キズナ
※注意
この話に出てくる登場人物、そして彼らの事情 背景の設定はとある少年漫画家さんのお話を借りています。
登場人物の名前は変えてあるため、二次創作タグは付けておりませんが、あれ?と思う方がいるかもしれません。
伝者シリーズの主人公は伝者の少女なので、他の登場人物はこの話にしか登場しません。
そのことをご理解の上、読み進めてもらえるよう、お願い申し上げます。
音が消えた。
肌を撫でていた冷たい風は感じられなくなり、街中特有の喧騒も聞こえなくなった。
時が止まった中で唯一動くことのできる三人の男子生徒達は辺りをキョロキョロと見回し、不安げな表情を浮かべている。
「はじめまして。」
『!!?』
突如聞こえた聞き慣れぬ高い声。
声が聞こえてきた前方に視線を向けると、そこには淡い灰色の髪と目の少女がいた。
「お前が…この訳の分からない現象を作ったのか?」
三人の真ん中に立つ小柄な少年の問いに少女は小さく微笑んだ。
「その問いに対する答えはyesかな。」
「…僕達を今すぐ戻せ。」
「その前に君達に一つ、質問があるんだ。」
「質問?」
頷いた少女は左手を前に出した。少女の左手はほのかに光っており、よく見ると水色の紐がついた鈴が三つあった。
「私は伝者。死者の想いを伝える者。」
「伝者…?」
首を傾げた左端の少年に小さく微笑み、少女は言葉を紡ぐ。
「私はあなた達に依頼者 透野蓮斗さんの想いを伝えに来ました。」
少女の言葉に全員の目が驚きで見開かれる。
透野蓮斗。その名前は少し前に失ったばかりの仲間の名前だった。自分達を受け入れ、支えてくれたかけがえのない仲間。
二ヶ月前、交通事故にさえ遭わなければ、彼も今ここにいたのだ。
「どういうことだ。」
「どうもこうも、言葉通り。
透野さんは最後に君達に伝えたいことがあった。その強い想いが伝者、つまり私に届いた。私は彼の言葉 を受け取って、君達に渡す仲介者みたいなもの。」
「信じると思うか?」
「でしょうね。
なら、こんな言い方もできる。彼次弟だけど、透野蓮斗に会いたい?」
「会いたいに決まってんだろ!」
叫んだのは、左端の色黒の少年だった。
「あの日だって、「また明日。」っつって別れたんだよ!
なのになんで………話さないといけねぇこともあったんだ!」
泣くのをこらえ、叫ぶ彼を二人は静かに見守っている。
透野蓮斗が死んだと知らされたあの朝から一度も、彼は泣かなかった。ただ一人、何かに耐えるような表情を浮かべては涙を流すことを耐えていた。
「会いたいなら、この鈴を取るといい。
ただし、会えるかは透野さんの意思次弟だし、鈴を取ったらあなた達は透野さんの想いを受け取ることに なる。
受け取り手への怨みとかが残されてた場合も少なくない。
それでも、会いたいと願うなら…」
少女が最後まで言い終わらないうちに、三人全員が鈴を手にした。
「蓮斗の言葉なら、なんであろうと受け取るさ。」
「俺もまだ、言いたい事があんだよ。」
「俺、まだ蓮斗君にお礼言ってないんス。」
「鈴は彼の想いを具現化したものです。異世界…私達が境界と呼ぶ所で鈴は彼の想いをあなた達に伝えてく れるはず。」
「境界?」
右端の、一番背の高い少年の疑問に結月は口を開いた。
「あの世とこの世の間の世界。
依頼者の深層心理や望む世界が鈴によって映される世界。
どうなっているかは、行くまで私達 伝者にも分からない。」
「どんな世界が今まであったんだ?」
「色々。深海だったり、丘や小川があったり…妖精がいたり魔法が存在していたり」
その人の馴染み深い場所が多いそうだが、中には想像の世界を作っていたりもあったらしい。
「ただし、絶対にこれだけは守ってください。」
と少女は三人を見上げる。
「その鈴は手放さないでください。」
帰るための道しるべに必要ですから。
と締めくくった少女だが、三人はいまいち理解できていない。
しかしそんなことはお構いなしと言わんばかりに少女はスカートのポケットから三人の持つ鈴とよく似た、しかし紐の色が黒で白い鈴を取り出した。
「では、いきますよ。」
少女が鈴をリン…と鳴らすと、鈴から光が溢れだし、浮遊感が彼らを襲った。
足が地面らしき硬いモノを踏み、浮遊感も消え、三人はゆっくりと目を開けた。
そして、目の前の光景に目を奪われる。
「長年 伝者をやってきたけど、こんな賑やかで、穏やかな境界を見たのは初めてだよ。
しかも、これは自身じゃなくて君達のための世界だ。」
三人の目の前には体育館があった。
それも、自分達が使っているのと変わらない体育館がそこにはあった。
その体育館で、自分達は笑ってバスケをしていた。
周りも笑顔で、切磋琢磨しながら練習を楽しむ自分達がいた。
「こんなの、最初でも無かったっスよ…」
「蓮はずっとこういう風に、笑ってバスケがしたかったのか…?」
「ふざけるな!」
小柄な少年の鋭い声に、二人の目にも暗い何かが宿る。
「こんなもの、幻想でしかない。
僕らが何を強要され、どんな感情にさらされていたのか…蓮斗だってよく分かってるはずだ!」
小柄だが、圧倒的技術を持っていた砥上征夜。
見た目通りのパワープレイを得意とした伊坂翔。
恵まれた体格で絶対防御を成し遂げていた松江良平。
そして、天才と呼べる才能があったわけではないが、努力で独自のプレイスタイル―パス回しに特化した技術を身につけた透野蓮斗。
周りや上級生を優に超える才能を持っていた三人と、その三人に努力で追いついた一人の秀才。才能が開花した三人に、彼らを支える秀才。そんな四人にとって勝利なんて造作もなくなった。
才能があるゆえの悩みなんて周りからは妬まれるだけで…。
いつしか三人は蓮斗と自分たち以外を受け入れなくなり、楽しみが無くなったバスケから離れようとしたが宣伝や名誉などといった大人の事情によって退部は許されなかった。それに、自分たちを受け入れてくれた蓮斗の為にも彼らは残った。
その後、彼らにとって勝つことは義務になり、試合はただの見世物になり、練習は意味の無いものになった。
ただ上手くなりたくて、勝ちたくて練習した結果、三人はバスケを嫌った。蓮斗もそんな三人の気持ちを察していたのか…何も言わなかった。
皮肉なことに神様は、バスケを愛した彼らに多すぎる見返りを与えたのだ。
だから今、目の前にある“皆で楽しくプレイするバスケ”は絶対にありえないのだ。
「蓮斗は、チームメイトから嫌がらせを受けても信じていたな…。
だが、こんなことは絶対にありえない。」
「そうっスよ。
俺らがどんなことされたか…蓮斗君が一番酷かったのに、まだ信じてるんスか?」
「なぁ、蓮。お前はいつか分かってもらえるっつってたけどよ。そんなん信じれるわけねぇだろ。」
賑やかな体育館は三人が否定すると霧が晴れるかのように姿を消した。
後に残ったのは砥上達三人と、静かになった体育館。
そして、三人が仲間と認める透野蓮斗の姿があった。
蓮斗は静かになった周りを寂しげに見つめ、三人に向かって苦笑を浮かべた。
「僕の想像は気に入りませんでした?」
「気に入るも何も、それ以前の問題だろう。
あちらも僕らも、互いを認めれるわけないんだからな。」
「…そうでしたね。」
「それで蓮斗、僕らに伝えたいこととは一体何だ?」
「まさかあの光景とか言うんじゃねぇだろ?」
「いくら蓮斗君でも、怒るっス」
「さすがにあれはやりすぎたと思ってます。
でも、言いたいことは似たようなことですよ。」
蓮斗の言葉に殺気だった後ろの二人を手で制するも、砥上も鋭い目でで蓮斗を見る。
「お前は、あんな奴らとやるバスケが楽しいと思っているのか?
あんな、人を嫉むことしか能がない奴らとのバスケを?」
不愉快そうに眉をよせる砥上と、怒りを露わにする後ろの二人を見て悲しげに蓮斗は笑う。
「違いますよ。だけれど、いつまでも僕らだけでいれるわけじゃないでしょう?」
「仲良しこよしをしてやる気は無いよ」
「ええ。僕も同感です。」
「ならなぜあんなこ「君達に、笑ってバスケを…してほしいんですっ!」
焦れたのか、絞り出すように告げられた蓮斗の本心。
驚きで固まる三人を真っ直ぐ見据え、泣きそうになりながら蓮斗は必死に言葉を発する。
「君達に、諦めてほしくないんですっ!
無理に今のチームメイトと仲良くしようとなんてしなくていいです。
だからって未来まで諦めないでください!」
「いつか必ず、僕以外に君達を理解してくれて、受け入れてくれる人がどこかに絶対いますから…」
「これは僕の我儘です。君達のプレイが好きだから、ずっと続けててほしい。
君達のこと が大好きだから、幸せになってほしいんです」
「未来の可能性を、諦めないでください……」
ぽろぽろと涙をこぼし、泣きながら必死に言葉を、気持ちを伝える蓮斗。
「君達は僕の光なんですから。もっと堂々としていてください。
周りの目なんて、放っといたらいいんです。
僕の大事な友達の凄さを理解できない人達を気にする必要ないんですから」
そして、涙が残る顔で満面の笑みを浮かべると、蓮斗は姿を消した。
「…え?」
「タイムリミット。
あまりここにいすぎると、未練を忘れた悪霊になって延々と境界をさ迷うことになるから」
ずっといたのか、それとも途中でどこかへ行っていたのか、気付けばまた目の前にいた少女が蓮斗が消えた理由を話す。
「なっ…言い逃げかよ…」
「相変わらず、逃げ足速いっスねぇ」
「……蓮斗はずっと、あんなことを考えていたんだな。
だとしたら、周りを拒絶していた僕らは奴らと変わらない、子供だ。
僕らは、あいつに何をしてやれたんだろうな…。」
自虐する砥上の言葉に、二人も顔を伏せる。そんな三人を見てため息をつくと、少女は 分かんないの? と少し馬鹿にしたように言う。
「私が誰に想いを伝えるかを聞いたとき、彼は迷うことなくあなた達の名前を出した。
家族じゃなくていいの?って聞いても変わらなかった。」
「それに、何もしてくれないで世話だけ焼かせる友人のことをこの期に及んで大好きなんて言わないし、あ んな誇らしげに語らないと思うけど?」
少女の言葉に顔を上げた三人の目には、ここに来る前の暗さはもうなかった。
「決意は固まったようだね。それじゃあ、帰ろうか。」
自身の鈴を慣らした少女。
景色が曲がり、三人は来た時と同じ強い光と浮遊感が襲う。
そして目を開けた時、そこは見慣れた通学路で、時は止まっておらず、またどこにも少女の姿は無かった。
「夢…だったのか?」
「でもあんなリアルな夢なんてねーよ…つーか三人同じ場所で、同じ夢とかなおさら…」
「いや…どうやら現実みたいだ」
砥上の手にしっかりと握られていた水色の紐の鈴。もちろん、二人の手の中にも同じものが残っていた。
その後、透野蓮斗を欠きつつも彼らは見事大会で優勝し、大会三連覇という偉業を達成する。
チームメイトとは最後まで上手くいかなかったが、蓮斗のことを信じた彼らは別々の高校に進み、そこで相棒といえる人物に出会えた。
三人を獲得した三つの高校は各大会で優勝をかけて争い、チームのエースとして戦う彼らは笑顔を浮かべている。
大事な友人と約束したんです。バスケをとことん楽しむ。とね。
中学の時はあれだったけど、今はこのチームが大好きっス!あの人のお陰っスね。
今なら胸張って言える。バスケが大好きだって。だからアイツには本当に感謝してんだ。
高校三年間を終えた彼らのインタビューの一部だ。
三人に中学時代、とても親しくしていた共通の友人がいたらしいことを噂で聞いた記者がその友人のことを調べようとしたらしいが、中学時代は三人の天才に注目が集中しており、蓮斗の情報は見当たらなかったらしく……。
都内から少し離れた場所にあるお墓は記者に晒されるわけでもなく、今でもひっそりと、かつての友人を迎えている。
そのお墓に花を添えたばかりの少女は立ち上がり、六つの足音を耳にして微笑んだ。
風が少女の淡い灰色の髪をさらい、六つの足音がお墓を見つけたとき、少女の姿はどこにもなく、お墓には真新しい菊の花が。
一度だけ、リン…と鈴の音が風と共にお墓を撫でた。