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プロローグ

　遠い日の、鮮血にまみれた記憶。

　手が白くなるほど握りしめていた、三日月の首飾り。

　暖炉の奥にある秘密の抜け道。

　追いかけてくる、身も凍るような叫び声に耳を塞ぎながら、震える小さな体を両腕で抱きしめていた。

　耳を突くような鋭い叫び声が暗闇に木霊し、それすら飲み込む夜の静寂が辺りを覆っていく。

　一人で震える夜は過ぎ、白い太陽の光が夜の闇を吹き飛ばす。

　閉じられた扉の向こうでは、いつものように優しい笑顔が少女を招き入れてくれるはずだった。

　……すべてが夢であったかのように。

　ゆっくりと開けられた扉から、未だ夜の居座る家の中に眩しい朝日が忍び込む。

　薄暗い部屋が、真紅に染まっていた。頭の奥にまで響く生暖かい異臭に、少女の胸が警告の鐘を打ち始めた。

　窓ガラスにべったりと張り付いた赤が、朝日を浴びて宝石のような雫を滴らせている。窓も、床も、夕食が用意されていたテーブルの上も、部屋中すべてが鮮やかな赤一色に染め上げられていた。

　床に散らばる、夕食の残骸とは違う、それ。見た事もないおぞましい姿をした塊は、けれどなぜか少女の心に強く刻み込まれてしまう。視界に映るそれが、涙で更に醜く歪んだ。

　ふらりと傾いた体を支えようとした足が、ぬるりと滑る。足元をすくわれて床の上に倒れこんだ小さな体が、思っても見ないほどねっとりとした赤に絡みつかれ、瞬く間に汚れていく。より一層鼻を突く異臭に、少女が思わず目を開けた。

　彼女の目の前に、母親の顔があった。

　目を見開き、大きく開いた口から血を吐き出し、恐怖に怯えた表情のまま時を止めていた。

　もう何も映さないガラスの瞳に、少女の顔が映っていた。

　朝日が昇り、惨劇の小さな家を照らし始める頃。青空を割るような激しく鋭い叫び声が、村全体に響き渡った。