どーでもいい知識その⑦ 星を滅ぼすのは鉄
割とネタバレな今回のタイトル。
どこのご家庭にもある鉄が、どうやって星を破壊するのか?
詳しくは本編をお読み下さい。
「赤色巨星の末路は、二つに大別されます」
ハイネは微笑み、穏やかな口調で語る。
派手な爆発で動揺する半平を、落ち着けようとしているのかも知れない。
「赤色巨星になった後も、ヘリウムの核は収縮を続けていきます。その結果、核はどんどん温度を上げていくんです。そして一億度くらいになると、周りの水素と同じように、今度はヘリウムの核が核融合を始めます。水素がヘリウムを作ったように、ヘリウムも三個結合して、一個の炭素を生みます」
赤色巨星は炭素の核が誕生した後も、同様のプロセスを繰り返す。
つまり――。
①核が収縮し、温度を上げていく。
②その熱が外層の軽い元素に伝わり、核融合を促進する。これにより膨張する力が重力を上回り、星を肥大化させていく。
③一定の温度を超えた核が、核融合を始める。
④より重い酸素やネオンが生み出されて、新たな核となる――と言うわけだ。
「核融合によって誕生した元素は、種類ごとに住み分けを行います。元素は若い番号ほど軽くて、番号が進むほど重い。同じ星の中にあっても、混ざり合うことがないんです。ほら、水の中に砂利を注いでも、底に沈むだけですよね? 同じように重い元素は星の内側に沈み、軽い元素は外側に浮いていきます」
そこで解説を中断し、ハイネは空中に渦巻きを描く。
「綺麗に元素が分かれることで、星は複数の層を持つ球体になります。専門書ではよく、タマネギに喩えられてますね」
質量が太陽の八倍程度までの星は、炭素になった時点で核の核融合が打ち止めになる。
「元素の重さと、核融合に必要な温度は比例するんです。さっきも言った通り、原子番号一番の水素は、約一〇〇〇万度で核融合を始めます。けど、これが八番の酸素になると、約一五億度にもなってしまうんです」
ハイネは手を浮かせ、何回か空気を押してみせる。
「太陽の八倍程度の質量では、圧縮する力が弱すぎる。重い元素を核融合させるレベルまで、核の温度を上げられないんです。更に、質量の軽さは別の問題も生みます」
ハイネは深刻そうに顔を顰め、そのわけを語る。
「赤色巨星は恒星自身の重力で保たれています。でも、質量の軽い星は重力も弱い。ある程度まで星が肥大化すると、外へ広がろうとする力に、内向きの重力が対抗出来なくなってしまうんです」
赤色巨星は自らの膨張力に引っ張られ、外層から宇宙空間に放出されていく。最終的には中心にあった核だけが、その場に残されるそうだ。核を構成するのは炭素で、炭素とヘリウムが結合して出来た酸素も混じっているらしい。
「残された核は、『白色矮星』って呼ばれます。白色矮星はすっごくちっちゃくて、太陽の一〇〇分の一もありません。反面、密度はすっごく高くて、星によってはスプーン一杯で五㌧くらいあります」
太陽も最終的には、地球大の白色矮星になると考えられている。高密度に圧縮された炭素の塊は、数兆カラットのダイヤになるそうだ。
大航海時代の話を聞いた現代人は、コショウを黄金扱いしていた古人を笑う。
同様に遠い未来の学生は、現代人を笑うだろう。
たかが小石大のダイヤモンドに、三ヶ月分も給料を費やしているのだから。
「白色矮星は表面温度も高い。星によって差はありますけど、一〇万度に達する場合もあります。太陽の表面温度が約六〇〇〇度ですから、おおよそ一七倍ですね。灼熱怪獣ザンボラーと互角です」
「熱い」とは言っても、白色矮星の光や熱は残り火に過ぎないそうだ。
「白色矮星には水素がありません。炭素や酸素はあるけど、核融合が始まる温度には達しない。質量が足りないんです」
ハイネは何かを冷ますように、目の前を扇ぐ。
「核融合が行えない以上、白色矮星の熱は放出されていくばかり。完全に冷めてしまうと、全く光を放たなくなってしまいます。この状態になった星のことを、天文学の世界では『黒色矮星』って呼びます」
ハイネは額の汗を拭い、深く息を吐く。
大分お疲れのようだが、働き者の彼女に休憩の二文字はない。目の前のペットボトルに手を伸ばすこともなく、もう一つの結末に話題を向ける。
「恒星の質量が太陽の一〇倍以上ある場合、核融合は炭素で止まらずに、ネオン、マグネシウムと連鎖していきます。これくらい大きな星になると、核を圧縮する重力も強い。核融合の始まる温度まで、重い元素を熱することが出来るんです」
質量の重い恒星は、重力も強い。核から離れようとする外層を引き留められるため、白色矮星になることはない。
とは言え、永遠に輝き続けられるわけではない。
この世に存在する以上、終わりを迎える日は必ず来る。
では、太陽より遥かに巨大な天体を死に誘うのは、一体何なのか?
別の星との衝突?
ブラックホール?
宇宙の終焉?
いいや、何とどこの家庭にもある「あの物質」だと言う。
「核が二五億度くらいになると、ケイ素が核融合を始めて、星の中心に鉄の核を作り出します。星は今までと同じように核を圧縮するんですけど、鉄は安定した元素で核融合を起こしません。どんなに圧縮されても温度を上げるだけで、別の元素にはならないんです。そして一〇〇億度を超えると、『光分解』を起こすんです」
光分解とは高エネルギーのガンマ線が、鉄を中性子とヘリウムに分ける現象のことだ――。
ハイネ先生は日本語のように語るが、中卒の半平にはグロンギ語にしか聞こえない。超古代語対訳版はまだだろうか。
「乱暴に言ってしまうと、星の中央が空っぽになってしまうんです」
ハイネ先生は苦笑し、より簡潔に説明する。毎度毎度、ランバダする「?」を見抜く辺り、〈詐術師〉には心を読む能力が備わっているのかも知れない。
「光分解されるのは、一〇〇億度を超えたほんの一部分だけです。核全体がいきなり消えてしまうわけじゃありません。だからと言って、分解を逃れた部分が無事で済むわけでもない。光分解には、周囲の熱を奪う性質があるんです」
熱は星の生命線だ。
外向きに力を働かせ、内向きに押し潰そうとする重力に抗っている。
「熱を奪われたことによって、外へ向かう力を弱くした星は、重力に押し込まれます。核もまた内向きに引っ張られて、空っぽになった中央に崩れ落ちてしまうんです。これを『重力崩壊』って言います。核が潰れる時のスピードは、光速の二割にも達するんですよ」
核の崩壊は、大黒柱の崩壊に等しい。
支えを失った星は内側へ潰れていき、中心にある核を更に圧縮する。猛烈な圧力に晒された核は、〇.一秒も経たない内に一〇〇分の一まで縮められてしまうらしい。
「原子核の密度に達した時点で、核はそれ以上圧縮されなくなります。原子核って言うのは、文字通り、原子の中核になる部品のことです。陽子と中性子で出来ていて、か~な~り小さいです。さすがに素粒子ほどじゃありませんけど、水分子を直径一〇〇㍍に拡大しても、一.四㍉程度にしかなりません」
原子核の密度まで圧縮された核は、中性子になる。
何でも陽子が鉄原子内の電子を捕らえて、中性子に変貌するらしい。
「中性子は核力って言う力で陽子と手を結んで、原子核を安定させてます。以前は素粒子と考えられていましたが、今はもっと小さな部品――クォークって言う素粒子で出来てるのが判ってます」
限界寸前まで圧縮された核は、鉄よりもずっと硬い。
ここに崩れ落ちてきた星の残骸がぶつかり、核を叩く。すると核から衝撃波が発生し、星の中心から外側へ広がっていくのだと言う。
「水中に置き換えると判りやすいかも知れません。ほら、お風呂の中で手を叩くと、波が発生しますよね? 改めて言う必要もないかもですけど、手が星の残骸と核、波が衝撃波です」
ハイネは手を叩き、ドーム内に破裂音を響かせる。
「この時点での衝撃波は非力で、中心へ崩れ落ちてくる残骸を跳ね返すほどの力はありません。しかも、発生から〇.四秒程度で勢いを失ってしまいます。星に引導を渡すのは、この〇.一秒後に発生する『二度目』。正確には、一回目の衝撃波が甦るんです」
早口になりかけていたハイネは、一度、唾を呑む。
「内側へ崩壊した星が、中心の核を押し潰す場面に話を戻しますね」
原子核の密度まで圧縮された核からは、中性子と共に大量のニュートリノが発生するそうだ。
「一九八七年、岐阜県にある検出器カミオカンデは、世界で始めてニュートリノを捉えました。この時検知されたニュートリノも、元々は大マゼラン星雲で崩壊した星から放たれたものなんですよ。発生源のSN1987Aは、地球から約一六万光年先にあります。検出に成功した物理学者の小柴昌俊博士は、その功績が認められて、ノーベル物理学賞を授与されました」
核から発生したニュートリノは、勢いを失っていた衝撃波にエネルギーを与える。
本来、ニュートリノは他の物質に働き掛ける力が非常に弱く、地球さえ透過してしまう。
衝撃波に影響を及ぼすのは、桁違いに放出量が多いから。
それでもニュートリノの九九㌫が、星の外に出てしまうらしい。




