箸休め 深海紳士録 ⑤狙われた深海魚
番外編です。
本編では語れなかった雑学を紹介しています。
今回は前回に引き続き、回転寿司やスーパーで見られる深海魚のお話。
我々の家計を大いに助けてくれている彼等ですが、色々と問題もあるようです。
深海の生物を紹介する今回のシリーズ。
前回紹介したように、回転寿司のネタには深海魚が少なくありません。
わざわざ海の底から材料を調達してきているのには、幾つか理由があります。
まず何と言っても大きいのが、値段でしょう。
ヒラメの「えんがわ」は、確かに美味です。
しかし同時に稀少で、安い価格で提供するのは無理があります。
そこで回転寿司では、「えんがわ」にオヒョウやカラスガレイなどの「カレイ」を使っています。
カラスガレイは水深400㍍から1000㍍付近に棲息する深海魚で、「ギンガレイ」と言う呼び名でも知られています。日本海、北太平洋、オホーツク海、北極海と広範囲に分布し、名前の通り黒っぽい身体を持ちます。
一方、オヒョウは超巨大なカレイとして有名な魚です。
最大で3㍍を超える巨体は、お祭りの際に使う大きな団扇を彷彿とさせます。
確かに彼等なら、一匹から何十人分も「えんがわ」が取れそうです。ただし、巨大化するのはメスだけです。オスは最大でも1.5㍍ほどにしかなりません。
オヒョウはオホーツク海や北極海を住処にする魚で、日本の北方でも水揚げされます。水深400㍍から1100㍍程度の範囲に分布し、他の魚やカニ、エビなどを食べて暮らしています。
オヒョウのように巨大な生物が獲れることも、深海魚が重宝される理由の一つです。
回転寿司には、毎日たくさんの客が詰め掛けます。
消費量を考えるなら、一匹から多くの材料が取れるに越したことはありません。また一匹から得られる材料が増えれば、必然的に安い値段で提供することが可能になります。
深海で生物が大きくなる理由は、現在も判っていません。
本編や当シリーズの冒頭でも書いた通り、深海はエサの乏しい場所です。
本来なら生物が成長しにくい環境なのですが、現実にはダイオウイカのような大物が存在します。むしろ陸上や浅い海では小型の生物が、深海では巨大化する傾向にあります。
我々がよく見掛けるダンゴムシは、小石より小さな生き物です。しかし同じダンゴムシの仲間でも、深海に棲息するダイオウグソクムシは体長50㌢にも成長します。
更に水深50㍍から600㍍に棲息するタカアシガニは、カニどころか節足動物の中で最大の生物です。長い足を広げると、最大で4㍍近くになります。
確かに巨大な身体には、多くの栄養を溜めておけると言うメリットがあります。また小さな生き物より、外敵の攻撃を受けにくいのは事実です。しかし同時に栄養の消費量が増えると言うデメリットもあり、巨大化することが最適解とは言えません。
しかも深海を住処にしているからと言って、全ての生物が大きくなるわけではありません。むしろほとんどの生物は、常識的なサイズに収まっています。
図鑑で目にする深海魚は、いかにも化け物のようです。
しかし実物を前にすると、拍子抜けするほど小さなことが少なくありません。
真実がどこにあるにせよ、深海にはまだまだ我々の知らない秘密が隠されているようです。しかし一番奇っ怪なのは、生態もよく判らない生き物を食う人間かも知れません。
とは言え、今や浅い場所に食指を伸ばしているだけでは、胃袋を満たすことは出来ないでしょう。
この数十年間で、水産物の輸入量は二倍以上に増加しました。1980年にはおよそ100万㌧でしたが、2013年にはおよそ250万㌧にも達しています。
ただでさえ日本人は、魚が大好きな民族です。水族館の魚を前にした時、食えるかどうか気にするのは日本人だけだと言います。
またここ数十年で、魚を消費するスピードは格段に速くなりました。
街には何件ものコンビニが立ち並び、魚を使ったおにぎりを大量に陳列しています。しかも、それらは一日に何回も入れ換えられています。
スーパーの数も、数十年前とは比べものになりません。
どこの店を覗いてみても、総菜コーナーには魚を使った商品が置かれています。魚のフライを挟んだパンは、パン売場の定番商品です。
また飲食店の数も、格段に増えました。
大きな通りや繁華街には、必ず回転寿司の店があります。
ヘルシー志向の昨今、魚を使ったハンバーガーは大人気です。
古くから食べてきた魚に頼っているだけでは、到底、供給量が足りません。ニーズに応えるためには、どこかから魚を探してくる必要があります。
日本人に助け船を出したのは、他でもない深海でした。
1970年から1990年に掛けては海外の漁場が調査され、食用になる深海魚が多数見出されました。今回紹介したカラスガレイ、そして前回取り上げたメルルーサやホキも、この時に目を付けられた魚です。
我々が好きな時におにぎりを、寿司を、ハンバーガーを食べられるのは、深海魚のおかげに他なりません。恐らく今日の食卓は、深海魚なしには成り立たないでしょう。
勿論、深海魚に頼った現状に、問題がないわけではありません。
大々的に漁業を続ければ、当然、深海魚の数は減っていきます。
深海魚には長生きする魚が多いのですが、その分、繁殖出来るようになるまで時間が掛かります。一度、大人の魚を取り尽くしてしまうと、なかなか増やすことが出来ません。最悪、一気に絶滅してしまうおそれもあります。いつまでもおいしいご飯にありつけるように、今後は彼等を守っていくことも必要です。
参考資料:深海魚 暗黒街のモンスターたち
尼岡邦夫著 (株)ブックマン社刊
特別展「深海 ―挑戦の歩みと驚異の生きものたち―
公式図録
国立科学博物館 海洋研究開発機構
東京大学執筆
読売新聞社 NHK NHKプロモーション発行
似魚図鑑
伊藤淳発行 (株)晋遊社刊
農林水産省 webサイト
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h22_h/trend/1/t1_2_1_2.html
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h25_h/trend/1/t1_2_4_2.html




