箸休め 深海紳士録 ②深海に潜むゾンビとは!?
番外編です。
前回に引き続き、深海に棲む生物を紹介しています。
第二回目は、クジラの骨に巣くうゾンビたちの話。
美しくも不気味な彼等は、一体何者なのか?
詳しくは本文をお読み下さい。
深海の怪奇な生き物を紹介する今回のシリーズ。
前回は鯨骨生物群集の中から、死骸の肉を貪る生物を紹介しました。
彼等によってクジラの肉が食べ尽くされると、「骨侵食期」と呼ばれる時期が始まります。
この時期には骨から栄養を得る生き物が出現し、クジラの死骸を更に分解します。そう、身がなくなっても、クジラの周囲から生き物が消えることはないのです。
骨侵食期の代表的な生物と言えば、何と言ってもホネクイハナムシでしょう。
ホネクイハナムシは多毛類の一種で、クジラの骨に根を張って生活しています。
多毛類とは、ゴカイの仲間を指す言葉です。彼等はヒル類や貧毛類と共に、環形動物と言うグループを形成しています。
あるいはホネクイハナムシ以上に、「多毛類」と言う名が相応しい生き物はいないかも知れません。
彼等は赤い毛にそっくりで、4本に分かれています。
大きさは1㍉から7㍉ほどで、触れると骨の中に引っ込んでしまいます。
クジラの死骸に群生する姿は、あたかも骨に髪が生えているかのようです。多毛でない方が見たなら、思わず頭に移植したくなることでしょう。
またホネクイハナムシの姿は、赤い花にも喩えられます。
現に「ホネクイハナムシ」と言う名は、花が咲いているように見えたことに由来します。発見者は海洋研究開発機構に所属する日本人で、2006年に鹿児島県で見付かりました。
この時、ホネクイハナムシが付着していたのは、人間が沈めたマッコウクジラでした。
前回も説明しましたが、近年ではクジラの死骸を海底に沈める試みが行われています。これによって人工的に鯨骨生物群集を作り出し、研究を進めています。
実のところ、外側に露出している部分はエラに過ぎません。
情熱的な色の正体は、酸素を運ぶ血液です。一見すると蛍光色の体液でも流れていそうですが、ホネクイハナムシの身体には赤い血が流れています。
彼等の本体は、「根」です。
根の大きさは1㌢程度で、外見は植物の球根に酷似しています。とは言え、自然界ではクジラの骨の中に埋まっており、見て取ることが出来ません。
そもそもホネクイハナムシの身体は、冠部、胴体、根の三つで構成されています。
まず冠部とは、先に紹介したエラのことです。
クジラの骨の中は、酸素が多くありません。
そのため、わざわざエラを外に出し、呼吸を行っています。
次に胴体とは、根とエラの間にあるチューブ状の部分を指します。先にも書きましたが、刺激を受けたエラは、この部分に引っ込んでしまいます。
ホネクイハナムシの胴体は粘液を分泌しており、幼生と呼ばれる子供や卵を付着させています。
そしてここにはもう一つ、あるものが棲み着いています。
何を隠そう、彼等のオスです。
驚くべきことに、クジラの骨に「咲いている」ホネクイハナムシは全てメスです。
彼等のオスは非常に小さく、肉眼ではほぼ見て取ることが出来ません。また骨に根を張ることもなく、多数のオスが一匹のメスに付着し、一生を過ごします。
彼等の本体である根の部分は、骨を分解する酵素を出します。
これによってクジラの骨を分解し、内部の有機物を取り出しています。
特に重要なのが、脂です。
クジラは非常に脂肪の多い生き物で、体脂肪率は40㌫にも達します。
しかも肉や皮だけでなく、骨の中にも脂を溜めています。
その量たるや、50年近く前に作られた骨格標本から、未だに脂が滴ってくるほどです。一匹から大量の脂が採れるため、かつては積極的に捕鯨が行われていました。
多量の脂は、ホネクイハナムシの栄養源にもなっています。
とは言え、彼等には口も消化管も肛門もありません。
では一体どうやって栄養源を取り込んでいるのでしょうか。
実はホネクイハナムシの根には、有機物を栄養源にする細菌が共生しています。自力でエサを食べられないホネクイハナムシは、彼等に栄養を分けてもらっていると考えられています。
とは言ったものの、どうやって栄養が受け渡しされているかは判明していません。また一説には、ホネクイハナムシ自身に栄養を吸収する力があるとも言われています。
真偽はともあれ、ホネクイハナムシに骨を分解する力があることは間違いありません。
事実、彼等に根を張られた骨は、内部がスカスカになってしまいます。死骸に群がるおぞましい習性から、「ゾンビワーム」と呼ばれることも少なくありません。
実のところ、彼等はクジラよりずっと長い歴史を持っています。
クジラの祖先が海で暮らすようになったのは、今から約5000万年前のことです。一方、ホネクイハナムシは、1億年以上前から棲息していたと考えられています。尚、クジラの祖先に付いては、『亡霊葬稿ダイホーン』の「箸休め」(『鯨偶蹄目について クジラ≒カバ?』)をご覧下さい。
一説によれば、クジラが出現する以前、彼等は首長竜の骨を住処にしていたと言います。
事実、首長竜の化石からは、現在もクジラの骨に棲息する貝が発見されています。それどころか、ホネクイハナムシに食べられたと思しき痕跡も見付かったそうです。
恐竜が繁栄を謳歌していた時代、海もまた巨大な生物で溢れかえっていました。海中には今以上に、特大の骨が転がっていたことでしょう。もしかしたら太古の深海は、真っ赤な色に染まっていたのかも知れません。
参考資料:深海魚 摩訶ふしぎ図鑑
北村雄一著 保育社刊
特別展「深海 ―挑戦の歩みと驚異の生きものたち―
公式図録
国立科学博物館 海洋研究開発機構
東京大学執筆
読売新聞社 NHK NHKプロモーション発行
サイエンスZERO 「独占密着! 深海探査 巨大白骨の謎に迫れ」
2014年1月4日放送 放送局:NHKEテレ
JAMSTEC 海洋研究開発機構
http://www.jamstec.go.jp/j/




