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②ニートがJSに罵倒される話

 第一章は今回で終了です。

 次回からは昆虫が色鮮やかな理由を解説していきます。

「きょ、きょきょきゃきょく、今日もいい天気っスね」

 半平はどもった。

 しかも、噛みまくった。

 間違っても、女子が苦手なわけではない。現に同級生とは普通に話せていたし、男女のグループで夏祭りに行った経験もある。


 やけに早口になって、しばしば滑舌が妖しくなる――。


 そんな現象が起こるのは、ハイネと会話している時だけだ。


「買い物のきゃえり?」

 問い掛けながら、半平はハイネの右手を見る。

 彼女のげたトートバッグからは、豪快に長ネギが突き出ている。

 脇に抱えているのは、一二ロール入りのトイレットペーパー。

 スーパー帰りのオカンでも、ここまで所帯臭くはない。


「こっちのほうに来るなんて、珍しいじゃん」

「ええっと、ちょっと用事が出来ちゃって……」

 なぜか照れ臭そうに返し、ハイネは背後を盗み見た。


 少し先の曲がり角に、まぶたを腫らした男の子が立っている。

 鼻水の跡を光らせたその子は、満面の笑みで手を振っていた。

 傍らにはエコバッグを持った母親が立ち、深々と頭を下げている。


「ま~た迷子のお相手っスか」

 半平は頭を掻き、呆れ半分、感心半分の溜息を漏らす。

 外見以上に内面のお美しいハイネが、泣きべそをかく子供を放っておけるわけがない。重々判ってはいるが、こう毎日だと少し脱力してしまう。


「そういう半平さんは?」

「俺は……これ」

 口ごもりながら答え、半平は竹箒たけぼうきを振る。

 ハイネを揶揄やゆした直後にこれでは、さすがに決まりが悪い。

 毎日毎日辟易(へきえき)とするほどお節介を焼いているのは、自分も一緒だ。


「なんつーか、変わんねぇな」

「変わらないですね、半平さんも」

 お互い誤魔化し笑いを浮かべた拍子に、半平とハイネの視線が重なる。

 にわかに鼓動が速まり、半平の胸に淡い温もりを広げていった。

 急速に気恥ずかしさが膨らみ、半平の視線を上空に誘導する。

 視界が青空に染まった途端、二人の間にエリが割り込んだ。


「ねーちゃん、はんぺーのカノジョー?」

「バッ!」と「カ」のない怒声を響かせ、半平は口角から泡を飛ばす。

「動揺してるぜ、はんぺーのくせに! 生意気だー!」

 まくし立てる博士を余所よそに、小太りの少年がハイネに近付く。

 あんぱんのように丸々したほっぺには、ふとしと言う名前以外思い付かない。


「どうなの~? はんぺーと付き合ってるの~?」

「いえ、お友達です」

 ハイネさんは即答した。

 即答しやがった。

 割と無表情で。


「はい」と言う返事を期待していたわけではない。

 期待していたわけではないが、理解して欲しかった。繊細なオ・ト・コ心を。

 バッサリと切り捨てられたせいで、半平くんのハートは粉々だ。


「フラれたー! はんぺん、フラれたー!」

 三人組は素早く半平を囲み、小猿のように跳ね回る。

「やっかましい! 俺は半平だ! ドーソンでもヘヴンでも売ってねぇ!」

 半平は凶器の竹箒たけぼうきを振り上げ、三人組に突っ込む。

 カーブミラーに映る顔は、完全に「はかむら」だ。


「逃げろー! フラれ菌が移るぞー!」

 盛大に叫びながら、三人組が逃げ去っていく。

 三つの影は一瞬にして疾風と化し、あっと言う間に視界から消えた。

 日本の体育教育は、憎たらしいほど優秀だ。


「……ったく、マセるのは毛が生えてからにしろっての」

 多治見たじみ洋蔵ようぞう……ゴホン、半平は毒突き、猟銃……じゃなかった、竹箒たけぼうきを下ろす。


 にしても、「フラれ菌」……。


 明日、雨だったらどうしよう。枕が干せない。


「半平さんもあの子たちも元気ですねえ」

 ハイネは何度も頷き、微笑ましそうに目を細める。

 ランドセルが似合う見た目のくせに、やんちゃな我が子を見守るような顔だ。


「時々一五とは思えない表情するよな、ハイネって。念のために言っとくけど、俺のほうが一つ年上だからね。背も全然、俺のほうが高いし」

 半平は唇を尖らせ、これ見よがしにハイネを見下ろす。


「そ、それはその、精神年齢と言うか、ねえ……」

 なぜかよどみ、ハイネは引きつった笑みを作る。


 何気ない一言に、この狼狽ぶり……。


 まさか合法ロリ……ゴホン、とんでもない童顔で、一〇歳以上サバを読んでいるとか?


「あ、そうでした! 私、半平さんに渡したいものがあったんですよ!」

 大袈裟に手を叩き、ハイネはトートバッグを漁りだす。

「それはありがたいんでございますけど……」

 言葉とは裏腹、半平は眉間にしわを寄せた。

 

 声が濁るのには、理由がある。

 

 電柱のかげだ。


 トーテムポールっぽく頭を並べた三人組が、こちらの様子をうかがっている。


 指をくわえ、ヒューヒュー鳴らしているのは、最上段のエリ。

「ジャジャジャジャーン♪ ジャジャジャジャーン♪」

 真ん中の博士は、姉の披露宴で聞いたクラシックを口ずさんでいる。

 二つの頭を載せ、しきりにキューを出しているのは太。

 チュ~っとタコさんのように突き出した唇は、何のメタファーだろうか。


「……場所、変えようか」

 提案するやいなや、半平はハイネの手をかっさらい、はぐれメタルのように駆け出す。トーテムポールなんぞに冷やかされながら、女子と語り合う趣味はない。


「え? え? え?」

 唐突に手を引かれたハイネは、一回ごとに疑問符の音量を上げる。

 半平はお構いなしに彼女を牽引けんいんし、三人組から離れていった。


「あー、待てー!」

「さては『ご休憩』とかしに行く気だなー!」

 トーテムポールは三つに分裂し、半平を追う。途端、ギャースギャースとプテラノドンっぽい絶叫が轟き、半平の鼓膜を貫いた。

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