7:勝利の余韻―Be to the next―
レイジスが拠点へ戻り、作戦の成功を宣言をしてから数時間後。ディーツの本部に戻ったレイジスは、大きく溜め息を吐いた。しかし、呆れた溜め息でも疲れた溜め息でもなく、満足感を感じる溜め息である。
何せ、長年待ち望んだ復興の開始だ。喜ばざるおえない。それに作戦も上手くいったようで、蟲の被害も最小であるし軍の被害は皆無と言っても過言ではない。勝利の宴の際は、あまりお酒を飲まないレイジスも思わず暴飲してしまうほどだ。それより先に暴走したバロローグを見て我に返ったが。
しかし、問題はここからである。軍の被害はなくとも、所詮は十三年前の事件から生き残った者達。数は軍というには少ないし、戦力も必ずしも高いとはいえない。だからこそ、蟲を率いるあの巨大蜘蛛を真っ先に倒すことにより、蟲を軍に引き入れようと画策していたが、所詮は蟲。知能は高くなく、コントロールをするには蟲を操る素質のある存在が必要だ。
「ノルディス待ち、か……」
ノルディスが引き取ったあの裸体の少女。あの蜘蛛の鎧を着て暴走をしていたとはいえ、蟲を統率する能力はあるといえる。彼女の協力は必須であろう。生きていたら、であるが。
それに、センチェスはあまりにも寂れてしまっている。復興するにも資源が足りないし労力も足りない。センチェス付近の調査、現在の世界状況を知る必要があるといえる。
課題は多い。ディーツの住民をセンチェスに引き上げるにはまだ早い。彼らには悪いが、しばらくはディーツでの活動が主になるだろう。
「レイジス~」
ディーツ本部の指令室に響き渡ったのはそんな少女の高い声であった。フィリアである。部隊の人気者である彼女があの宴会から逃げ出せたのか、とレイジスはふと思ったが、彼女の方を見ると彼女の目がトロンとしているのに気付く。
あいつら、フィリアに飲ませたな、と思わず心の中で悪態をつくレイジスだが、どうにか本部に戻ってこれたのを見る限り帰路を行く自我はあったのだろう。だが目的地に着いてしまったことにより、自我は崩壊する。
「れいじすれいじす~!」
「お、おい。やめろって! 抱き付くな! 押し倒そうとするなぁ!!」
酒にやられたフィリアはその勢いでレイジスを押し倒そうと身体を摺り寄せてくる。力と体型からレイジスが倒れることはないが鬱陶しくこの上ない。元々、フィリアは酒を飲める歳ではないのだ。レイジスでさえ数年前にやっと酒を飲めるようになったのに、フィリアが酒を飲めばこうもなろう。
恐らく、イルニスか誰かが彼女に酒を勧めたのだろう。フィリアは純真無垢で好奇心旺盛なので飲んでみたわけだ。そうしたら頭がクルクル回って、ここまでやってきたと……もしくは、宴から抜け出すレイジスを千鳥足で追ってきたのかもしれない。
「はぁ……。まぁ、大人になったということにしておこう」
そう言って彼女の頭を優しく撫でてやると、猫のように可愛く鳴いて、更に体を摺り寄せてくる。酒の匂いの中に未成熟な少女の甘い匂いがする。イルニスとは違う。淫らで濃厚な女性の匂いではなく、淡く果実のような少女の匂い。レイジスの鼻孔に突き刺さるそれに流されそうになるが、彼はその匂いからくる衝動から耐えようとする。
イルニスを妹とし、ライオットを幼馴染であるならば、フィリアは娘のような存在だ。彼の歳から娘などと言うのは変だが、その言葉がしっくりくる。三年前に発見された彼女は、今でこそ少し幼げが残るぐらいで身体に合った精神を持つが、当初は本当に子供のようであった。そう思うと感慨深いが、同時に感じるのは彼女の成長速度だ。三年で四歳程度の精神から十七歳相当の精神になるかといえば現実的ではない。学習能力、同時に潜在能力が高すぎる。ノルディスの薦めもあり、ヒーラーとして小隊の回復役を担当しているが、彼女はヒーラーとしての素質以外にもイルニスの魔術攻撃、ブラスターであったり、ライオットのような魔術支援、サポーターの素質を持ち合わせていると言われている。弱点といえば、純粋種なので体力が少ない点と扱える武器が杖ぐらいしかない点ぐらいだ。
むしろ、そのような弱点がなければ敵になった時のことを考慮して処分しなければならなかっただろう。これは個人としてより、軍を率いる将としてだが。だから、彼女がか弱い女性でよかったとレイジスは心底思う。
「しかし……」
娘のように可愛がったこともあり、イルニスの警戒圏外に入っているらしくイルニスの影響をよく受けているのは誤算であった。彼女からすれば理解していないのだろうが、イルニスの真似をしているうちに無意識の内にこうやって抱きつく癖がついてしまったのだ。男を誘惑するには十分で、何度ライオットからジト目をされたことか……。レイジスはそう振り返り同時に、自分は彼女を娘としてではなく女性として見つつあることに気づく。
レイジスは、はぁ、と溜め息をついてゆっくりとフィリアを引き離した。これ以上いると、自分の理性が抑えられなさそうだった。
「フィリア。自分の部屋に行きなさい。わかるか?」
「あぅ……わかった」
フィリアがそうしょぼくれながらも答えたのでレイジスは優しく頭を撫でて、部屋から退出させた。残ったレイジスはまた溜め息を吐いて、そして次なる作戦の動きに思いを馳せる。
「現状を考えれば、他国へ干渉し貿易をした方がいい。しかし、相手はあの四国だ。上手くいく可能性は低い。何より貿易をする資材もなければ現代の貨幣を持たない。宝石などの売れる物はあるが、俺達は現代の情報があまりにも少なすぎる」
課題はそこでもあった。動くにも情報の少なさがネックだ。十三年もの間に地理、思想、貨幣の変化があってもおかしくはない。そうとなれば、まず必要なのはこの時代に活動する無害の人物であった。
レイジスは思考する。中央の国が滅び、東西南北と別れた国は貿易に不自由になったはずだ。ならば相対する国を繋ぐのは何か。それは行商人だ。例えば、東の国の特産品を西の国に運べば金になる。地理条件があまりにも違うから、得られる物の価値が変動する。その差異で金を得る。このような美味い状況を見逃す行商人が発生しないわけがない。
「狙いは行商人……。となると鉱山があるオストラか、物珍しいとされるジーパか」
ディーツになぜか存在した十三年前の書籍から得た情報を元に次なる進撃国を考える。南の国オストラは鉱山と漁業の発展が特徴的な国だ。特に鉱山で得られた金属は北の国ロシューに輸出していた。しかし、ロシューは大陸髄一の軍国。もし今でも関係が続いているのであれば、南の国に手を出すのは早計だろう。
そうとなれば東の国、ジーパの周辺を散策。行商人が現れたら確保、連行。上手くいけば、いい商業相手となってくれるが、最悪の場合は相手に尋問をしないとならないだろう。レイジスの能力である心を読む能力は、相手が絶望、もしくは羞恥や屈辱を感じている時などの、余裕のない心境、隙がある時ほど効果を発揮する能力だ。逆に言えば、向こうがそのような状態でなければあまり効果は出ない。戦闘などで活かせない能力であるが、尋問の際は少なくとも有用できるかもしれない能力だ。
「こりゃ、一波乱あるな……」
レイジスは独りごちにそう呟いた。どちらにせよノルディスの報告待ちである。レイジスはゆっくりと目を閉じた。酒気はとれたが少し疲れていた。おかげで、レイジスは久しぶりに夢を見た。
◆◆◆◆
母が手を取って自分を引っ張るのが解る。何を急いでいるのか。母は子供のように無邪気な人であったから、このように少し強引な所はあった。でも、そこが子供ながら可愛らしく思えた。
その先に、黒い髪の少女がいた。歳は自分より下か。怯えているように見えた。でも、手を差し伸べると、彼女は笑った。
【技】
・パイル・ドライヴ
レイジスが得意とする魔法と剣撃の複合技。フェルヴェスを槍形態へ展開することにより魔法を槍状に変化、貫通力を向上する。攻撃後、槍状に固定した魔力を放出することも可能。ただしこの形態時は、刃の半分が展開しているため剣での受け止めなどは困難である。
この技自体はバロローグの教えたヨルロ流剣術をレイジスなりに改良した技である。通常の騎士よりも魔力に長けている彼ゆえの必殺の剣撃である。