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14:異国の剣士―Fierce sword―

 目の前の女が放つ剣技を見てレイジスは驚いていた。彼女が手馴れであり、鎧を傷つける程度の実力があるのは敵の状態を見て解っていたが、それでも彼女の放つ剣技は想定外の威力と速度であった。

 彼女が言い放った技の名前は弐速月風(にそくつきかぜ)。一瞬にして放たれたその一撃は、肉眼で認識することはほとんど不可能であった。結果を見る限り、その一撃……いや二撃は一振りで両腕を裁断している。少なくともレイジスの目では一振りに見えた。そして斬ったということを認識するのに、数秒かかった。

 この女、サクヤと言ったか。偶然とはいえ、危険な相手に出会ったのかもしれない。幸い、向こうはこちらを警戒しているわけではない。加えて先程の技。一目でしか見ていないため必ずとは言えないが、対策できないほどのものではない。危険視はしておくべきであろう。

 そのような思考をしたレイジスは目を細め、斬り捨てた獣を見ているサクヤとその斬り捨てられた鎧を着た獣を見た。両手両足を裁断されたそれは、芋虫のように身体を動かせて逃げようとしているが思うように動かないのだろう。低い金切声を上げ、レイジス達を恨めしいかのように見ている。だが当然であるが、その目にある感情はどうにも人間性を感じなかった。


「レイジスとやら。この獣、如何にして始末する?」


 刀で首を捉えながらサクヤがレイジスに問う。中身が人である可能性は、ライオットの魔力探知で判明している。森の木々の中を歩む間に発見した反応、二つの人型が争っている魔力を探知したライオットの言葉にレイジスは急いで近づいた。すると黒く一つに纏めた髪を振り乱す女が、鎧を着た獣と戦っていたのだ。戦いに介入したのはその女がこちらに気づいたからであるが、結果的に助けた事によって警戒心は薄らいでいる。これに関しては幸運であった。


「俺達が遭遇した、この獣に類似している生物は腹の中に人がいた。腹を裂いて、中の人を救い出せば自ずとこの獣も死ぬだろうな。だが――――」

「そうか、心得た」


 だが、どうすればいいか。と続くはずの言葉を遮るように、サクヤがスパッと軽く刀で獣の腹を薙いだ。その唐突な行動に、先程まで後衛にいたイルニスがヒステリックな声を上げる。


「な、何するんですか!?」

「ん? 何と言われても、私は言われた通りに腹を裂いただけなのだが……」

「中の人ごと裂いたでしょ!?」


 イルニスが至極真っ当なことを言う。実際、レイジスでさえ気づいていなかったとはいえ、その中にいるはずの人を手傷なしで助けた事はない。あの時は魔力を込めた突きであったとはいえ、あのような長い刀で薙げば中の人も傷を負うであろう。

 しかしサクヤは刀を鞘に収め、凛とした表情を見せる。


「あぁ。その事なら大丈夫だ。鎧だけを薙いだ。鎧であれば、中の人を傷つける事はない」


 そう平然と言い切る。無表情のライオットがその横を通り、無言で近づき裂かれた獣の腹を開く。中に少女がいた。前の少女が黄緑色の髪をしていたに対して、今度は茶色の髪をしていた。歳はフィリアと同じか、もしくは少し幼いか。まだ発達途上である胸が見えるが、欲情するほどのものではない。


「に・い・さ・まッ!!」

「大丈夫だ。……見えてない」


 イルニスの指摘に咄嗟に嘘を吐く。

 そんな事よりも驚くべきはサクヤの技術だ。鎧のみを斬り裂く……彼女の発言を鵜呑みにするならば、この剣士はあまりにも強力ではないのだろうか。鎧は、使用者の脆弱な肉体を守るための物だ。動きは制限されるがそれでも着るだけの価値はある。

 だが、もしその鎧だけを斬り裂かれるとするならばどうなるか。鎧を失い、脆弱を曝した剣士はどうなるか。レイジスは己が率いる軍を見据えて考える。新センチェス軍は確かに強力であると自信を持って言える。数こそ少ないが、ディーツ時代で魔物相手に培った戦闘技量は高い。だがそのほとんどの流派は、バロローグから教わったヨルロの剣技だ。ヨルロの剣技は鎧と剣を必須とした剣技で、防御を鎧に任せ、剣で押し斬る。その戦い方は単純で、しかし強力だ。だが、鎧のみを斬られると当然だが防御を失う。これでは戦意を喪失する者が増えるのではないか。

 そうとなれば、この剣士がどのような者かが気になってしまうのがレイジスであった。


「ふむ。少女はこの近くの城で介抱を頼もう。旅の者、協力を感謝する」

「……サクヤ。あんたは一体、何者だ? その剣技、その技量。同じ剣を扱う者だから言うが、あんたは強い。ただ者ではないのは解る」


 そのレイジスの発言に、サクヤは一瞬、そのキリッとした目が更に細くなった。その威圧は、無意識下の殺気というべきか。それだけでこの剣士がいかに危険かが解る。


「その言葉、そのままにして返させてもらおう。私もまた、お主のことを知りたい。その剣共々、私の知り得る中にはない剣技だ」

「俺の剣技は我流だからな。あぁ、そうか。先にこちらの紹介をした方がいいのか?」

「いや、私が先に自己紹介をさせてもらおう。我が名はサクヤ。ジーパの君主、カグヤ様に仕える刀将だ」


 この言葉に、レイジスは頭を鈍器で殴られたかのような衝撃の錯覚を覚えた。道理で凄まじい剣技であるはずだ。君主……センチェスにおける王に仕える大将であるならば納得がいく。


「ここには、長きに渡り森を荒らす獣を退治するために参った。しかし恥ずかしい話、結局は旅の者に手助けを戴いた次第だが」

「そうか、君主に仕える将であったか。ならばその技量は理解できる。こちらも名乗ろう。俺の名はレイジス。この大陸の外から亡命し、中央の廃国を拠点にする旅の者だ」


 レイジスは事前にナウンスに語った偽りの身の上を語った。恐らく、彼の国内でも広がりを見せるその噂の主となれば動きを見せるはずだと踏んだからだ。それに、君主の顔も見ないで真の立場を見せるのもあまりにも愚策に思えた。

 それにできる限り自分の立場を語るのはよろしくない事だ。語るならば、それこそ敵対の意思を見せる時。その一瞬まで、レイジスはその復讐心と自分の身分を隠す。

 どちらにせよ、この女との出会いは偶然にしても幸運だ。使えるものは使っていくのがベストだろう。


「ジーパに向かう途中で争っている反応が見えてな。できればジーパへの道筋を教えてほしいのだが……」

「あぁ、こちらも招待したいと考えていた。この少女と鎧を城の大名に任せたら是非とも招待させてもらおう。ついてきてくれ!」


 サクヤの考えてもいなかった歓迎にレイジスは内心で驚いていたが、それはそれで越した事はないので甘んじて受け入れる。イルニスとライオットが少し訝しんでいたが、現状は誘われるままでいた方がいいだろう。

 するとサクヤが早速、と来ている藍色の着物の袖を引っ張って腕を露出させた。あの豪速の剣技を放った腕とは思えない太さであったが、それでなんとその巨大な鎧を片手で持ち上げたのだ。恐らく、数十キロぐらいする鎧をだ。しかも容易く。

 これにはレイジスも唖然とする。それを何の負担もかかっていない、まるで綿を持つかのような気軽さを見せるその表情をレイジスに向けるから、尚更唖然とする。


「レイジス。少女の方を頼めないだろうか?」

「あ、あぁ……解った」

「……あの鎧、数十人でやっと移動できたはずなんですけど」

「サ、サイズの差もあるから……」

「いえ、一応サイズを考慮して、そして遠慮して言ってます。……そりゃ、あんな技を使えるわけです」

「ばかぢから?」

「いいえ、フィリア。まだ会って間もない人を馬鹿と言ってはいけませんよ」


 レイジスの後方にいる女子組が何かぶつぶつと呟いているが、レイジスはそんないつも通りな彼女達を気にせずに脱力している少女を背負う。ここまで密着して見たことはなかったが、異様に軽い。それに何かしら悪臭がすると覚悟していたがそれもない。やはり不思議だ。ノルディスの報告も比較して関係を確かめる必要があるかもしれない。

 そんな事を考えていると、サクヤが移動をし始めたのでレイジスはそれに合わせて移動する事にした。女子三人組もしばらくその場で何か話し合っていたが、動き始めた二人を見て遅れて移動した。



  ◆◆◆◆



 しばらくの徒歩。サクヤという女はその鋭利な印象と違い、意外にも話し好きなのかもしれないとレイジスは彼女の止まらない口を見て困惑しながら思った。


「しかしレイジスの剣はまた物珍しいな。我が刀、月之不知火は、鍛冶で有名な南の国オストラの鍛冶屋ブロンスミスと、我が国ジーパの鍛冶屋、三日月亭が共同して制作した物と聞く。我が君主が言うには、だが」

「俺のフェルヴェスは母が残した形見だ。だから作成時のことは知らないが……まぁ、よく言うことを聞く剣だよ。俺の戦い方に合っている」

「面白い機構だと私も思う。形を変え、武器としての性質も変えるとは……。しかし、レイジスの技量も素晴らしいものだ。我が国にもいない逸材だと感じている」


 このような具合に普段では味わえない異国の剣士との会話を楽しんでいるが、どうにも褒められるからか恥ずかしくなる。剣技を知っている者はおれど、全く違う剣士から褒められる事など初めてだったからだ。だがどうにも褒めが過ぎる気がするのは、レイジス以外も不思議に感じていた。

 森を抜け、開けた場所に出たと思うと今度はそこには草原が広がっていた。そしてそこに建っている城……と言ってもそこまで見栄えがいいわけではない、目視で十数メートルほどしかないと思われる和風の建築物が目的地であるようで、サクヤは特に躊躇があるわけでもなく正門まで廻り、そしてその門を護るためにいる門番に言葉を交わす。


「刀将サクヤだ。本日、獣退治の際に怪我を負った者がいてな。すまないが、主人を呼んでくれ」

「はっ、サクヤ様でございますね。少しお待ちを」


 そう言って門番が正門の中に消える。どうやらその大将という肩書きは嘘ではないようだ。少なくとも門を守るはずの門番に主人を呼ばせに行けるほどの信頼がある。

 レイジスは帰ってきた門番とサクヤが言葉を交わす様子を見ながら、この女を出し抜ける方法を考えていた。が、それよりも先にサクヤが城の中へ入るよう催促してきたので、レイジス達は城の中へ特に怪しまれる事なく入る事ができたのだった。

【技】

・弐速月風―にそくつきかぜ―

サクヤが使用した月風流なる流派の奥義。自らの肉体を風の魔力で腕部のみ強化し加速、肉眼で認識できないほどの加速の中、対象を一振りで二回の斬撃を加えるというもの。レイジスなどの技量のある剣士であっても初見では認識に数秒かかる。

なお威力に関しては速度を除けば使用者の技量に任せられる。鎧を斬ることができたのはサクヤの技量と言える。

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