どーでもいい知識その⑧ 中性子星は超メタボ
「ニュートリノの助太刀を受けた二度目の衝撃波は、まさに破滅的です。中心に崩落してくる残骸をことごとく跳ね返しながら、星の外側へ外側へ突き進んでいきます。そして最後には、星全体を吹き飛ばしてしまうんです」
ハイネは風船大の丸を描き、ふうっ! と息を吹く。
「恒星を『風船』、衝撃波を『注ぎすぎた息』って考えると判りやすいですね。過剰に空気を吹き込まれた風船は、内部からの圧力によって破裂してしまいます。同様に内側から圧力を掛けられた恒星も、木っ端微塵に砕け散ってしまうんです」
お得意の例え話を終えると、ハイネは椅子にもたれ掛かった。
常時、背筋を伸ばしている彼女にしては珍しい姿勢だが、疲れるのも無理はない。何しろ星の一生を語る大役を、たった一人で果たしたのだから。
「以上が今ご覧頂いた恒星の終焉、『超新星爆発』の概要です。超新星爆発には他にも種類があって、鉄の核が発端になるケースは『Ⅱ型』と呼ばれます」
超新星爆発を起こした星がどうなるかは、やはり質量によって決まるそうだ。
「元の星の質量が太陽の二〇倍程度までだった場合は、その場に核が残るんです。圧縮されたことによって中性子の塊になったそれは、『中性子星』と呼ばれます」
中性子星は白色矮星より更にメタボで、一〇㌔足らずの半径に太陽と同等の質量を詰め込んでいる。当然、密度も高く、スプーン一杯で五億㌧にもなってしまうと言う。
五億㌧と言ったら、あのメガトン怪獣スカイドン(二〇万㌧)二五〇〇匹分だ。こんなスプーンでは、ベータカプセルの代わりにならない。
余談だが、「帰ってきたウルトラマン」に登場する忍者怪獣サータンは、身体が中性子で出来ている。
彼は身長四五㍍と言う大怪獣だが、体重は三万二〇〇〇㌧しかない。同じく中性子で出来た星が、スプーン一杯で五億㌧なのに……。
「元の星の質量が太陽の二〇倍以上になると、中性子の塊――素粒子の手前まで縮まっても、自重を支えられません。自分の重さに押し潰されて、延々収縮を続ける羽目になります。行き着く先は光さえ脱出不可能なキュグキョブンジャリ……もとい、究極の闇、ブラックホールです」
超新星爆発ではほんの数秒の間に、太陽が一生掛かっても作れないほどのエネルギーが放出される。
光の強さに到っては、太陽の一〇〇億倍から一〇〇〇億倍。おうし座で発生し、かに星雲を誕生させた超新星爆発は、七〇〇〇光年先の地球からも観測出来たと言う。
「地球に光が届いたのは、一〇五四年のことです。鎌倉時代の歌人・藤原定家は、自身の日記『明月記』に、こう書き残しています。『三週間以上、昼間にも判る強さで輝き続けた』」
かつてアンタレスだった輝きに目を向け、ハイネは力強く頷く。
恐らく、定家の証言にお墨付きを与えたのだろう。
「尤も、定家が誕生したのは一一六二年。一〇五四年に起きた超新星爆発を、その目で見られたはずはありません。彼が日記に書いたのは、人づてに聞いた話だそうです。ただ、彼が明月記を書き始めて間もない一一八一年にも、別の超新星爆発が起きています。こちらに関しては、実際に目撃したかも知れません」
ハイネはマイクを置き、ペットボトルの水を飲む。
無意識に「へぇ~」を連発する時間も、終わりを迎えたらしい。
名残惜しさを押し殺し、半平はディゲルに問い掛けた。
「世界征服って……黒タイツで『イーッ!』って言ったりするの?」
これ見よがしに手を挙げ、半平は悪い冗談を笑い飛ばす。
そう、そのつもりだった。
だがいざ口を開くと、情けなく声が震える。
自分的には冷静なつもりだったが、まだ動揺しているのだろうか。
確かに、超新星爆発に〈詐術師〉と、一つでも充分なショックが立て続けに襲って来たのだ。五分や一〇分で平静を取り戻そうなど、虫のいい話かも知れない。
「適切な反応だ。いや、まだロマンティシズムのあるほうだな。人間が人間を絶滅させる兵器を持つこのご時世に、世界征服? 私が君なら、とっくに博物館の外へ出ている」
冷笑していたのも束の間、ディゲルは嘘のように表情を険しくしていく。
「だが曲がりなりにも〈詐術師〉が、〈詐術〉と言う凶器を持つのは事実だ。その矛先が人間に向いたら? 刃物を持った通り魔とは、比べものにならない被害が出る。現に先ほどの怪物が野放しにされていたら、どうなっていたと思う?」
「あの化け物が、好き放題に街をうろつく……?」
とてもイメージ出来ない。
光景を思い描く前に、脳が身体が想像を打ち切る。
呆れるが、理解は出来る。
血にも断末魔にも耐性のない子供には、とても直視出来ない映像だ。
怪物の吐いた光弾は、ブロック塀をバターのように融かした。
好きなように暴れさせたら、街が炎に包まれるのは間違いない。
必死に逃げ惑う人々は、マッチ棒のごとく焼き尽くされるだろう。
「訓練された兵士でも、鉄砲の一丁や二丁で渡り合える相手ではないのだよ、あれは。よしんば撃退出来たとしても、甚大な被害が出る」
ディゲルは自身の手を一瞥し、続けてハイネに視線を移す。
「化け物は化け物に共食いさせるのが一番利口なのだよ。我々のような、な。」
颯爽と立ち上がり、ディゲルは手を挙げる。
途端に光学式投影機が灯りを落とし、ドーム内が暗闇に染まった。唐突にも思えた挙手だが、機材を操作するハイネに合図を送ったのかも知れない。
宇宙空間に比べてあまりに奥行きのない闇は、ただひたすらに息苦しい。
妙に深く吸い、やたら早く吐く呼吸――。
頭から暗幕を被せられたら、こんな状態になるかも知れない。
目が暗さに慣れる暇もなく、頭上から注ぐ光。
ドームの頂上に青白い十字星が浮かび、弱々しく輝いている。
「南十字星……?」
半平の推測を裏切り、十字星の四つの角からスクリーンの底に光が走る。
ドームの内面に沿い、アーチ状になった光線は、スクリーンを四つに切り分けた。ぼんやりと滲んだ輝きが、楕円形の影を縁取る様子は、金環日食に瓜二つだ。
「我等は〈3Z〉。〈詐術〉の驚異を撃退し、人間界の現状を維持する力。我らの願いはただ一つ。市井の人々が枕を高くし、無邪気にいびきをかくことだ」
力強く宣言し、ディゲルはドームの頂上に手を伸ばす。
僅かにかかとが浮くと、彼女は十字星をもぎ取るように拳を握った。
ガタン! ガタン!
唐突に機械音――そう、巨大な歯車が回る音が鳴りだし、物々しく身体を揺する。途端にスクリーンが震えだし、パワーウィンドウさながらドームの底へ沈み始めた。
反比例して、頂上から青い光が広がり、ドーム内を照らしていく。十字星に見えていたのは、スクリーンの切れ間から漏れ出す光だったらしい。
程なくスクリーンが沈みきり、ドーム内が紺碧に染まる。
同時に喧しい機械音が止まり、海中に似た静けさが半平を包み込んだ。
白いスクリーンの裏に隠れていたのは、透明な壁。
一見すると水槽にそっくりだが、一枚の板ではない。額縁大の四角形が、マス目状に寄り集まって形作られている。率直な感想を述べるなら、「穴の部分が四角形になったハチの巣」とでも言ったところか。
「……〈摩天楼〉、解放します」
ハイネは緊張した声で告げ、機材のボタンを押す。
次の瞬間、地獄の亡者たちが呻きだし、束の間の静寂を打ち破った。
亡者の呻き声……?
いや、錆びた鎖を強引に巻き取る音だ。
真下、真横、斜め――。
設置箇所に応じた角度で、壁の四角形が迫り出していく。
少なく見積もっても、三〇〇本以上はあるだろうか。
透明な四角柱が、大量に押し出されてくる――。
どこかで見たことがあると思えば、「ところてん」そのものだ。つるつると喉越しよさそうな光沢を眺めていると、つい酢醤油を垂らしたくなる。
曇り一つない柱たちは、差し込む光を軒並み跳ね返していく。所狭しとオーシャンブルーの反射光が飛び交う様子は、「青の洞窟」としか言いようがない。
壁や天井は勿論、足下までもが水面のように揺らめき、不思議な浮遊感を募らせていく。ごくごく自然に腰を浮かせ、半平は座席から立ち上がった。
丁度、鎖を巻く音が止まり、目の高さで四角柱が止まる。
反射のせいで見えにくいが、柱の中には何かが収まっているようだ。




