どーでもいい知識その⑤ 地球は球体ではない
またもや衝撃の事実かも知れません。
そしてこの辺りから、徐々に信憑性が怪しくなってきます。
はたして、作者の解説は合っているのでしょうか?
一応、放送大学とか滅茶苦茶見たのですが……。
「太陽に代表される恒星は、『核融合反応』で輝いています。『核融合』って言うのは、高温高圧下で軽い元素が融合して、エネルギーを放出する現象のことです」
ハイネ曰く、元素が融合すると、より重い元素が生まれるらしい。
「年若い恒星では、主成分の水素が四個融合して、一個のヘリウムに変わってます。この時、水素原子一個あたり〇.七㌫分の質量が放出されるんです。この〇.七㌫がエネルギーに変換されて、星の輝きを生んでいます」
ハイネは声を大きくし、子供っぽく強調する。
「核融合のエネルギーって、桁外れに大きいんですよ! たった一㌘の水素が核融合しただけで、一〇〇〇㌧の水を沸騰させられちゃうんです!」
重さがなぜ薪の代用品になるのか、文系の半平にはさっぱりだ。
何でもハイネによれば、そこには「質量=エネルギーの法則」や「E=mcの二乗」が関係しているらしい。どちらも半平の辞書にはない単語だが、マーフィーの法則の仲間だろうか。
「混同されがちですけど、質量と重量は違うものです」
「え!?」
またも初耳の情報に、半平は我が耳を疑う。
「すっごく乱暴に言ってしまうと、重量って言うのは『質量に重力を掛けた数値』です。重力は場所や状況で増減します。現に月の重力は、地球の六分の一しかありません。当然、重量も地球上の六分の一になります」
ハイネの言う通りなら、地球上では五〇㌔の人が、月では一〇㌔以下になる。日々体重計と格闘する女性たちが、月への移住を始める日も遠くはない。
「一方、『質量』は物質の動かしにくさ、『本質的な重さ』を表す単語です。ほら、ゼロにどんな数字を掛けても、ゼロのままですよね? 物質が根本的に重さのないものなら、重力の影響を受けないはずです」
話が進むにつれて、ハイネの口調は苦々しげになっていく。
細く見える彼女も、重さと言う単語には嫌な思い出があるのだろうか。
「掛け算の答えが増減しやがる以上、物質には重力を受ける『基』があるってことになる。この忌々しい『重さの基』が、質量なんです」
世間が重量と質量を混同してしまうのは、体重計が地球の重力を「1」としているためだろう。
「1」に「5」を掛けようが、「100」を掛けようが、掛けた数字に変化はない。
つまり、地球上で計測する限り、重量と質量は同じ数値になる。
別物だと言われても、直感的に区別するのは難しいものがある。
「実のところ、質量には二種類あります。『動きにくさ』を指す『慣性質量』と、重さの基である『重力質量』です。物理学は二つの質量を別物と定義しています。ただ実験で導き出される数値は、慣性質量も重力質量も同じです。なぜ動きにくさと重さの基が同じ数値なのかは、現在も解明されていません」
ハイネは数秒沈黙し、観客に理解する時間を与える。
「質量を生んでいるのは、『ヒッグス粒子』だと考えられています」
一九六四年、イギリスの物理学者ピーター・ヒッグスは提唱した。
この宇宙は、「ヒッグス粒子」と言う素粒子で満たされている――。
「『素粒子』って言うのは、物質を構成する一番小さな部品です。砂絵に喩えるなら、砂粒ですね。一時期、光より速いと言われていたニュートリノや、電子がこれに該当します」
ハイネは人差し指を丸め、小さな円を作る。
「当たり前ですけど、素粒子はとっても小さいです。仮に水の分子を直径一〇〇㍍に拡大したとしても、電子の直径は一万分の一㍉くらいにしかなりません」
宇宙誕生の一〇〇億分の一秒後まで、およそ物質には「動きにくさ」がなかった。驚くべきことに、全ての物質が光と同じ速さで飛び交っていたらしい。
「この状態を一変させたのが、ヒッグス粒子なんです」
嬉しそうに言い切り、ハイネはヒッグス粒子を海に喩える。
「ヒッグス粒子が宇宙に満ちた瞬間、全ての物質は沈没してしまったんです。海中で動こうとすると、水の抵抗を受けますよね? この抵抗――つまり動きにくさが『質量』なんです」
半平の尻は、きちんと座席に沈んでいる。
一見当たり前に思えるが、ここにもヒッグス粒子がある証拠だ。試しに息を吸い込んでみると、普段より少し重かった、たぶん。
「ヒッグス粒子の影響を受けないのは、光だけです。全宇宙最速なのも、他の物質が一生懸命『水泳』してる中、独りだけプールサイドを走ってるからなんですよ」
ハイネは滑稽な例え話で、観客の笑みを誘う。
しかし、半平は光のズルさに、顔を顰めるばかりだ。
一等賞を取って当たり前だ。
プールサイドを走っていいなら、イアン・ソープにだって勝てる。
「前置きが長くなりましたが、話を恒星に戻します」
ハイネは咳払いし、緩んでいた表情を引き締める。
「恒星の水素は、約一〇〇〇万度で核融合を始めます。これほどの高温を生むのは自重――重力による収縮です」
ハイネは左手で右手を包み込み、ぎゅうっと押し潰す。
「恒星は四六時中、自分自身の重力に押し潰されています。具体的に言うなら、重心に向けて、内側に引っ張られているんです」
恒星が概ね球体なのも、重力の仕業らしい。
「球体の表面から中心――球体の重心へ引いた直線は、必ず同じ長さになりますよね? この線の長さは、重心へ引っ張られる強さに相当します。つまり球体だと、表面に掛かる重さが等しくなる。力学的に一番安定した形なんです」
一度断言し、ハイネは補足する。
「とは言っても、実は完全な球体ってわけでもないんですけどね。回転する物体には、遠心力が働く。ほら、バットを振ると、外側に引っ張られる気がしますよね? あれが遠心力です」
やあっ!
スピーカーから豪快な掛け声が響き、バサッ! と腕を振る音が続く。
どうやらマイクの側で、一本足打法的なアクションが行われたらしい。
「恒星も地球と同じように自転してます。回ってるってことは、当然、遠心力が発生するんです」
遠心力は自転軸――地球儀に当てはめるなら、回転の軸になる棒から見て、横に星を引っ張る。結果、星は球体より少し横に広い、楕円形になるそうだ。
「自転の速度に比例して、遠心力は強くなります。自転周期が二五日の太陽とかは、ほぼ球体ですね。でも、これが約七時間で一周するアルタイルになると、ミカンみたいになっちゃってます。か~な~り平たいです」
「アルタイル」と言う名前には、半平も聞き覚えがある。わし座の一等星で、はくちょう座のデネブ、こと座のベガと夏の大三角形を形作る星だ。
「日本では『彦星』さんって言ったほうが、通じやすいかも知れませんね。ベガは『織姫』さん、デネブさんはキャンディーをくれたりします」
厳密には、地球も完全な球体ではないらしい。ただ本当に微妙な話で、「球体ではない」と言い切るほどの誤差はないと言う。
何でも地球上で球体とされているほとんどの物体より、地球のほうが完璧な球体に近いそうだ。逆に言えば、「地球が球体でない」と仮定すると、地球上の球体はほぼ球体でないことになってしまう。
「核融合は星の中央から始まります。球体の重心で、『燃料』の自重が集中する場所です」
核融合の「灰」として出るヘリウムは、恒星を形作る水素より重い。水に沈めた鉄と同じで、外に出ることは出来ない。そのまま星の中央に溜まっていき、「核」のようになる。
「最初の核融合は、中心の水素を使い切った時点で一度途絶えます。重力の集中する中央と、それ以外の場所とでは、そもそも温度が違う。ヘリウムが熱源になる条件も整っていません。中心以外の水素は、核融合の始まる温度に達しないんです」
恒星は核融合で自らを熱することで、外向きに膨張している。
この力は内向きに働く重力に対抗し、星が潰れるのを防いでいる。
当然、核融合の出来なくなった星は、重力に対抗する術を失う。結果、星は押し潰されていくばかりとなり、ヘリウムの核もまた容赦なく圧縮される。
「核融合の燃料は、『収縮』ですよね? 勿論、圧縮されたヘリウムの核も熱を発します。この熱が核を包む水素に伝わって、核融合を再開、促進するんです」
激しく燃え立つ水素によって、星は外へ広がろうとする力を増大させていく。
こうなるともう、強大な重力でも押さえ付けられない。
有り余る膨張力に従い、星は今までになく肥大化していく。
「大きくなった分、熱は広い範囲に分散して、星の表面温度は下がっていきます。そしてそれまでより冷えた星は、アンタレスとかベテルギウスみたいに『赤く』見えるようになるんです」
ハイネ先生的には、可能な限り噛み砕いて説明してくれているのだろう。
だが正直、半平の脳内では「?」がランバダしている。
核融合だの膨張だの、中卒の手に負える話題ではない。
「簡単に言うと、気球なんです」
優しく切り出し、ハイネ先生は補習を開始する。
「萎んでる気球をバーナーで温めると、風船みたいに膨らみます。熱せられた空気が膨張するからです。このバーナーが『核』、空気が『水素』で、気球が『恒星全体』なんです」
ハイネの説明を聞いた半平は、嘘のように膝を打つ。
身近な現象に置き換えてもらえれば、ランバダな「?」もイチコロだ。こう判りやすい例え話がすぐに出て来ると言うことは、やはり普段から解説員を務めているのだろう。
「赤く膨れ上がった星は、『赤色巨星』と呼ばれます。特に大きい――具体的には太陽と比較して、質量が一〇倍以上、直径が数百倍を超える場合は、『赤色超巨星』って言います」
ハイネはアンタレスに目を向け、灰色の瞳を真っ赤に染める。
「アンタレスも赤色超巨星で、直径は太陽の七二〇倍に相当します。そうそう、さっきお話ししたベテルギウスも、赤色超巨星なんですよ。太陽系の中心に置くと、水星、金星、地球、火星と呑み込んで、木星に達してしまうほど大きいんです」
老若男女、熱い色と言えば赤だ。
暑さを表現するのに、青や白いクレヨンは使わない。
だがその実、赤い星は星の中でも、温度が低いのだと言う。




