
自分の推察に圧倒されるなど、生まれて始めての経験かも知れない。
「〈返信〉――即ち世界の『信』をひっくり「返」し、嘘を実体化させる道具だ。我々の間では、〈ブックドレッダー〉と呼ばれている」
厳めしく語り、ディゲルは周囲を見回す。
壁から天井から四角柱が伸びる様子は、透明な鍾乳洞とでも形容したところか。無数に映った鏡像は、挙って半平を見つめている。
「安売りしすぎ。もうヒーローの大バーゲンだよ」
半平は脱力したフリをし、ヤンキーのようにしゃがみ込む。
超変形するプラネタリウム?
投げ売り状態の変身アイテム(注:本当に変身出来ます)?
一六年間、常識的な人生を歩んできたパンピーが、驚かないはずがない。
しかし、まんまとビックリした姿を見せるのは、何だか悔しい。
「おや、若いのに随分とつまらないことを言う。多い方がいいではないか。景気のいい感じがして」
「時代はプレミア感っスよ、クーパーさん」
ディゲルに背を向け、半平は近くの四角柱を巡ってみる。
後学のため……には絶対ならないだろうが、まず二度とお目に掛かれない景色だ。見ておいて損はない。
一本の四角柱には、必ず一本の卒塔婆が収納されていた。
茶碗型の台座に突き刺さった様子は、枕飯――てんこ盛りのご飯に、箸を立てたお供え物にそっくりだ。意図的に似せたとするなら、「ショーケース」の四角柱も墓石をモデルにしているのかも知れない。
薄々予想は出来ていたが、木製の卒塔婆は一本もない。
見た限りプラスチック製で、安っぽい光を放っている。
カラバリの豊富さと言えば、ヤニクロのフリース級。デザインの奔放さはキン肉マンの超人ばりで、尻尾や角を生やしたものも少なくない。墓場に立っていたら、完全に二度見だ。
「おいおい、そのまま出て行ってしまうんじゃないだろうな」
やけに声を張り、ディゲルは半平を呼び止める。
改めて確認してみると、半平は非常口の近くまで移動していた。
どうやら、卒塔婆の見本市に熱中しすぎてしまったらしい。
おもちゃ売場はとっくに卒業したつもりだったが、半平も男の子だ。バンダイ的な臭いは嫌いではない。
「あー、すいません。今戻りまーす」
半平はディゲルに手を振り、早速足を出す。
だが言葉とは裏腹、半平がそれ以上、彼女に近付くことはなかった。
一歩目を踏み出した瞬間、あるものを目にしたから。
非常口の間際に立つ四角柱に、黄色い卒塔婆が収納されている。
無数に黒い斑点が刻まれている辺り、モチーフはヒョウだろうか。
ヒゲのように生えた磨製石器も、推測が正しいことを物語っている。
中央に飾られているのは、アナゴさんばりのタラコ唇。
上唇と下唇に挟まれた髑髏は、絶叫するように大口を開いている。丸呑みにされるのが嫌で、助けを呼んでいるのかも知れない。
基本、卒塔婆のデザインは千差万別で、ネクタイっぽい形以外に共通点はない。ただ、髑髏のレリーフを付けるのだけは決まりのようで、確認した限り全ての卒塔婆にあしらわれていた。
「随分、趣味の悪ぃデザインだな……」
否定的な発言とは真逆に、半平の身体は四角柱に吸い寄せられていく。
比例して視野が狭まり、卒塔婆以外の物体を見えなくしていった。
不可解な反応だが、不快感はない。
むしろ卒塔婆に近付くだけ、本能的な充足感が広がっていく。
そう、徹夜明けに眠った時や、脂の乗った魚を食べた時のように。
逆に言えば、卒塔婆と距離のある状況は、極めて満ち足りない。
あって当然の品物が、手元にない?
それどころではない。
身体の一部、それも一番重要な心臓が、抜け落ちてしまった気さえする。
いや、「抜け落ちた」と言う表現は正しくない。
沼津半平の心臓は、元々「抜け落ちていた」。
今、一六年掛けて出逢った最後のピースに、自分が不完全だったことを教えられたのだ。
……手を伸ばせ。
……あるべきものを掴み取り、沼津半平を完成させろ。
脳内に低い声が響き渡り、半平を煽り立てる。
一瞬、視界が白く染まり、手の平に冷たい感触が広がった。
一体、何が……?
戸惑いに導かれ、半平は冷たさの源に目を向ける。
四角柱の表面に、汗ばんだ手が貼り付いていた。
卒塔婆を掴もうとして、「ショーケース」に阻まれてしまったのだろう。
「……呼ばれたか?」
囁きが耳を擽り、四角柱に赤茶の髪が映り込む。
半平の背後には、いつの間にかディゲルが立っていた。
「お、俺も言ってみたいなあとか思って、こう『変身っ!』」とか」
半平はあたふた息を乱し、四角柱の表面を息で曇らせる。こうも見事に心を言い当てるとは、やはり〈詐術師〉は心を読めるのかも知れない。
しかし、なぜ誤魔化してしまったのだろう?
この目で見つめていたのは、女子の水着姿でも、他人の家の火事でもない。心を奪われていたと認めたところで、非難されることはないはずだ。珍妙な卒塔婆と真剣な顔で睨み合っていたのが、そんなに恥ずかしかったのだろうか。
「君はその卒塔婆と、〈共通点〉が高いのかも知れんな」
「きょおつうてん? 確かに髪は黄色と黒だけど」
半平は頭頂部に手を遣り、金と黒の混じった髪を摘み上げる。
「外見の話ではない。〈詐術〉の世界において、使用者と卒塔婆との相性を指す用語だ」
「まあた専門用語スか」
半平は四角柱に溜息を吐きかけ、ついでに表面を袖で拭く。〈PDF〉だの〈ブックドレッダー〉だのファルシのルシがどうたらだの、もうウンザリだ。
「彼等もそうだったな」
感慨深げに呟き、ディゲルは遠くを見つめる。
どこか懐かしそうな瞳が映したのは、卒塔婆の抜けた四角柱だった。
注意深くドーム内を見てみると、他にも空っぽの柱が幾つかある。
「誰に助言されるでもなく、最も相性のいい〈PDF〉を選び取る、か。お利口なだけの理屈には、到底説明出来ない現象だ」
ディゲルは柱に触れ、静かに笑う。
「運命など敗者の言いわけと切り捨ててきたが、見識を改めるべきなのかもな」
「運命、ねえ……」
半平は小指を立て、黄色い卒塔婆と交互に見つめてみる。
「根暗すぎ。どーせ赤い糸で結ばれるなら、もっと明るい雰囲気の子がいいんだけど。チェンジとか出来ないシステム?」
「安心したまえ。おいそれと核弾頭をくれてやるほど、このディゲル・クーパーは豪気ではない。第一、人間の君に〈返信〉は不可能だ」
「ありゃりゃ」
奇声を上げ、半平はずっこけて見せる。
「俺もイケメンヒーローの仲間入りして、団地妻の一人でも引っ掛けようと思ったのに」
「何なら、もう一つの可能性に懸けてみるかね?」
半笑いで持ち掛け、ディゲルはすぐに口を覆う。
たちまち押し殺した笑みが漏れ出し、ぷるぷると彼女の背中を震わせた。
「失礼。忘れてくれ。好き好んでアウトレットに成り下がる物好きなど、いるはずもない」
笑みに分断された声は、カタコトのように聞き取りにくい。特に「アウトレット」の部分は、微妙に違う単語を口にしているようだった。
「さて、そろそろオモチャを片付けてもらおうか。こんなに出しっぱなしにしていたら、明日の営業に支障が出てしまう」
ディゲルは柱を見回し、ハイネに目を移す。
ハイネは頷き、柔らかく微笑んだ。
「それじゃ、先に休んでて下さい。ここは私がやっておきますから」
「何もかもすまんな。おい、少年。行くぞ」
ディゲルは半平の手を引き、ドームの外へ出る。
半平は再びエレベーターに押し込められ、一階に突き出された。




