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3:力の発現―Mystery power―

 淑女の集いという名の愚痴の言い合いから無事帰還したレイジスは、溜め息を吐きながらベッドに座る。女性陣ばかり集まるあの場に男がいるにはあまりにも辛い。だからこそ、たとえイルニスの頼みだからと言っても行きたくはなかったのだ。安請け合いはいけない。胸に刻み込むべき事柄だ。

 女性と男性の闇の深度は違うとはよく言うものだ。愚痴が出過ぎだ。男が如何に単純な生き物かを悟れる。二度とあの闇には近づくものか。あの闇に近づけば女の醜さがありありと見えてしまう。幻滅させないように騎士団の連中には忠告せねばならない。

 レイジスは再度大きく溜め息を吐くと、ベッドの横に置いておいた愛読書を手に取ろうとする。瞬間、ほんの少しだけその視界が霞んだ気がした。


「ん?」


 疲れたか。レイジスは無自覚の疲労を意識する。唯一の救いだったコーヒーでもあんな場所で飲めば不味くなる。元々美味いものでもないが。

 軽く目と目の間の部分を指で摘まむ。視力が悪くなるのは困る。戦いにおいて視力の悪さは響くものだ。ただでさえまだ決定打となる技も会得していないというのに、こんなところで変に患いを覚えるのだけは止めたい。

 幸いか、目の霞みは治まりレイジスはゆっくりと手を降ろす。だが、次には頭に激震が走った。思わず目を瞑り右手で頭を押さえこむ。レイジスは自分の身に起きている状況が理解できていない。激痛の中、レイジスは叫ぶことなく目を見開いた。瞬間、レイジスは激痛で鈍くなる思考の中でその視線の先を認識する。

 そこは、どこかで見たことのあるような、ある少女の部屋であった。

 その瞬間、レイジスの意識は一旦、別の意識へ切り替わった。



  ◆◆◆◆



「ん。んぅぅぅん……」


 唸る。まるで深く眠っていた少女を起こした時かのようなそんな可愛らしい唸り声が聞こえる。目の前が真っ暗なレイジスはそんな声が聞こえてきて、自分の部屋に誰か招いたであろうかと思考をしようとしたが、ビリリと先程感じた激痛が走り思考がそこで止まってしまう。


「うぅ……」


 思わず声を漏らす。流石に痛みが続くからか声を漏らしてしまった。この程度の痛み、耐えるのは苦ではないと思っていたレイジスにとっては少し残念だが、仕方がない。

 が、少し違和感があるとすれば先程の自分の声が何かいつもより高く聞こえたことぐらいか。耳までイカれてしまったのかかもしれない。


「やばいな……こりゃノルディスに看てもらうか……」


 今の声も高く聞こえる。レイジスは溜め息を吐きながらも、左手で頭を押さえながらゆっくりと目を見開いて横になっていたその身体を押し上げた。その時に感じた、両腕の布の感覚にレイジスは違和感を覚えた。

 レイジスの服装はローブを基本とした袖の長い服ではあるが、ここまで柔い布の感じではない。レイジスはぼんやりとする視界が開けると同時に、俯き自分の右手を見た。


「ドレス……?」


 見覚えのある袖であった。黒色を基調とした袖の先端に白いフリルがついている。この服はイルニスの物だ。これはイルニスが寝てしまったレイジスを自分の予備の服を着せていった可能性が出てくるわけだが……。


「いや待て。数年前ならいざ知らず、今の俺の身体じゃ流石に入らんだろう」


 自惚れでないのであれば、数年前と比べても筋肉は付いたはずだし、流石にイルニスのドレスがこうもゆったりと入るわけがない。バロローグからは筋肉が足りないと毎回言われるが、それでもイルニスのドレスはもう入らないだろう。

 ではこれは特注品か? いや、あのイルニスであってもそんな資材を変に使うことなんて……ないとは言えないのが怖いがないだろう。ないと信じよう。


「はぁ……顔洗お」


 と、立ち上がる。いつもとは違う足元の感覚。下を見ると、どうやら服装全部イルニス仕様になっているようだ。靴もブーツになっている……いよいよイルニスに問い詰めるべき案件となってきたわけだ。

 周りを見渡す。少なくともレイジスの部屋ではない。というかイルニスの部屋である。部屋の形こそはあまり変わりはないが、置いている物が違う。レイジスの部屋は本が多く書棚があるが、イルニスの部屋はぬいぐるみが多く、ドレッサーを完備している。その記憶から、この部屋はイルニスの部屋であると判断がつく。

 ……ん? とレイジスはその状況の再確認の中、どうにもこの状況があまりにもおかしいことに気づく。サプライズとか悪戯とかそういうものかと考えていたこともあったが、部屋の移動、イルニスの服の着用、先程からの声の違和感。おかしい。先二つは確かに悪戯で済む話だろうが、声の違和感だけは無視できない。

 レイジスはある仮説を思いつき、それが最も解る方法のために部屋にある鏡の前へ向かった。そしてそこに映し出された姿を見て、レイジスは覚悟があったとはいえ驚きを飲み込みつつも思わず口から漏らす。


「イル……ニス、か?」


 そこにはイルニス・ギルイット。レイジスの妹の姿があった。ショートの黒髪で、その表情にあどけなさと幼さを未だに残している。その華奢な体つきに、兄として少し可哀想というか慎ましいと褒めるしかできない胸。だというのにセクシーというか、そういう評価をもらっているその色気。黒のドレスに身を包み、その可愛らしさと色気の両立は妹ながらレイジスも誇りに思えるほどのものであった。

 それが、なぜか今の自分であるのだ。


「いや、いや待て」


 困惑するレイジスは、その細くなった指で滑らかな髪を掻こうとするがこれがイルニスの身体だと思うと下手なことはできないと悟る。思考する時の癖も封じられてかえって思考がゆっくりと落ち着きを取り戻してきた。

 深呼吸をする。どうにも、身体が違うからか吸う空気の味も違う気がしてくる。奇妙な感覚である。


「ノルディスに聞くか? 魔術的なものならばどうにかなるはずだが……」


 勿論、それは仮定であるし絶対ではないけれど、ノルディスというディーツにおいて最高の魔術師に聞けば粗方のことは解決するはずだ。それほどの実績を彼女は持っているし、信頼もある。

 レイジスのその依存染みた信頼を胸に動き出そうとし、ふともう一度鏡を見る。女性の部屋だからか、この部屋にあった鏡は姿見であり全身が見える。生まれてから共に生きてきたと言っても過言ではない愛しき妹。辛い道を歩もうとする自分に賛同してついてきてくれた兄思いの妹。最近は成長もあってか一段と女性らしくなった妹……。


「いやいや。いやいやいやいや……」


 変に意識してしまう。年頃とはいえイルニスは妹。そりゃ自分も女性に興味がないと言えば嘘になるし、この状況は大変困惑するけれど、一男性としては確かに女性の身体には興味はある。だが、妹だ。妹なのだ。彼女に性的視線など向けてみろ。襲いかかるぞ、あの淫妹は。

 でも、確かに。なぜこうなったかは皆目見当すらつかないが、これは非常に珍しい経験である。異性の身体になるということは、一生に一度もない奇跡なのだ。それを思うと、この状況をみすみす見逃すなんてどうであろうか。加えて、妹の裸体なんぞ幼い頃とはいえ見ている。憶えては……いないが、大丈夫のはずだ。

 葛藤。しかし勝るのはいつも男性という(サガ)である。レイジスも男である。それも精神的にも大人に近づこうとする年頃だ。このような美味しい状況を逃がそうとするほど馬鹿ではなかった。


「ごめんな、ごめんな」


 謝っているが口実なだけである。レイジスはそっとベッドに座って、イルニスの服に手をかけようとする。だが、その瞬間、レイジスに襲ったのは頭に響く激痛であった。


「あ、がっ……!?」


 先程と同じ、脳内を駆け巡る電撃はイルニスの身体では特に響くような気がした。痛みで目からは涙が出て、口からは出したくもないのに唸り声を出してしまう。こんなにもか弱いものなのかと、女性の身体の繊細な感覚を忌々しく思いながらレイジスは意識を落とした。



  ◆◆◆◆



「ふーん、そういうわけがあったわけね」


 翌日。覚醒したレイジスは己を恥じ、魔術師ノルディスに全てを打ち明けていた。イルニスをそういう風に見ないようにしていたが、より一層厳しくならないといけない。

 ノルディスはレイジスと自分用にコーヒーを淹れ、飲みながらレイジスの不思議体験を聞いていた。彼女も魔術師であり科学者でもある。彼の経験した事柄はどうにも不可思議に思えたらしく、彼女なりの見解をレイジスに伝える。


「このディーツの大地は比較的安定している土地だからありえないだろうけど、もしかしたら魔力的に不安定になってなった現象かもしれない。もしくは誰かの悪戯ね。意識を入れ替える……じゃないのか。イルニスの意識はなかったらしいじゃない」

「あぁ。後で確認を取ったら寝てただけ、だって。どうにも意識はあったのは俺だけらしい」


 では憑依とかそういう類ね、と簡単にノルディスはあの不思議現象を判断する。彼女は博識だ。元々、科学の国である北の国ロシューの出らしいが、本当にその名に違わず彼女の生み出した発明品は便利な物ばかりだ。彼女がいなければ、ディーツの生活水準は更に二段階は下回っただろう。


「もしくは、何かしらの力の作用がかかったか。何かキッカケみたいなものは?」

「んー……ないな。いつも通りだぞ?」

「そう。私個人の見解ではあなたが何かしらの力に目覚めた、というのが一番楽なんだけど」


 確かに。それが一番簡単に事が済む。力として目覚めたとなれば利用する価値も出てくるだろう。使えるかは果たして不明だが。


「少なくとも、あなたの身体には変化が見られるわ。魔術的には魔力の循環が良くなってること。肉体的には活性化していること。感覚としては自覚はないだろうけど、今のあなた、活き活きしてるわよ」


 ノルディスにレイジス本人でさえ知り得ない情報を提供される。彼女の話が本当であるならば、あの現象は少なくともレイジスには有益なものを残したというわけだ。

 ノルディスは訝しむレイジスに無理難題な提案をする。


「ねぇ。その現象、意図的に起こせないかしら?」

「えっ。いや、無理だろう」

「無理という前に行動を起こしなさい。少なくとも私はそう判断はしていないわ」


 自由奔放というか、変に強引なノルディスの言い分に渋々頷いたレイジスはあの時感じた感覚を思い出すようにする。激痛。あの感覚の中に内在した、それ以外の感覚。あったはずだ。激痛の中にあった、何かと繋がるかのような、道と道が結び合うかのような感覚が――


「っ!?」


 瞬間、彼の意識はイルニスと繋がった。それは一瞬のことだったが、一瞬だけ彼女と繋がった。彼女の今考えていることがレイジスの意識が理解したのだ。

 ほんの一瞬とはいえ、そういう体験をした。その様子を外から見ていたノルディスは科学者らしく薄く笑みを浮かべながら、


「ビンゴね。その力は意図的に起こせる」


 と確信を得た発言をした。後に、彼が手にする繋がりの力、その一端の始まりである。

今回の話はR18版とは異なります

ですが、できるだけR18版で伝えたいことは書いたつもりです

18歳未満の方は、大きくなってから思い出したらR18版を見てください

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