2:地下の少女―Saint of under―
イルニスに先導されディーツの下へ降りてゆく。途中、周りを見ても働く男は少なく感じた。バロローグによって男性の基本は剣術を学んでいる。そして酒盛りに誘われたので、ほとんどが轟沈したのだろう。いるのは女性だらけだが、皆各々の仕事をしていた。
イルニスがこっちですと言って、更に下へ降りる。途中から、レイジスが率いる新センチェスに関わる人間が見え始めた。古ぼけた一つの扉の前で見張っている、白髪で髪を赤いリボンで一括りにしている少女もまたその一人であった。
「ライオットか」
「きましたか、レイジス」
イルニスとは違い、清楚よりもクールというべき幼気を残す少女はライオット・ノートである。レイジスの従者であり新センチェスの財政担当で、歳はレイジスらよりも少し下だが彼ら以上の計算能力を有するために財政の全てを任せられている。
「ライオット。彼女はどう?」
「変化なしです。まるで生まれたて、でしょうか? 精神年齢は低いと思いますよ」
「女か」
レイジスは目を細めてそう呟く。そんなレイジスを見てイルニスは睨み、ライオットは呆れた。二人はレイジスに好意を持っている。が、どうにもレイジスはその好意に気づいているのに、次々と女性との縁を持っていく。元々誰にでも愛される人であるから仕方がないとは言え、イルニスとライオットにとってはあまり嬉しい状況ではなかった。
そんな女性二人の視線なぞ気にも留めずにレイジスは扉を開ける。そこはディーツ特有の土埃っぽさはなく、代わりに感じるのは整えられた空気だ。聖なる空気というべきか、その空間は以前センチェスにあった教会に酷似していた。
だが、それだけならまだしも、やはり強烈な違和感は目の前にいた。清浄なる空間の中、一人ちょこんと座っている少女がいた。背丈は十代前半だが表情は何も知らない無垢なる少女のようだ。身体に纏うものはなく、太陽のような白い肌をこれでもかと曝している。
「ライオット、彼女は?」
「すみません、レイジス。発見が先程であるのと、不用意な接触は危険かと思い、調査はできていません」
「謝ることじゃない。むしろよく待ってくれた」
レイジスは一歩前に進み出た。目の前の少女はそんな少年を見ても、動揺もせずただ見つめている。敵意はなく、ただそこにいる者が動いたとしか感じていないのだろう。
レイジスは彼女と目線が合うように膝をつく。
「突然ですまない。俺の名前はレイジス。レイジス・ギルイットと言う。君の名前は?」
「レイ……ジス……? 名……前?」
その少女の途切れ途切れの言葉にレイジスは違和感を覚えた。まるで、名前という言葉の意味を知らないようであった。意味を知らず言葉も知らず。それは形容するなら、やはり生まれたばかりのようである。
しかし、その姿は明らかに十代のものだ。生まれたばかりにしては違和感を覚える。
「イルニス。彼女を保護しよう」
「えぇ。そうなると思いましたよ。女好きですからねぇ、兄様は」
「別にそうじゃない。彼女はよく解らないが、しかし発見したならば保護した方がいいだろう?」
「ふーん。やらしいことを考えているのではありませんかぁ?」
「……わかった。この件が終わったら、例のお茶会に出てやるから」
やったー、と飛び跳ねて喜んでいるイルニスにため息をつきながら、ライオットと共にその少女の移動を開始する。少女はレイジスにお姫様抱っこをされながら、不思議そうにレイジスを見つめていた。
◆◆◆◆
レイジスの私室とは別にある、リーダーとしてのレイジスの部屋に移動させられた少女は、センチェスの住民がよく着る無地の服を着せられて、椅子に座らせられていた。ごわごわとするのだろうか、少女はその服の違和感に眉を顰めながらも、脱ぐことができないようで四苦八苦している。
その様子を見て、ライオットは母親のような慈悲深い目で見て、イルニスは真面目な表情で彼女を見ていた。レイジスは、そんな少女の胸に手を当て、目を瞑っていた。
「どうです? 小さな子の胸は?」
「お前もそう変わらないだろう。というか、そうじゃない。心を探ってみたが、驚いた。真っ白なんだよ」
「真っ白? 何もないの?」
「あぁ。心はその者の風景があるが、こいつにはない。恐ろしいことに、本当にこいつは生まれたばかりだ」
そのレイジスの言葉にイルニスは目を細めた。このような前例はなかった。イルニスも心を読める能力を有するので、レイジスの言葉が偽りでないことを悟る。
目の前の少女はどのような存在なのであろうか。閉鎖されていたディーツに長年いたとは考えられない。そうとなれば封印されていたか、召喚されたか。後者はありえないだろう。探検隊のメンバーは魔法を使える者はいないし、ライオットは召喚魔術に耐えうるほどの魔力を有していない。
そうとなれば前者か。封印。そうとなれば、この少女はそれほどの価値があるのかもしれない。
「どちらにせよ、この子に敵意はない。我々の手中に治めるのは道理であるが、どうだ?」
「使えるの? 生き方を知らない無垢な子は、利用するには苦労するけど」
「まぁ、あそこで放っておくよりはいいだろう。俺達の願いのために、物資の支援ぐらいはできるようにしよう」
レイジスがそう提案すると、イルニスは肩をすくめて、そうなると思いましたわ、と微笑んだ。イルニスは部屋にかけられている機械時計を見て、用事があると言って、一度のその部屋から退散する。この後のことを念を押して出ていったところを見るに、今回のお茶会も女性にもみくちゃにされそうだ。
ライオットには彼女にもう少しサイズの合った衣服を見繕うように頼んだ。ライオットは母性の強い半魔ゆえか、表情には見せないが内心嬉しそうに外へ飛び出していった。
「願、い?」
二人となったレイジスと少女だったが、少女が遅れてレイジスの言葉を繰り返す。その言葉にレイジスは少し驚き、そして彼女の腰まで届く淡い金髪を撫でながら、夢を語る。
「あぁ。俺の願いは、センチェスの復興だ。そして、あわよくばそれ以上を考えている。世界が、戦いが起こらないように、そしてみんなが笑顔で暮らせるように。繋がってほしい。昔のセンチェス以上に繋がるように、俺は願っている」
それよりもまずはそれだけの力をつけないとな、と苦笑するのはレイジスがまだそこまでの自信と力を持っていないからだ。誰よりも優しく、そして野望も一人ではなく皆のため。彼は優しい少年であった。同時に、誰かを犠牲にするという覚悟も持ち合わせているつもりであった。
そんな少年を目の前にし、無垢なる少女はその生まれた心のままに笑顔を見せた。初めて見る彼女の笑顔に、レイジスは呆気にとられる。
「レイ……ジス」
それは、少女の心からの初めての笑顔であった。
【ゲーム的ユニットデータ】
ユニット名:イルニス・ギルイット
属性:闇、光、火
職業:新センチェス軍副隊長、小隊長、ブラスター(魔術攻撃担当)
種族:天使、淫魔
武器:ガンド(生鎖)
基本性能(基準を100とする)
体力:110 攻撃力:90
防御力:95 機動力:95
知力:130 魔力:150
説明:兄の理想を叶えるために共に戦う少女。鍛え上げた爆炎魔法と父譲りのセクシーさを兼ね揃えて、兄のために鎖を振るう。