5:光の国奪還作戦―Reclaim the Senchess―
理想のための戦いが始まった。
結界が破られたことによってディーツは無防備になるが、それは守護騎士たちによって守られる。それよりも、先行する部隊によって蟲達はその入り口に迫ることはできなかった。
本職である騎士としてはもう動くことの叶わない、前線指揮者であるバロローグが入り口の防衛指揮をしている中、レイジス率いる先行部隊はこの蟲の駆逐、そしてそれらを束ねるであろうボスの元へ向かっていた。
レイジスの少数先行部隊には、イルニス、ライオット、フィリアという選りすぐりの人材が集められている。斬撃と惨劇が繰り返される戦場で、フィリアは傷を負った兵士達の一時的な回復魔法を、ライオットは魔術師部隊の魔力調整と魔法攻撃、イルニスは魔術部隊と共に魔法砲撃で蟲を一掃している。
レイジスはある程度一掃された蟲を見て、蟲の体液で汚れた愛剣、フェルヴェスを振り体液を落とす。蟲は多いが脆弱だ。部下を見る限り、殺されたという部下はいない。
「ライオット、魔力反応は!」
「はい、前方に。恐らく、それが、この蟲達の、ボス、かと」
ライオットが区切るような言葉で状況を伝える。ライオットは基本的には不動でクールな少女であるが、本当に蟲が苦手で、言葉だけを震わせているのだ。それでも戦場で足手まといになっていないので、レイジスは彼女の精神状態を気にしながら、ふぅと息を吐く。
イルニスが魔力による暴力でほとんどを一掃してくれたおかげで、レイジスの体力はあまり削れていない。ライオットが発狂していないのも、彼女に近づくまでにイルニスが爆発しているからだ。
「兄様、大丈夫ですか?」
「お前こそ大丈夫か? 範囲攻撃の連続は疲れるだろ」
「ライオットが調整してくれているおかげで、魔力の無駄がないので大丈夫です」
ライオットが行っている支援魔術は魔力の無駄を削減する調整だ。これのおかげで少数先行部隊の魔力消費量は激減されており、イルニスのような魔力を大量消費する範囲魔術も連続して使用できていた。
レイジスは次に、部隊の後方で歌を歌っている少女を見た。淡く長い金髪を大地に垂らして、戦場の最中を歌で魔力を伝播させている少女はフィリアだ。稀代のヒーラーと、レイジスや魔術師ノルディスが称するほどの彼女の能力は、強力な範囲回復である。
「みんな、無理はしないで。死んじゃったら、治すものも治せないから」
「フィリア。お前こそ無理はするなよ。ただでさえ体力がないのだから」
「うん、大丈夫。レイジスは前に進んで」
三年前と比べて理知的な喋り方をするようになったフィリアはそう言って、あの頃見せた同じ笑顔をレイジスに見せた。フィリアの体力が他の種族より低いことを考慮しての編成だ。一点突破。短期決戦がこの作戦の狙いである。
目論み通り、蟲は彼らの前では無力。後方部隊からの連絡はまだないが、この程度ならばやられる心配はないだろう。バロローグの教えがこうも効いてくるとは、とレイジスは感心していた。
しばらく前進を続ける。それに連れて、蟲はその数を減らしていった。レイジスは違和感を覚える。前方の巨大な魔力の反応。それがもしこの蟲達のボスであるならば、その数は防衛のために増えているはずだ。
その状況を説明する正体は、彼らが行き着いた前方の生物によって説明される。
「……蜘蛛?」
「……機械?」
「……キメラ?」
「うわー、でっかーい!」
フィリアだけ子供染みた感想を述べるが、その感想もさして間違いではない。前方に見える巨大な生物。およそ蜘蛛の形こそしているが、その肉質は金属であった。しかし、中途半端に生物である肉も見えることから、その姿をキメラと称しても間違いではない。
だが問題は、その生物が自分と同じ種族であるはずの蟲を喰らっていることであった。
「共食いっ」
「にしては、少し違うようだな」
ライオットが引き攣った声を出すが、レイジスは冷静に分析する。一心不乱に蟲を喰らうその姿は、蟲とはいえ知性を感じられない。まるで、理性を失い暴走しているように見える。
「ライオット! 魔力による敵の調査を頼む」
「でも、調整がおざなりになりますよ!」
「大丈夫よ。ここまで十分に貯金は貯まったわ。さて、吐き出すわよ」
レイジスがライオットに調査を頼み、イルニスがライオットにその調査に集中するように促す。一瞬の戸惑いこそ見せたが、ライオットはすぐさま頷いた。
それを確認したレイジスとイルニスは、お互いの武器、フェルヴェスと生鎖、ガンドを構えその化け物の前に立つ。化け物もこちらに気づいたようで、足元にいる戦士達を見た。そしてその頭部の赤い複眼をギラギラと輝かせ、二人を見つめる。
「いくぞ、てめぇらっ!」
そのレイジスの掛け声が聞こえた瞬間、戦闘が始まる。
レイジスが筆頭に、先行部隊の剣士達が蜘蛛に斬りかかる。それを見てか、蜘蛛はその口、その尾から大量の蜘蛛の糸は吐き出す。ただの糸ならまだしも、その蜘蛛の糸はまるで生物であるかのように蠢く。
「ちっ!」
「兄様!」
その糸に進路を疎外され、これ以上の進行ができないと見るや否や、イルニスは魔法陣を大量に展開。そしてそれを蠢く蜘蛛の糸に目がけて投げ飛ばす。
「燃やせ! 暗黒火葬!!」
その魔法陣が突如爆発した。イルニスの得意な魔法である、爆炎魔術だ。しかしこの技、確かに強力な範囲魔法であるが同時に味方に被害を被りやすい。
糸こそ燃やし尽くしたが、騎士達は一度後方へ戻る事となる。その爆炎を振り切ったレイジスを除いては。
「はぁっ!!」
爆炎の中、一人突っ走ったレイジスは、その身に焼跡を残しながらも剣を構えていた。そしてそこから繰り出される斬撃で、蜘蛛の肉体を切り裂こうとする。しかし、斬りつけた瞬間、鳴り響くのは金属音であった。
「ちぃっ!」
フェルヴェスは非常に硬い物質で出来た剣であり、斬れないものは少ない。少なくとも、傷跡を残す程度の斬撃力はあるが、その刃をもってしても蜘蛛の肉体に傷はつけられなかった。
その確認をすると、レイジスもまた一度イルニスらがいる位置まで戻る。しかし、彼が無理にでも攻めた理由は確実に存在した。
「あいつ、機械ではないな。まるで鎧を被っているように中身が空洞だ」
「でも、兄様のフェルヴェスでは」
「いや、あくまで刃だけの斬撃だからな。魔力を宿せば、切り裂くことは可能だろう」
レイジスは目を細め、目の前の蟲を見る。時間をかければ殺すのは簡単だが、長期戦には持ち込みたくはない。レイジスは敵を魔法で調査していたライオットに調査結果を聞こうとする。
「ライオット!」
「魔力に関してはあの尾の部分に集中しています。逆に上半身には魔力らしきものはありません」
「下部が弱点、ていうこと?」
「そうですね。そこを狙えば」
ライオットの報告に、レイジスは一度思案する。目の前の蟲は、先程の攻撃を何とも思ってもいないのか、動かないこちらに興味がないようにまた共食いをし始めた。
「イルニス。あいつから放たれる糸を爆破。ライオットは簡易障壁を張って全体的な援護。フィリアは前衛三人の回復に努めてくれ」
「うん、わかった」
「残りの前衛二人は撹乱だ。俺が本命として、あのデカ蟲を刈り取る」
そう言って、レイジスはニッと笑ってフェルヴェスを構えた。そして、その先割れの剣に自らの魔力を注ぎ込む。すると、これまでの状態が眠っているならば覚醒したかのようにその剣は鼓動を始めたのだ。命を宿した、そう言っても過言ではない。
そしてその先割れからは、彼の魔力が漏れ出し一振りの剣の姿として顕現していた。
「いくぞ、お前ら!」
レイジスの一声を軸に、部隊は動き始めた。
【ゲーム的ユニットデータ】
ユニット名:フィリア
属性:光
職業:新センチェス軍マスコット、ヒーラー(回復担当)
種族:人間
武器:ハレルヤ(杖)
基本性能(基準を100とする)
体力:80 攻撃力:80
防御力:105 機動力:90
知力:100 魔力:170
説明:地下に眠っていた純粋な人間の少女。新センチェス軍のマスコットであり、稀代のヒーラー。その回復魔法は軍単位で精神までにも影響する。