4:立ち上がる時―Stand up―
繋がりの力。ディーツに逃げ込んだ少ない大人の中の一人、魔術師ノルディスはレイジスに起こった現象をそう呼んだ。イルニスとの感覚の共有、そして湧き上がる力は彼女と繋がっている証拠だという。
しかし、どうして今、その力に目覚めたのか。それが彼には解らなかった。レイジスは、自分の手を見つめ握る。今は、あの時感じた感覚はない。だが、必ずあの力をものにして見せる。あれこそが、この暗闇の世界を抜け出す切り札だと信じて。
「来たぞ」
「来ましたか、レイジス」
レイジスはライオットに呼ばれ、先日の少女の元へ向かっていた。元々、子供の世話が好きなライオットに世話を任せていたが、何かしら変化があったらしい。
少女がいる部屋の前で、レイジスはライオットから報告を受ける。
「彼女の成長速度が思った以上に早いです。まるで、遅れていた精神の成長が身体に追いつかせようとしている感じで」
「成長が早い種族なのか?」
「いえ、人間です。しかも、純粋種のようですよ」
ライオットの報告にレイジスは驚きを覚えた。
異文化交流が盛んとなって数百年も経つ。様々な種族が入り混じり、半血種と呼ばれる種族が増えていった。レイジスもまたそうであるし、イルニスも、ライオットもそうだ。今や、純粋種はいないと断言してもいい。
だが、彼女は真に純粋種である。ライオット曰く、検査では他の種族の血もないそうだ。完全なる人間。人間という種は今でも存在するが、他種の血が混じっている者がほとんどだというのに。
「彼女は一体……」
「やはり、封印されていたのでしょうか? それならば、数百年前の人間の子が純粋種でも説明はつきますが」
「そうであろうが、なぜ封印されていたのかが解らないな。他に調査結果は?」
「魔術の素養はありますが……それ以外はなんとも。どうしますか?」
ライオットが彼女のこれからの処遇を求めてくる。あの時は手中に治めようと画策したが、それが真に良き選択かを考える。彼女は謎が深い。もし何か好からぬ存在であるならば、ここで始末した方が将来的にはいいだろう。
しかし、もし我々の力になり得るのならば……もしくは、自分の目的のために力を貸してくれるのであれば、彼女を生かしておいた方がいい。彼女はあくまで、まだ成長しているのだ。
始末か、手中に治めるか。レイジスは思案し、そして――――
「彼女に会わせてくれ」
レイジスは少女に会うことにする。ライオットは不安そうに、彼女がいる部屋の扉を開けた。
部屋の内装はディーツに在中している民が使っている部屋と同じだが、そこにいる存在は違った。少女の姿をした、純粋種の人間はレイジスの存在を確認すると、笑顔を浮かべてレイジスの懐に飛び込んできた。
「れいじすー!」
「うわっと!?」
言葉は拙く、呂律が回っていないように感じるが、その姿は十四歳相当の身体をしていた。そんな身体で飛び込んできたので、レイジスは思わず驚いて一歩足を後ろに退いてしまった。レイジスが鍛えていなかったらこのまま押し倒されていたであろう。
少女はまるで猫のようにレイジスに擦り付いてくる。非常に愛らしく感じ、レイジスは少し照れくさそうに顔を赤らめた。
「まってたんだよ!」
「あぁ、すまないな」
そう言って、彼女の頭を撫でると、彼女はニヘヘと、満面の笑みを浮かべる。
レイジスは後ろにいるライオットにふと思いついたことを聞く。
「彼女の名前、まだ決まっていないのだろう?」
「はい。記憶が混乱していると思っていたので、待っていましたが結局は」
「ならば、俺がつけよう。呼び名がなければ困るだろう」
それは実質、少女を生かすということだった。
従来のプラン通り、彼女を手中に治める。彼女の成長速度が早いならば、魔法を覚えるのも早いだろう。もしかしたら、彼女はレイジスの右腕を引き受けられる素質を持ち合わせているかもしれないのだ。現在の右腕のイルニスが怒るのは目に見えているが。
「レイジス。悪いのですが、あなたってネーミングセンスはおありでしたっけ?」
「……以前、部下の剣に名前をつけようとして提案したら、ドン引きされた」
「はぁ……。そうだと思いました」
「だ、大丈夫だ。今回は以前読んだ物語から取ってくる」
そう言って、レイジスは少し前に何度も読んだ、とある戦記物の登場人物を思い浮かべる。そういえば、あの作品は女神と呼ばれる存在がいた。今や女神信仰など無いに等しいが、あの作品は女神を主体に世界を統一させようという作品だったはずだ。
己の理想と重なるところがあったから、彼はあの作品を好んでいた。ならば、あの作品の女神の名を彼女に授けるのもいいのかもしれない。
「フィリア……ってのはどうだ?」
「意外と真っ当な名前で来ましたね」
「失礼な」
だが、ライオットも満更でもなさそうに、いいんじゃないですか、と言うので名前はあっさりと決まった。
レイジスは少女の方に振り返り、彼女の目を見た。
「フィリア。君の名前はフィリアだ。自分の名前だから、覚えるんだぞ」
「ふぃりあ? うん、おぼえる!」
フィリアはそう言って、元気よくふぃりあ、ふぃりあと連呼する。本当に子供のようだ。レイジスは微笑ましく思えて、彼女の頭を撫でた。
◆◆◆◆
十三年前、センチェスは東西南北の四国によって滅ぼされた。
西の国、ヨルロ。東の国、ジーパ。南の国、オストラ。北の国、ロシュー。この四国の同時攻撃によってほとんどの住人は死亡。残されたわずかな住人は、発見された地下の国、ディーツに移住を余儀なくされた。
暗闇の中。燻り続けるその過去の光は。いつしか闇に飲まれるのではないかとディーツの住人は危惧していた。しかし、その十三年後。燻り続けていた光は、消えていなかったことが証明される。
「諸君! 十三年もよくこの暗闇で生きてきた。国を失い、家族を失い、光を失って何度も絶望しただろう。だが、それもここまでだ。我々の光は死せず。我々は、ついに外へ帰還する!」
それは、二十二歳となったレイジスの言葉であった。ディーツに逃げ込んだ後、彼らを統一していたのは当時九歳であった彼であった。誰もが不安に感じたであろうその統治は十三年もの間、決して揺るがず不動であった。だが勿論、その裏には様々な人の協力があった。
彼の妹であるイルニス。幼馴染でありレイジスの従者であるライオット。騎士としてディーツの男達を鍛えたバロローグ。魔術師として問題を幾つも解決したノルディス。そして三年前、ディーツの地下で発見された優しき天使のような少女、フィリア。
皆が皆、彼の中の光を見ていた。彼の理想を見ていた。
「俺には理想がある。一つは、センチェスを滅ぼした四国への復讐! 一つは、センチェスの再興! 一つは、センチェスを中心に全ての国と繋がることだ!」
彼の理想は尊く儚い。最後の理想は、彼の本来の願いだった。かのセンチェスの頃からの夢……。そして失ってもなお、それを願い続けた。そのためなら、彼はその手で剣を握ろう。その手を血で染めよう。その心を非道に変えよう。レイジス・ギルイットは、新センチェスの王として日の本へ立ち上がろう。
「復讐のために剣を持つのもよし。再興のために汗を流すのもよし。そして、あわよくば俺の理想のために、俺についてきてくれ!」
レイジスは理想を無理強いするつもりなどなかった。彼は本質的には優しい男だ。着いて来れない者に、着いて来いとは言わない。
だが、彼を慕う者達はその言葉に賛同する。ディーツに住む力無き者達もその言葉に賞賛を与える。老若男女、誰もが新たな王の旅立ちを、新センチェスを応援した。
ノルディスが張った、センチェスへと向かうことができる結界を完全に破る。それは即ち、結界の破棄。これまでは小規模の部隊での捜索ならば結界に小さな穴を生み出すだけで良かった。しかし、今回は大規模の移動だ。結界は無為になる。それはこの暗闇から脱するための代償だ。
現在のセンチェスは蟲の種族の巣窟になっている。まずは、センチェスを蟲共から奪還せねばならない。
「……全軍、すすめぇっ!!」
結界を前にレイジスが雄叫ぶ。その瞬間、ノルディスが結界を破棄し、レイジスを筆頭に戦士達が声を上げながら結界を突破し始めた。
今、彼らの復讐劇が開かれたのであった。
【ゲーム的ユニットデータ】
ユニット名:ライオット・ノート
属性:闇、火
職業:レイジスの従者、新センチェス軍経済担当、小隊長、サポーター(支援担当)、ブラスター(魔術攻撃担当)
種族:人間、人形
武器:ペルエステラ(ペン型魔杖)
基本性能(基準を100とする)
体力:115 攻撃力:95
防御力:90 機動力:100
知力:130 魔力:145
説明:主であり幼馴染の理想のためにペンを振るう少女。計算高く、繰り出される魔術は軍隊規模の支援効果を与えるほど強力なものである。