6:理想のために戦う者達―Fight for ideal―
奇怪な巨大蜘蛛討伐のためにレイジス率いる部隊が、一斉攻撃を始めた。
前衛は三名。中央にレイジス。そしてそれに付き添うように、二人の騎士が剣を構えレイジスについていく。
後衛は三名。ライオットとイルニスは敵が発生する糸を爆炎魔法で焼き払い、レイジスを援護する。同時にライオットは簡易障壁をレイジスに展開し、レイジスの必殺の一撃をサポートする。そして、フィリアは攻撃を躱せずにダメージを負っていく前衛陣に自らの回復魔法でそのダメージを消していく。
「暗黒火葬ッ!!」
「闇の焔ッ!」
「聖域で嘆く者への唄ーっ!」
少女達の声が重なる中、レイジスは一瞬の隙を狙っていた。糸を捌いても本体が弱点部をガードするならば攻撃は無効化されてしまうだろう。だからこそ、迅速な行動と必殺の一撃を与える必要がある。
二人の騎士の攻撃でレイジスへの攻撃は減ったが、それでも隙は少ない。何より、攻撃するチャンスは尾をこちらに向ける攻撃時のみ。たった一手で崩壊する状況。だが、レイジスは剣をレイピアのように構えた。
「ライオット! 障壁に集中しろ!」
それが攻撃への合図だった。これまで魔法を放っていたライオットはレイジスへの障壁に意識を集中し、イルニスはライオットの分も魔法で攻撃する。二人の騎士は意識してレイジスが進むべき道を作っていく。
「簡易障壁……一重……二重……四重障壁、展開ッ!!」
ライオットが生み出す障壁が四重となり完成する。簡易障壁などと言うが、その障壁の完成度は簡易などとは言えないほどの高レベルな防御力を誇る。師であるノルディス直伝の障壁は、レイジスに降りかかる二人の騎士とイルニスが捌ききれなかった糸を守っていく。しかし、あくまで重ねた障壁は少しずつだが破壊されていく。
そして、レイジスが剣に魔力を送り込もうとした時、背後で少女の歌声が聞こえる。
「いって、レイジス。我らが希望の王」
それは彼女がレイジスに捧げる英雄の歌であった。勇敢なる者への聖歌。彼女の放つ、精神回復魔法。それは、レイジスの中にある闇を吹き消す、勇気の魔法だ。
彼女の歌を背に、レイジスは駆ける。彼の中にも死ぬかもしれないという本能による危機感は勿論ある。だが、それさえなくなった今のレイジスに勝る闇はない。
レイジスは愛剣、フェルヴェスに魔力を宿す。フェルヴェスの中心にある赤い宝石が心臓のように鼓動し、そしてそこから魔力が刃を覆っていく。そして遂には、先割れの剣から魔力が溢れ出し、巨大な槍状へと姿を変えていく。
「パイル――――」
ライオットの障壁が蜘蛛の攻撃により剥がれ落ちていく。最後の障壁が消え、同時に蜘蛛との距離はほとんどなくなった。尾も下降している。最後の一歩を踏み出すために右足に力を込め、そして剣を構え前進する。
「ドライヴッ!!」
鋼をも穿つ必殺の一撃。魔で貫通性能を上げ、鎧を通して肉体にダメージを与える突きの剣撃は、鋼の蜘蛛を容易に貫く。その一撃によって機能を停止する蜘蛛。レイジスは貫いたフェルヴェスをゆっくりと引き抜いた。瞬間、蜘蛛の開かれた空洞の中からレイジスに降り注ぐのは赤い体液であった。
その中でレイジスは違和感を感じ取っていた。自分が貫いた感覚が、どうにも想像していたものとは違うように思えたのだ。鋼を感じた。しかし、同時に感じたのは肉の感触だ。
蜘蛛はレイジスの剣が引き抜かれたことによって支えを失ったらしく、肉体を支えていた脚の力が抜け身体を地に伏せていく。レイジスは急いで退避し、その巨大な蟲の主の最期を看取った。
◆◆◆◆
「イルニス。騎士を連れて後方部隊へ合流してくれ。俺とライオットとフィリアはこいつを調査する」
「解りました。兄様もお早いお帰りを」
物分かりのいい妹に報告を任せ、レイジスは体液をできる限り振り払って、ゆっくりとその手で倒した蜘蛛に近づいていく。それに合わせて、ライオットとフィリアはレイジスに近づいてきた。
「どうしましたか、レイジス」
「いや、少し違和感がな。巨大な蜘蛛が鎧を着ているかと考えていたが、どうもそうではないらしい」
レイジスは自分の腕にこびり付いた赤い体液を見てそう言う。その実感は確かに蟲の体液に似ているように感じるがそれ以上に当てはまる物を知っている。血液だ。
「ライオット。今から解体作業をする。尾を切り離した後、フィリアと一緒に中身を調べてくれ。フィリア。ライオットが逃げ出しそうになったら、ライオットを抱き付いてでも逃がすなよ」
「うん、わかったー!」
「え……人を呼びましょうか?」
「いや、いい」
レイジスはフェルヴェスに魔力を送り込み、その魔力でレイジスの背丈以上の長剣を作り上げ、それで解体作業を始める。これは彼の興味心によるもので、長年センチェスを根城にしていた蜘蛛への細やかな復讐でもあった。
しかし、尾を切り離してから脚部などを切り外していっているが、どうにも先程のような生物を切ったような感覚を得られない。先程のような硬さもないし、軟弱に思える。
粗方切り終え、ふぅと溜め息を吐きライオット達を見た。結局、蟲怖さから逃げ出そうとしたのだろう。フィリアに抱き付かれ、嫌々調査をしているライオットであったが、何かを見つけたようで二人を見ていたレイジスを手招きする。
「レイジス。これ」
「ん?――――そうか」
レイジスが蜘蛛の尾の中身を見て納得したようにそう呟いた。生物を切った感覚、赤い体液の正体、何もかもが繋がる。蜘蛛の尾の中に眠るのは、裸体の女性であった。
「生きているか?」
「微弱ながら……というより、あなたが貫いたからかと」
裸体の女性の心臓部付近がむざむざに貫かれていた。これはレイジスの刃が原因であるのは言うまでもないことだ。レイジスはバツが悪くなったらしく、大きく溜め息を吐いた。
人を殺すことは復讐を決意した時点で躊躇をなくしたつもりだ。しかし、こうも隠されていて自分が殺してしまうとなれば心が痛む。それがレイジスの優しさであり甘さでもあった。
「こいつを救助する。何があったのか聞くべきだろうしな」
「ならば、私が彼女の救護を受け持とう」
ハスキーなその声がし、裸の女性を見ていたレイジス達はその声がした後ろを振り向く。黒く長い髪を腰まで伸ばし、如何にも魔女だといえる黒帽子を被っている。その身体は黒いローブで覆い隠されているが、見えなくても解るほどスタイルの良いその女性は、イルニスとライオットの魔術の師匠、ノルディスであった。
「あんたか。バロローグと一緒に拠点守護を任せていたはずだが」
「用済みだってさ。それに、イルニスにも貴方の助けになるように、と言われて来た。可愛い弟子の言い分だからね、聞いてあげなくちゃ」
こんな女性である。精神的にはいつも余裕があり、母性をも感じられるその物言いはレイジス達の相談役でもあった。ついでに、母性に関しては次点ではライオットである。残念ながらイルニスには母性はまだない。
ノルディスは裸の女性の元へ向かい、そして彼女をその蜘蛛型の鎧から引きずり出す。その手際の良さは、魔術師でありながら全部隊の衛生兵を統括する看護長ならではだろう。
女性を肩に担いで、ノルディスは早く戻りなさいよ、とレイジスたちへ言って拠点へ戻って行った。
「俺達も戻ろう。今後の作戦会議のこともある」
「そうですね。フィリア、行きましょう」
「うん!」
レイジスの言葉に少女達は賛同する。レイジス達の戦いはこれからなのだ。あくまで最初の大地を踏みしめたに過ぎない。
レイジスは崩れ風化している元センチェスの街並みを見て、そう決意を新たにする。
かくして、理想のために戦い進み行く者達の戦いは、勝利という結果を得て終わりを告げたのだった。
【ゲーム的ユニットデータ】
ユニット名:ノルディス・メインクロワ
属性:闇、火
職業:新センチェス軍衛生兵長、ヒーラー(回復担当)、ブラスター(魔術攻撃担当)
種族:淫魔と人間のハーフ
武器:エイテリブ(杖)
基本性能(基準を100とする)
体力:110 攻撃力:110
防御力:95 機動力:90
知力:150 魔力:195
説明:新センチェス軍の衛生兵長にして最強の魔術師。回復から攻撃魔法まで多岐に渡る魔術を使用する、イルニスとライオットの師匠。